- 金融機関とFinTech企業の提携・買収に関する近時の動向
- FinTechに関する近年の主な銀行法改正
(1)銀行業高度化等会社(2017年銀行法改正)
(2)FinTech業務を行う銀行業高度化等会社にかかる認可手続の緩和等(2021年銀行法改正) - FinTech企業との提携・買収の留意点
(1)提携・買収手法ごとの検討
(2)FinTech企業との提携・買収プロセスに関する留意点
金融機関とFinTech企業の提携・買収に関する近時の動向
FinTech企業の多くは創業間もないベンチャー企業であるところ、ベンチャー企業へのM&Aは増加傾向にあり、政府によるスターアップの育成・支援強化の取り組みを背景にさらなる増加が見込まれる(*1)。金融庁も、「デジタル社会の実現」のための事業者支援として、FinTechサポートデスクやFinTech実証実験ハブを活用した金融機関及びFinTech事業者への各種支援を継続している(*2)。
近時公表されたFinTech企業との提携例に以下のものがある。
- みずほフィナンシャルグループとグーグル・クラウド・ジャパンがデジタルトランスフォーメーション(DX)分野における戦略的提携に合意し、Google CloudのAI技術を活用した顧客接点の強化・拡充や先進的な金融サービスの実現等に取り組む旨を公表(2022年3月)。
- SBIホールディングスが、ブロックチェーン技術に強みを持つリミックスポイントと資本業務提携契約を締結し、暗号資産関連分野やメタバースを含むWeb 3.0分野等における協業を公表(2022年5月)。
脚注
(*1)MARR Online「『日本企業によるベンチャー企業へのM&A動向』IN-INが件数、金額ともにIN-OUT上回る」(2022年8月2日)。
(*2)金融庁「2022事務年度 金融行政方針『実績/作業計画』」77頁以下。
FinTechに関する近年の主な銀行法改正
(1)銀行業高度化等会社(2017年銀行法改正)
銀行は一定の業務を除いて他業が禁止されており(銀行法10条ないし12条)、また、原則として基準議決権数(銀行は5%、銀行持株会社は15%)を超えて一般事業会社の議決権を取得・保有することができない(銀行法16条の4第1項、52条の24第1項)。
2017年施行の銀行法改正は、FinTech企業等の金融サービスの向上に資する業務を行う会社への戦略的出資を可能にするため、銀行や銀行持株会社が、金融庁の認可を前提に、FinTech企業等の「銀行業高度化等会社」について基準議決権数を超えて出資をすることを可能とした。なお、「銀行業高度化等会社」は2021年銀行法改正においてその範囲が拡大されている(銀行法16条の2第1項15号、52条の23第1項14号)。
銀行業高度化等会社の事例として以下のものがある(*3)。
- 三井住友フィナンシャルグループによるeKYC・生体認証を扱うポラリファイ社の新規設立。
- 住信SBIネット銀行による決済サービスを扱うネットムーブ社の完全子会社化(株式の譲受)。
脚注
(*3)金融審議会銀行制度等ワーキング・グループ(第2回)「事務局説明資料」(2020年10月7日)8頁。
(2)FinTech業務を行う銀行業高度化等会社にかかる認可手続の緩和等(2021年銀行法改正)
サービス提供の非対面化・デジタル化等を背景に実施された2021年施行の銀行法改正においては、FinTech業務を行う銀行業高度化等会社を子会社化する場合の認可手続が緩和(通常の子会社・兄弟会社の保有に係る認可の基準と同等)されたほか、50%以下の議決権を取得する場合は届出のみで足りることとなった(例えば銀行について、銀行法16条の2第4項、同法施行規則17条の4の3第1号、17条の5第1項、銀行法53条1項8号、同施行規則35条1項17号)。また、銀行持株会社は、財務健全性やガバナンスが一定水準以上であること等について認定を受けることにより、個別の認可を受けずに、銀行業高度化等会社のうちFinTech業務を専ら営む会社を子会社にできることになった(銀行法52条の23の2第6項ないし10項、同法施行規則34条の19の6第1号、34条の19の7第2項)。
FinTech企業との提携・買収の留意点
(1)提携・買収手法ごとの検討
銀行や銀行持株会社がFinTech企業と資本・業務提携を行う場合(議決権比率50%以内を想定)、出資が基準議決権数(銀行は5%、銀行持株会社は15%)を超えるかどうかによって、銀行業高度化等会社の届出の要否が左右されることになる。
一方で、銀行がFinTech企業を株式取得や新株引受等により買収(子会社化を想定)する場合には、銀行グループとして対象会社を管理するため、以下の対応が必要となる(銀行法16条の3、52条の21)。
- 銀行グループの経営の基本方針その他これに準ずる方針の策定及びその適正な実施の確保
- 銀行グループに属する会社相互の利益が相反する場合における必要な調整
- 銀行グループの業務の執行が法令に適合することを確保するために必要な体制の整備
など
資本・業務提携と買収(子会社化)を比較すると、一般に、資本・業務提携は少ない取引コスト・低いリスクで他の企業とのシナジー創出を期待できる(*4)。子会社化等によりグループ企業としてFinTech企業を取り込む方法は、対象企業の統制がしやすく、また情報も取得しやすいというメリットがある(*5)。
