【連載】金融機関のM&Aの最新動向とポイント④ 金融機関による海外M&A


人口減少時代を迎えた日本向け金融市場が飽和しているなか、経済成長が見込める海外市場におけるM&Aは金融機関の経営においてますます重要になると思われる。2021年には海外M&Aの促進を目的とする銀行法等の改正より銀行などの業務範囲規制が緩和された。今回は、金融機関による海外M&Aに関する最近の動向や、金融機関が海外M&Aの実施をする際に留意すべきポイントについて、主として銀行による海外M&A(日本の金融機関による海外企業のM&AとしてのいわゆるIn-Out型)を想定して解説する。

  1. 金融機関における海外M&Aの動向
  2. 銀行法等の改正
  3. 金融機関による海外M&Aにおける留意点
    (1)現地法
    (2)日本法
    (3)デュー・ディリジェンス
    (4)M&A実施後の対応
目次

金融機関における海外M&Aの動向

近年の激しいグローバル競争の中で、海外M&Aは、日本企業がスピード感を持った成長を実現していくための重要かつ有効な手段として認識されており、その件数は増加傾向にある(*1)。昨今の円安環境下でも、需要が細っていく国内市場を横目に海外に成長を求めるニーズは強く、水面下の案件が増加しているといわれている。
近年では、以下の表のとおり、三大メガバンクグループによる東南アジアへの出資が目立つ。

名称 案件概要(公表時期)
三菱UFJフィナンシャルグループ
  • 野村ホールディングスのタイの証券子会社を、傘下のアユタヤ銀行を通じて買収(2022年)
  • オランダに本社を置く消費者金融Home Credit 社のフィリピン及びインドネシアの現地法人を、傘下のアユタヤ銀行を通じて買収(2022年)
  • インドネシアを中心とするフィンテック事業者SilvrrTechnology(Akulaku社)へ出資(2022年)
三井住友フィナンシャルグループ
  • ベトナムのノンバンク最大手FEクレジットへ出資(2021年)
  • フィリピンの銀行大手リサール商業銀行へ出資(2021年)
  • インドのノンバンク大手フラトン・インディア・クレジット・カンパニーの買収(2021年)
みずほフィナンシャルグループ
  • ベトナムのデジタル決済最大手のMサービスへ出資(2021年)
  • 米国証券関連事業会社であるCapstone Partnersを買収(2022年)
  • フィリピンでデジタル銀行を展開するトニック・フィナンシャルへ出資(2022年)

※ 各グループのリリースより筆者ら作成

脚注
(*1) 経済産業省「海外M&Aと日本企業~M&Aの最前線に立つ国内外の企業の声からひもとく課題克服の可能性~」12頁

銀行法等の改正

2021年の銀行法改正前は、銀行・銀行グループが外国金融機関などを買収する際に、当該買収先が保有する外国子会社が銀行法の業務範囲規制に抵触する場合には、原則として買収後5年以内の売却が義務付けられていた。そのため、日本の銀行等は海外M&Aの入札に参加する際に、他国の入札者より不利な立場に置かれていたのである。
このような状況を踏まえ、2021年の銀行法改正により、外国子会社・兄弟会社の業務範囲規制が見直された。具体的には、銀行等が、業務範囲規制に抵触する外国会社を現に子会社とする外国会社を対象として買収する場合などには、業務範囲規制の適用を猶予される期間が買収後5年から10年に延長されたのである(銀行法16条の2第6項、52条の23第5項関係)。
加えて、競争力の確保その他の事情に照らして、その業務が業務範囲規制に抵触する上記の外国会社を引き続き保有することが必要であると認められる場合等には、10年間の猶予期間内に金融庁長官の承認を受けることで、業務範囲規制にかかわらず、当該外国会社を継続的に保有できる(以下「恒久化承認」という。)こととなった(改正銀行法16条の2第8項、9項、52条の23第7項、8項関係)。
同様の改正は他の業法(保険業法、信用金庫法等)においても実施されている。

金融機関による海外M&Aにおける留意点

(1)現地法

a 許認可

金融業への出資は、多くの場合に現地の金融当局の許認可対象となっている。したがって、許認可要件やその手続をM&Aの初期的段階から調査しておく必要がある。
例えば、当該国において同一の者が株式保有等を通じて支配できる銀行は1つに限られる旨の規制(いわゆるシングルプレゼンス・ポリシー)を設けている国があるとされている。

b 外資規制

銀行業をはじめとする金融業務は多くの国において外資規制等の対象となっている。そのため、外資規制についてもM&Aの初期的段階から調査のうえ、ストラクチャーについて検討しておくことが重要である。
例えば、外資による金融事業者の株式の一定割合以上の取得について現地の金融当局等による許可等の取得が必要とされることがある。米国企業を対象とするM&Aについては、外国投資委員会(CFIUS)による審査に留意が必要となる。

