- テレワークにおける4つのリスク
- (1)ITリスク―従業員のIT理解は意外と低い―
- (2)業務リスク―ペーパーレスは「目的」が重要―
- (3)労務リスク―処遇の「不平等」への配慮―
- (4)育成リスク―「気づきを与える仕掛け」を―
- テレワークの有効活用に向けて
テレワークにおける4つのリスク
一口にテレワークと言っても、場所・頻度などで様々なパターンに分かれる。例えば場所という切り口では、(A)自宅で業務を行う在宅型、(B)社外で業務を行うモバイル型、(C)サテライトオフィスなどで業務を行うサテライト型が挙げられる。また頻度であれば、(a)月数回などのスポット型、(b)基本テレワークで業務を行う常駐型などが挙げられる。
現状の各社の取り組みは様々であるが、金融機関の場合、今回の新型コロナウイルス感染拡大対応のような緊急時対応を除けば、目指す姿の1stステップとして、「(A)在宅勤務を、(a)スポット型」で行える環境を構築することで、働き方の選択肢を増やすことを目標として掲げている企業が多い印象を受ける。したがって、以下では、このパターンにおけるテレワークのリスクについて解説する。
テレワークのリスクは多岐にわたるが、大別すると(1)IT〈情報技術〉リスク、(2)業務リスク、(3)労務リスク、(4)育成リスクの4つに分けられる。以下では各々のリスクについて、「(A)在宅勤務型、(a)スポット型」のケースを想定して解説する。
(1)ITリスク―従業員のIT理解は意外と低い―
ITリスクは、テレワーク実施にあたり、ICT(情報通信技術)を利用することにより生じるリスクと定義できるが、「(A)スポット型」の局面では、まだテレワークに関する社内ノウハウが少なく、①IT部門でユーザー側のニーズが十分把握できておらず、IT環境の整備が不十分(機能不足)であることにより業務が停滞するリスク、②ユーザー側(特にテレワークへの関心が薄い部署・従業員)のIT活用方法への理解が進んでおらず、テレワークにより必要以上に生産性が低下するリスク、③ウイルス攻撃などにより情報漏洩などが発生するリスク(サイバーリスク)、の3点が懸念される。
特に金融機関では、個人情報やインサイダー情報など機密性の高い情報が多い一方で、これまでIT整備やIT教育が十分でなかった企業・組織では、従業員のITリテラシーが必ずしも高くないケースが多いため、留意が必要である。
これらのリスクに対しては、まずは働き方改革推進部門やIT部門が中心となり、「ユーザー側のニーズを把握する取り組みの強化(アンケート・ヒアリング調査、Q&A窓口の設置など)」とともに、「IT環境の増強」および「テレワーク運用時のIT活用方法の理解促進を図る取り組みの充実」を図ることが必要となる。一見、どこの企業でも実施している対策に聞こえるが、アンケートを取ると、「PC利用ルール(ウイルスソフト、情報保存、パスワード設定など)」「リモートアクセス・WEB会議の実施方法」「ITの問題発生時の対応方法」などの浸透度が意外と低い組織があるため、留意いただきたい。
(2)業務リスク―ペーパーレスは「目的」が重要―
業務リスクでは、まずテレワークの期間中、①上司・部下間のコミュニケーションが不足することにより、業務品質の低下が生じることが挙げられる。加えて金融機関では、いまだ「紙文化や押印文化」が残る企業も多数あるため、テレワーク環境下においても、普段の業務と同様の前提での業務遂行を求めてしまう結果、②紙資料の持ち出しなどによる情報漏えいリスクや、逆に③在宅で実施可能な業務を限定し過ぎてしまい、結果として想定以上に生産性の低下が生じることなどが懸念される。