また、提携や買収に際しては、FinTech企業が銀行代理業(銀行からの委託を受けて預金等の受入れ・融資・為替取引等を内容とする契約の締結の代理を行う場合)の許可(*6)や、金融仲介サービス業(銀行・証券・保険・貸金の複数分野の仲介を行う場合)の登録を得る必要があるかどうかを検討する必要がある。
脚注
(*4)戸嶋浩二ほか編『資本業務提携ハンドブック』2~4頁(商事法務、2020年)。
(*5)金融情報システムセンター「金融機関におけるFinTechに関する有識者検討会報告書」21頁(2017年6月)。
(*6)金融庁の「主要行等向けの総合的な監督指針」VIII-3-2-1-1や「銀行法等に関する留意事項について(銀行法等ガイドライン)」を参照。
(2)FinTech企業との提携・買収プロセスに関する留意点
1 契約交渉段階
金融機関とFinTech企業では、事業化に対してのスピード感にギャップが生じやすい。金融機関は、提携・買収に伴うリスク等の十分な検討や当局との調整等が必要となる一方で、スピード感を持った対応を意識することも重要である(*7)。
デューディリジェンスとの関連では、想定する金融サービスの提供に必要な許認可が取得されているかどうかや関連する社内規程の整備状況も含め、提携・買収に伴うリスクを十分に検証する必要がある。
契約交渉においては、提携・買収後のFinTech企業における人材の維持が重要である。提携・買収の目的であるFinTech企業の技術・サービスについて特定の人物(創業者や特定のエンジニア等)の存在が不可欠となる場合には、例えば当該人物へのインセンティブ付与を前提に特定の職務を一定期間継続するよう最終契約に明記することが考えられる。仮に当該人物が対象企業を退職する場合には、競業避止に係る合意の検討が必要となる(*8)。
そのほか、関連する秘密保持契約、実証実験(PoC)の実施、共同研究を行う場合の知的財産権の帰属及びライセンス契約を締結する場合の条件等を決定にかかる独占禁止法上の留意事項について、公正取引委員会及び経済産業省の「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」(2022年3月31日)が参考になる。
2 提携・買収実行後
提携・買収実行後の統合プロセスにおいては、一般に、FinTech企業におけるノウハウが重要な研究・開発部門ではFinTech企業の従来のやり方を尊重することになる。金融機関のリソースやノウハウを生かせる間接部門(財務や人事等)については、比較的思い切った統合を検討することが考えられる(*9)。
また、FinTechビジネスは、顧客ニーズの変容や技術革新に伴うサービス内容の変更や関連する法令・ガイドラインの新設・改正が頻繁に生じることから、提携・買収実行後の金融サービスが関連法令等を適切に遵守しているかどうかについて、契約締結前のデューディリジェンスの段階だけでなく継続的に確認していくことが重要となる。
さらに、FinTech企業が金融機関の外部委託先となる場合は、業法及び監督指針に従った管理が必要となる(例えば、銀行法12条の2第2項、同法施行規則13条の6の8、主要行等向けの総合的な監督指針Ⅲ-3-3-4-2)。この点に関連し、金融情報システムセンター「金融機関におけるFinTechに関する有識者検討会報告書」(2017年6月)は、FinTech業務におけるコンピュータシステムの安全対策について、金融機関がFinTech企業に外部委託する場合とFinTech企業を子会社とする場合とに分類して整理しており参考になる。
脚注
(*7)池上由樹「銀行法改正とスタートアップとの協業を行う際の法的留意点」金融法務事情2179号20頁。
(*8)淵邊善彦「ベンチャー企業・スタートアップ企業とのM&Aにおける留意点」MARR Online(2019年12月16日)。
(*9)野坂研「第3回 スタートアップ買収における人事・組織面での論点」MARR Online(2021年2月15日)。
- 寄稿
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牛島総合法律事務所
パートナー弁護士
大澤 貴史 氏2011年12月弁護士登録、2017年5月米国カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校修了(LL.M.)、2017年から2019年まで金融庁(マネロン・テロ資金供与対策企画室、法令遵守等モニタリングチーム等)での勤務を経て、2020年1月より牛島総合法律事務所にて実務再開。金融規制や金融当局への対応が問題となるM&A、支配権争奪、不祥事対応等を取り扱う。
- 寄稿
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牛島総合法律事務所
弁護士
冨永 千紘 氏2014年中央大学法科大学院修了。2015年12月弁護士登録。主として、コーポレート・ガバナンス等のコーポレート全般、M&Aを含む企業間取引や経営支配権をめぐる紛争、不祥事対応を中心に取り扱う。