【連載】金融×新潮流⑥ 金融が繋ぐ生物多様性ビジネスの未来

【連載】金融×新潮流⑥ 金融が繋ぐ生物多様性ビジネスの未来

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「気候変動の“次”は生物多様性が来る」
最近、このようなニュースを見聞きし、改めて生物多様性にどのように対峙すべきかを苦慮している企業も多いのではないだろうか。

2020年までの10年間の生物多様性目標「愛知目標」が大幅に未達成に終わり、2022年内にはカナダで開催される国連生物多様性条約第15回締結国会議(COP15)で新たな国際目標の最終合意を控える今、企業は生物多様性を包括的・統合的に経営戦略に織り込む準備を早急に進める必要がある。

主なポイント

  • 2020年以降TNFD、FfB、SBTs for Nature、NA100、PBAF等の生物多様性に関連する国際金融イニシアティブが多数発足した
  • 但し、「生物多様性」をその時代の流行りもののように、独立した社会課題として捉えるのでは不十分であり、複数の社会課題、特に「生物多様性」「気候変動」「循環経済(サーキュラーエコノミー)」を相互に依存し影響を与え合うものとして統合的に捉え、戦略・施策に落とし込んでいく必要がある
  • それぞれの社会課題を統合して配慮した世界への転換を実現する為には、全ステークホルダー(特に、企業と市民)が様々な社会経済活動の中に社会課題解決を組み込み、CSV(社会課題解決と経済合理性の両立)を推進することが必要である
  • その為に金融機関は、金融コンバージェンスを通じて、消費者の価値享受の在り方を変え、企業の課題解決・事業モデル転換を促進する必要がある
  1. 生物多様性が注目される背景と複数の社会課題を統合することの重要性
  2. 統合的な社会課題解決に資する企業・市民・金融の役割
    (1)消費者サイドの具体的事例
    (2)事業サイドの具体的事例
  3. 金融機関への期待
  4. 最後に

生物多様性が注目される背景と複数の社会課題を統合することの重要性

冒頭の言葉に戻ると、「気候変動の“次”は生物多様性が来る」は、実は誤解を招く可能性があり捉え方には注意が必要である。確かに、2020年までの10年間の生物多様性目標「愛知目標」が大幅に未達成に終わったことを契機の1つとして、昨今、国・政府・国際イニシアティブ・NGO等が生物多様性保全について警鐘を鳴らしており、2020年以降TNFD、FfB、SBTs for Nature、NA100、PBAF等の生物多様性に関連する国際金融イニシアティブも多数発足している。

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)…2020年に国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)、国連開発計画(UNDP)、世界自然保護基金(WWF)、英環境NGOグローバル・キャノピーの4機関が非公式に発足させ、2021年6月に正式に発足。金融機関や企業に対し、自然資本および生物多様性の観点からの事業機会とリスクの情報開示を求める、国際的なイニシアティブ
FfB(Finance for Biodiversity Pledge and Foundation)…アクサ、アリアンツなど金融世界大手26社が2020年9月に発足させた、事業運営と投資運用の中で生物多様性へのインパクトのプラスへの転換にコミットする「生物多様性のためのファイナンス協定」
SBTs for Nature(Science-Based Targets for Nature)…ネイチャー・ポジティブへの変革を目指す、科学に基づく目標を設定するネットワーク組織
NA100(Nature Action 100)…自然資本への依存度と影響が大きい世界のトップ100社に共同で働きかける投資家グループの取り組み
PBAF(生物多様性のためのファイナンス協定(Partnership for Biodiversity Accounting Financials))…オランダ金融大手ASNバンクの呼びかけで、Robeco、トリオドス銀行、オランダ開発金融公社(FMO)、ACTIAM、Triple Jumpが2019年末に共同発足

だが、「生物多様性」や「気候変動」をその時代の流行りもののように、それぞれ別の独立した社会課題として捉えるのでは不十分であり、相互に依存し影響を与え合うものとして統合的に捉え、戦略・施策に落とし込んでいく必要がある。

事実、2022年3月に発表されたTNFDのフレームワークβ版においても、「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とTNFDが依拠している基本的なロジックは同じ」であり、「TCFDの導入から得た学びはTNFDにも生かしていく」「TCFDとTNFDの間の関連性に対応する『気候と自然の統合』を重視する」等が述べられている。

また、「生物多様性」「気候変動」両テーマの政府間科学機関であるIPCC、IPBESは共同で2021年に報告書を発行し、双方の危機への同時対処の必要性を指摘した。国連事務次長兼国連環境計画事務局長のInger Andersen氏は、持続可能な開発サミット2021にて「生物多様性」「気候変動」「循環経済(サーキュラーエコノミー)」は統合して対処すべきであると提唱する等、これらの社会課題を統合することの重要性を説く事例は枚挙に暇がない。

IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change))…1988 年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立。人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的とした政府間科学組織
IPBES(生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services))…2012年に設立された生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価(アセスメント)し、科学と政策のつながりを強化する政府間のプラットフォーム。生物多様性版のIPCCと呼ばれることもある

そして、それぞれの社会課題を統合して配慮した世界への転換を実現する為には、国・政府、国際イニシアティブ、NGO、企業、市民等の全ステークホルダーが地球規模からごく身近な市民生活のレベルまで、様々な社会経済活動の中に社会課題解決を組み込み、CSV(社会課題解決と経済合理性の両立)を推進することが必要だと筆者は考える。

以降は、上記ステークホルダーの中でも “企業”と“市民”に焦点を当てて解説する。

統合的な社会課題解決に資する企業・市民・金融の役割

国・政府、国際イニシアティブ、NGO等が社会課題解決に積極的に働きかける中、相対的に出足が鈍いのが“企業”と“市民”である。もちろん「生物多様性」「気候変動」「循環経済(サーキュラーエコノミー)」は多くの企業にマテリアリティとして据えられ、情報開示もなされているが、リスク回避側面に偏重し、事業機会側面での足踏み感は否めない。
市民もSDGsや「脱炭素」「サステナブル消費」と言った言葉の認知度は向上しているものの、消費・利用に関する行動変容の大きなうねりを生み出すには至っていない。

前述のように、様々な社会経済活動の中に社会課題解決を組み込み、CSV(社会課題解決と経済合理性の両立)を実現する為には、消費者サイド(市民)と事業者サイド(企業)の力が必要不可欠である。
そして、金融機関は、消費者サイド(市民)と事業者サイド(企業)の双方の力を最大化するに当り、単なる資金供給にとどまらない価値を発揮する可能性がある。
とりわけ注目すべきなのは、顧客の“目的”であるモノ・サービスにまつわる非金融サービスと、“手段”である金融サービスを組み合わせた「金融コンバージェンス」による価値創出の可能性である。

持続可能な社会づくりの中核エンジンとなり得る金融コンバージェンスを通じて、日常接点や企業活動を通じて得られる金融と非金融データを融合した徹底的な顧客理解・成果の可視化により、人々の根源的な価値享受の在り方を変え得る力、企業の課題解決・事業モデル転換を促進し得る力は、CSV社会の実現に向けて大きな推進力になる。

金融コンバージェンスの詳細については、以下の記事を参照されたい。
【連載】SDGs達成に向けた今後の金融機関の在り方

(1)消費者サイドの具体的事例

具体的には、消費者サイドにおいて、金融機関が基軸となり、社会に貢献した消費者が報われる仕組みを築くことで持続可能な社会創りに寄与できる可能性がある。
金融機関が中心となり、「社会課題解決に資するような消費行動を取る消費者」を優遇する仕組みを構築することで、これまで単発的でその場限りであった消費を本質的で持続可能なライフスタイルへの行動変容を促せる可能性がある。

非金融では、グローバルスタートアップのInoqoが生物多様性・気候変動への感度が高い消費者、生物多様性・気候変動への貢献を可視化したい消費者に対し、個人の購買等の日々の行動、日常生活が与える生物多様性・気候変動の影響を可視化するアプリケーションを提供している。また、生物多様性配慮型製品の情報提供だけでなく、ナッジやゲーミフィケーションを通じて、購買行動を自分の価値観と調和させることも支援しており、良い行動を蓄積することで得られたインセンティブを自身が選択した環境団体に寄付することが出来る。

金融も含む動きでは、Ant Group (中国)、Mastercard(米国)、BBVA (スペイン)等の金融機関、デジタルプラットフォーム、消費財メーカーが力を合わせて、10億人の消費者を生物多様性保全・気候変動に役立つ行動に導くことを目的としたイニシアチブEvery Action Counts (EAC) Coalitionが発足した。
プレスリリースには好事例として、Mastercard(米国)による消費者の購買内容に応じてCO2計算を行う「Mastercard Carbon Calculator」アプリの提供やAnt Group (中国)によるユーザーの環境に配慮した日々の行動に応じ、ゲーム感覚でエコポイントが付与され、そのポイントを用いてユーザーは実際の植林活動への寄付経験が可能な「Ant Forest」アプリの提供が挙げられている。

更に、イタリアのグリーンデジタルバンク「Flowe」は、カードを使って買い物をするたびにどれだけのCO2を排出しているかをリアルタイムで表示する機能や、買い物をした店毎に CO2排出量を比較する機能など、サステナビリティをより意識付けできるサービス「Flowe ECO Balance」を提供している。加えて、顧客のリクエストに応じて、FSC認証(適切な森林管理を認証する国際制度)がされている木製のデビットカードを発行しており、グアテマラに植樹するオプションや、Floweアプリを通じて、植樹された木の成長を確認することが出来る等、他社の差別化を図っている。