これらのリスクについては、即効性のある解決策は難しいが、まずは「組織内での情報の見える化・共有化」を推進することが重要となる。一般的に、「紙」の見やすさに慣れた企業ではペーパーレス化を推進しようとしてもなかなか改善が進まないことが多い。その場合、目的をペーパーレス化ではなく、「情報の見える化・共有化」に置き、情報を適時適切に共有するために最適な方法を考えるという視点で改善を図ると、自ずと「紙ではなく、電子データでの保存・共有」が現実的との結論になる。「情報の見える化・共有化」は、業務の属人化防止につながり、結果としてリスク管理にも役立つため、是非とも各企業にはチャレンジいただきたい。
(3)労務リスク―処遇の「不平等」への配慮―
労務リスクは、テレワーク期間中の①労務コンプライアンス対応と、②従業員のメンタルリスク対応が中心となる。ここで「(A)在宅勤務型、(a)スポット型」では、従来よりも働く場所や時間の選択肢が増えることで、きめ細やかな労働時間管理のルールや仕組みが必要となるほか、新たな労災が増える恐れもあるため、労務管理はより一層難しくなる。また、テレワークが浸透していないことにより、利用者が肩身の狭い思いをしたり、評価や処遇で不利益を受けたりする可能性もあるため、組織として明確なメッセージを出すとともに、主管部署から、組織長や本人へフォローを行うことが重要となる。
加えて、通常の金融機関では、③テレワーク可能な業務と不可能な業務(店舗など)が存在するほか、様々な従業員(非正規・派遣など)が混在しているため、従業員間で必要以上に不平等さが生まれることのないよう配慮が必要となる。例えば、テレワークを活用できない従業員には、代替となる休暇や福利厚生の施策などを設けることが想定される。
(4)育成リスク―「気づきを与える仕掛け」を―
育成リスクは、テレワークにより人材育成が遅れるリスクを指している。前述の通り、①テレワークが進むと上下間の対面でのコミュケーションが少なくなり、OJT(職場内訓練)の内容(質・量)が低下する恐れがある。また、業務が細分化されると、短期的な生産性向上は期待できる一方、②他人との関わりが少なくなったり、他人の仕事に興味をもたなくなるなどにより、各自の視座が低くなり、中長期的なキャリア形成において好ましくない状況に陥る可能性がある。
特に金融機関はビジネスモデルの変革期にあり、今後従業員に求められるスキルやパフォーマンスが大きく変化することが想定されるため、足元の生産性向上だけでなく、中長期的視点での組織変革人材の育成に向け「従業員に気づきを与える仕掛け」を設けることが必要になる。具体的にはローテーションの促進やプロジェクト参画、異業種との連携、チャレンジを促進する評価・処遇制度など、テレワークを推進する中でも、従業員に新たな取り組みを挑戦させる環境を構築することが重要となる。
テレワークの有効活用に向けて
以上、テレワーク活用時のリスクと留意点を「(A)在宅勤務型、(a)スポット型」のケースを中心に解説した。「(2)業務リスク」でも記載した様に、テレワークを有効活用するためには、「業務の属人化、紙文化や押印文化からの脱却」を図り、業務の標準化やIT環境の強化などを進める必要がある。そのためには「業務分析・リスク分析などを行い、適用する業務範囲を見定めた上で、事前準備・業務改善をしっかり行うこと」がテレワーク成功のカギとなる。>
冒頭で記載したように、国内の労働人口減少・緊急時対応などを踏まえると、テレワークといった働き方改革の流れは今後一層加速すると想定される。このような環境下では、テレワークを有効活用することで、優秀な人材の確保・リスク管理の強化を進めることは、今後企業が生き残るための必須条件の一つになると言っても過言ではないだろう。皆様の企業がテレワークを有効活用し、強く・働きやすい組織として成長されることを期待する。
- 寄稿
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有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部
ディレクター
大川 晃司 氏組織・人材マネジメント改革の専門家で、ガバナンス、人事労務管理、
経営管理、情報基盤強化などのコンサルティングを手がける。