【連載】金融×新潮流① メタバース社会がもたらす金融の可能性


昨今、メタバース市場の拡大が注目をされているが、本稿では、メタバースとは何かを解説したうえで、金融業界、サービスへの可能性を展望する。

目次

金融業界・サービスへの影響

VRは、若年層の獲得に苦戦する銀行業界にとって、新たなチャンスとなるかもしれない。若年層は、幼少期よりゲームを中心に、長い時間を仮想世界で過ごし、コンテンツを楽しむ。その過程に、銀行に対する親しみを醸成したり、口座開設やサービスへの動線の仕組みを検討したりすることで、利用者が成人に達した際にも、収入・貯蓄口座としての継続利用を促したり、資産運用のニーズをカバーする金融商品の提供機会に繋げたりすることができる。

スペイン第3位の金融グループCaixaBankでは、若年層300万人が利用するネオバンクサービスのフィンテックImaginを後押しする。従来は、音楽、ゲーム、IT機器販売、持続可能性に関するコミュニティなどを提供してきたが、最近では、imaginLANDを新設し、ここでは利用者が独自のイベントや没入型体験を立ち上げることを可能とした。また、銀行以外でも、今や世界で2億人がプレイし、米国では16歳未満の子どもたちの半数以上に浸透したRobloxの存在感も増している。これは、CEOのDavid Baszucki氏が教育アプリケーションから着想を得て立ち上げたプラットフォームで、子ども達はゲーム開発を通してプログラミングを学び(Roblox Studio)、作品を世界中のプレイヤーに共有できる。ゲーム内には通貨(Robux)があり、自身が作成したゲームに訪れたプレイヤーから収益を上げる経験をすることができる。
このような疑似体験は、日本ではまだまだ懐疑的に捉える人も一定おり、まだ大きな流行りに至っていないが、メタバースを通じて世界との垣根が低くなるにつれて、日本でもそれが当たり前となる日は遠くない。銀行は、その特長である社会的信用の高さや顧客に対する知見・洞察を活かし、若年層の体験創出を後押しすること、そして、有害なコンテンツを審査し守ることが望まれていくだろう。

NFTは、メタバースにおけるデジタル資産として、人々の振る舞いや活動の変化に対応しながら、段階的に金融の姿を変えていくだろう。
まず、現在のNFTが起こしている金融の変化では、三井住友トラスト・ホールディングスによるデジタル資産を管理する信託会社設立が注目できる。NFTの需要増加を背景に、より簡便なNFTの管理や決済の必要性が高まる事を踏まえると、既存の制度や仕組みの整った信頼できる金融サービスへの需要が高まると考えられる。

次に、簡便に管理・決済できる環境が整うと、メタバースの拡大とNFTの利用機会が増える事でユースケースが広がり、NFTの種類は多様性を増すことが考えられる。NFTの基盤技術の一つであるイーサリアムを用いたプロジェクトでは、所定の条件が満たされた場合に自動で実行されるスマートコントラクトが注目を集めた。こうしたプロジェクトにNFTが活用される可能性を踏まえると、金融取引を自動で実行できるNFTが生まれる事が想像できる。メタバースの中で、お金を貸し借りする場合を考えてみる。返済が実行される日時と金額、引き落とし口座を記したNFTの発行を通じて、手続きなく自動的に清算ができる。メタバースの小切手といってもよいだろう。

そして、近未来になると、金融サービス自体が自動で実行できる様に変化するだろう。人工知能やボットの発達による自律的に活動するプログラムと、NFTの一意性を担保できる特徴を掛け合わせると、唯一無二のプログラムを生み出すことができる。
例えば、メタバースに散在する音楽情報を集めて加工する自律プログラムがあったとしよう。そのプログラムは、NFT化されることで一意性が担保されている。すると、メタバース上で、ユーザーはNFT化された自律プログラムが生み出した唯一無二の音楽を楽しみ、現実世界でストリートミュージシャンに投げ銭することと同じ行動を取る世界がいずれ到来するだろう。自律プログラムがお金を受け取る口座の在り方や、稼いだお金を配分する仕組みの在り方を踏まえると、金融サービスはこれまでにないものになるだろう。