(2)日本法

a 銀行法

銀行が、銀行法上の業務範囲規制に沿って外国会社を子会社化とする場合、原則として、金融庁の事前の認可が必要となる(銀行法16条の2第4項)。なお、一定の従属業務や金融関連業務をもっぱら営む会社が買収対象である場合などは、金融庁への届出で足りる(銀行16条の2第4項、53条1項2号)。
銀行が、海外M&Aによりその対象会社である外国会社を子会社化する場合において、当該外国会社の子会社の業務が業務範囲規制に抵触する場合なども同様である(銀行法16条の2第7項も参照。)。

b 外為法

銀行による外国企業の株式取得は、銀行(その完全子会社等を含む。)による当該取得が発行済株式割合の10%以上となる場合等には対外直接投資(外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という)23条2項、外国為替令12条4項、外国為替に関する省令23条)に該当する。もっとも、指定業種(金融業はこれに該当しない)への投資に該当しない限り、事前届出は不要となる(外国為替令12条1項1号、外国為替に関する省令21条)。
また、外国企業の株式取得は、財務大臣への事後報告が必要な資本取引に該当しうるが、株式取得割合や取得金額次第で事後報告についても不要となる場合もある(外為法55条の3第1項5号、6号、外国為替の取引等の報告に関する省令5条1項)。

(3)デュー・ディリジェンス

海外M&Aに際しては、対象会社のデュー・ディリジェンスにおいて日本の法制や実務とは異なる観点での検証も必要である。
例えば、新興国の対象会社においては贈収賄規制等に関する企業文化や意識に留意する必要があるし、日本法と異なる法令(例えばGDPR等)が対象会社に適用される場合には、規制内容の日本法との違いを意識して進めることも重要である。

(4)M&A実施後の対応

a 銀行法

銀行が、海外M&Aにより対象会社である外国会社を取得する際に、当該対象会社の子会社の業務が業務範囲規制に抵触している場合などには(銀行法16条の2第6項)、10年の猶予期間内に恒久化承認を取得する(銀行法16条の2第8項、第9項)か、株式を売却するなどして議決権比率を低下させることの検討が必要となる。

b 実効的なグループガバナンスの実施

金融庁は、例えば主要行等については、各行が海外での買収や拠点拡大など国境・業態を超えた業務展開を推進する中、各行とグローバルでの経営を支えるIT・システム・会計等のあり方等について対話を行いつつ、グループ・グローバルのガバナンスの高度化を促すとしている(*2)。そのため、M&A実施後の外国子会社を含めた実効的なグループガバナンスの実施においては、これらの指摘を踏まえた対応が必要となる。主要行等以外の金融機関においても、上記記載や自らの業態向けの監督指針の関連する記載等を参考に、グループ・グローバルのガバナンスの高度化を検討することが重要である。
また、グローバル企業の多くは、株主への説明責任を果たすため、資本コストも踏まえた収益計画等の目標を示し、事業ポートフォリオの見直し等を行っているほか、経営陣に対する健全なインセンティブとして業績連動型の報酬制度(株式報酬を含む)を活用している(*3)。これらの対応は既にコーポレートガバナンス・コード等で日本の上場会社にも求められているものでもあり、海外M&Aの実施・検討に際しては、グループガバナンスをより本格的に見直す必要が出てくる点にも留意が必要となる。

脚注
(*2) 金融庁「2022事務年度金融行政方針 直面する課題を克服し、持続的な成長を支える金融システムの構築へ」9頁(2022年8月31日)。
(*3) 経済産業省「海外M&Aと日本企業~M&Aの最前線に立つ国内外の企業の声からひもとく課題克服の可能性~」101頁~102頁(2019年4月9日)。

大澤 貴史 氏
寄稿
牛島総合法律事務所
パートナー弁護士
大澤 貴史 氏
2011年12月弁護士登録、2017年5月米国カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校修了(LL.M.)、2017年から2019年まで金融庁(マネロン・テロ資金供与対策企画室、法令遵守等モニタリングチーム等)での勤務を経て、2020年1月より牛島総合法律事務所にて実務再開。金融規制や金融当局への対応が問題となるM&A、支配権争奪、不祥事対応等を取り扱う。
冨永 千紘 氏
寄稿
牛島総合法律事務所
弁護士
冨永 千紘 氏
2014年中央大学法科大学院修了。2015年12月弁護士登録。主として、コーポレート・ガバナンス等のコーポレート全般、M&Aを含む企業間取引や経営支配権をめぐる紛争、不祥事対応を中心に取り扱う。
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