(2)事業サイドの具体的事例

事業サイドにおいても、金融機関は持続可能な事業モデルへの転換+成果の共創に寄与できる可能性がある。グローバル大手によるサプライヤーへの要求強化とともに、中小企業もSDGs対応を迫られつつあるが、単独で遂行できる企業は一握りと想定される。例えば、中小企業に対し、CO2削減や環境保全、サーキュラーエコノミーシフトに最適なソリューションのマッチング、財務と非財務情報に基づく経済価値と社会価値ベースの成果見える化、モニタリングを通じたPDCA支援による成果の創出、成果に応じた将来事業性評価によるファイナンスを一連の流れで提供できれば、持続可能な社会への転換に向けた共成長サイクルを生み出せる。

特に、世界的な脱炭素化の流れの中、多くの企業が金融市場や取引先から事業活動に伴うCO2排出量の把握と削減が求められるようになり、その対応を喫緊の課題として抱えている。これに伴い、金融機関(中でも銀行)がCO2排出量算出・可視化クラウドサービスを行う企業と協業し、取引先のCO2排出量の可視化・分析・管理・削減までを一気通貫でサポートするサービスを提供する動きが活発である。
日本では、メガバンク3行がbooost technologies、ゼロボード、Persefoni AIの各事業者との戦略的パートナーシップの締結を発表。地銀である、京都銀行、伊予銀行、栃木銀行等も今年に入り続々とe-dashとの業務提携を発表している。

また、CO2可視化ほど活発ではないものの、生物多様性の可視化やクレジット取引を行うsouth pole等のプレイヤーが出現し、生態系の特徴付けに加えて財務モデリング、リスク分析を実施する等、金融機能の活用により生物多様性保全を活性化する動きも出てきている。

上記、特にCO2可視化の活発化は課題の見える化やソリューションマッチングの足掛かりとして前向きな一歩ではあるが、まだ十分であるとは言えない。その大きな理由の一つが前節でもお伝えした「統合的な社会課題解決」に資する設計に踏み込んでいない点である。
取組みが先行している「気候変動」はもちろん喫緊の課題であるが、近い未来に同じかそれ以上に「循環経済(サーキュラーエコノミー)」や「生物多様性」が課題視され、対応を迫られると筆者は考える。その時に向けて、『まず今は気候変動に対応』ではなく、現時点で他の社会課題との掛け合わせを視野に入れ、大きなビジョン設計と対応策の検討を進めることが必要である。

金融機関への期待

生物多様性に関しては、グローバル共通の単一指標はまだ存在しない。気候変動におけるCO2排出量のように、定量的に計測が可能で理解しやすい指標を設定しづらいのが現状である。従って、前述のTNFD、FfB、SBTs for Nature等が正に現在進行形で、自然のリスクが事業や財務計画に与えるインパクトの情報開示の枠組みを開発している真っ只中である。

そして、上記のような国際的イニシアティブに参画する日本企業は、金融業界を含めてまだ多くない。生物多様性の分野でもグローバルの大きな舵取りを握っているのは欧州各国の金融機関と見て取れる。「今はまだルールが決まっていない」「指標が決まっていない」からとその様子を静観するのではなく、ルールメイクの場に積極参画していただきたい。ルールメイクの重要性について実例を挙げると、例えば、ユニリーバ社のRSPO(持続可能なパーム油調達)の事例では、まだ市場で十分認知or取組みされていない深刻な社会課題テーマに着目し、他社に先んじたルール形成と自社の改革により、パーム油調達におけるコストメリットで優位性を築いた。

最後に

最後に、消費サイド・事業サイドを巻き込んだ中長期視点でのあるべき世界の構築に向けて、生物多様性保全の観点も織り込んだ価値創造の形も是非模索していただきたい。

Future of Finance|ストラテジー|デロイト トーマツ グループ|Deloitte
著者
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニター デロイト シニアコンサルタント
木村 清香 氏
メガバンクを経て現職。製薬会社、総合商社、交通インフラ、総合電機メーカー、官公庁など幅広い業種を対象に、経営戦略・事業戦略策定及び新規事業創出支援等のコンサルティングに従事。
特に、多様な業界の企業に対するSDGsを起点とした新規事業創出の支援経験に富む。
共著
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ストラテジーユニット/モニター デロイト ディレクター
三由 優一 氏
大手SIer、外資系コンサルティングファームを経て現職。金融機関に対する中長期戦略策定・新規事業立案・全社デジタル改革プラン策定・M&Aのほか、異業種に対する金融事業参入構想策定・Fintechビジネス企画・決済事業立上・海外展開プラン策定等の支援経験に富む。現在は、Future of Financeオファリングチームをリードしており、脱炭素を軸とした社会・地域課題解決やweb3やメタバース等による新たな金融の在り方やサービス検討にも取り組んでいる。