最後に、3DCGによる多様・簡便な実証・シミュレーション機会が金融にもたらす影響を考えてみたい。筆者は特に、保険業界の進化に可能性を感じている。保険業界は、これまでの「万が一の保障」のみならず、「予防」や、「事後ケア」まで含めた価値提供を模索する動きがあるが、3DCGは、予防サービスや、保険商品の開発において特に活用できる可能性がある。
予防サービスに関しては、例えば、車両事故の場合、現実社会では事故が起こった事実とドライバーの運転データによる分析が中心となるが、現実社会を時間単位でミラーしたメタバース上であれば、事故が起こった時間にタイムトラベルして、前後の周辺データも含めて原因を特定することができる。そうすれば、どのような対策をすれば回避できたのかまで導き出すことができるため、予防サービスの高度化に活かせる可能性がある。

また、保険商品開発の在り方を大きく変えるかもしれない。これまでは、過去データを元にリスクを判定し、保険料を設計する手法が主流であったが、今後は、メタバース上で自由自在にシミュレーションした“未知”の予測データも活用することで、現実世界で起こり得るシナリオに限りなく近い状態を見据えた商品を組成できるようになるかもしれない。
既に、リアル空間にある情報をIoT等で集め、デジタル空間上に再現するデジタルツイン技術を用いたシミュレーションで保険商品を開発する取り組みが一部で始まっているが、現実世界で起こり得る事象を検証するうえで非常に重要な「人々がどのような行動を取るか」の情報を扱いづらいという大きな課題がある。3DCGにより創造されたメタバースであれば、シミュレーションで発生させた事象に対して仮想空間上の人々が実際に取る行動を観測できるため、この課題すら解消できる可能性があり、保険商品開発の在り方を抜本的に変え得るポテンシャルがあると期待を寄せている。

メタバースを取り巻く環境は、日々、目まぐるしく変化しており、情報も錯綜していることから、掴みどころがないというのが正直なところだろう。ただし、SNSの次とも目される新たな世界であり、インターネット革命に乗り遅れた日本において、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。VR≒メタバースと局所的に捉えるのではなく、NFT、3DCG等の切り口でメタバースの世界が形成されていくことを認識しておく必要がある。先に述べた通り、メタバース社会が金融業界・サービスに与える影響は看過できないものであるため、しばらく様子見の姿勢ではなく、この新たな産業づくりを「金融」の側面から後押しし、中核的な役割を担う気概で取り組むことが肝要だ。

▼著者登壇のセミナー
メタバースと金融の最新潮流
~メタバースがもたらす保険・銀行の未来像~

開催日時:2022-09-21(水)13:30~15:30
講 師 :デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
     ストラテジーユニット/モニター デロイト
     三由 優一 氏 ディレクター
     建部 恭久 氏 マネジャー
     齋藤 亮 氏 シニアコンサルタント
寄稿
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニターデロイト シニアマネジャー
三由 優一 氏
大手SIer、外資系コンサルティングファームを経て現職。金融機関に対する中長期戦略策定・新規事業立案・全社デジタル改革プラン策定・M&Aのほか、異業種に対する金融事業参入戦略・Fintechビジネス企画・海外展開プラン策定等の支援経験に富む。モニターデロイトジャパンにおけるFuture of Financeサービスをリードしており、脱炭素等を起点とした社会・地域課題解決に資する金融の在り方やサービス検討にも取り組んでいる。
寄稿
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
金融業部門 Growth & innovationユニット シニアマネジャー
上谷 亮平 氏
外資系SIer、コンサルティングファームを経て現職。金融xITの領域で19年のキャリアを有する。以前はニューヨークに6年間駐在し、グローバルプロジェクトを多数支援。また、海外先端ITの動向調査や、現地アクセラレータへの参画経験を通じ、近年では、世界の同僚との新たなビジネス・体験の共創、及び、それらを用いた社会課題解決に向けた施策検討に取り組む。115か国から4,000人の金融関係者、投資家、起業家が参加するNY発のコミュニティ「FinTech Connector」の日本代表も務める。
寄稿
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
保険ユニット シニアコンサルタント
鈴木 銀時 氏
アナリティクス・デジタル・データに関わる戦略立案や業務改善、組織変革を、金融、自動車、旅行、消費財、官公庁など幅広い業界に対し支援。断面で終わらない継続した改革、及び、クライアント様内でのアナリティクス活用の内製化に強みを持つ。
寄稿
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニターデロイト シニアコンサルタント
齋藤 亮 氏
大手金融機関にてフィンテック領域を中心に、国内外の事業会社および投資先の経営管理、成長戦略の立案、価値向上施策の実行を経験。事業会社の経営経験に基づいた、確かな成長戦略の立案に強みを持つ。
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