近時のM&A全体の動向と特徴
日本企業全体のM&A件数は、2019年まで増加傾向にあったが、2020年に新型コロナ・ウイルスの感染拡大(以下「コロナ禍」という。)の影響による案件の中止や延期が発生したことで減少に転じた。しかし、2021年のM&A件数は増加し、コロナ禍以前の2019年を上回って過去最多の件数となっており(*1)、2022年の日本企業のM&A件数も引き続き増加傾向にある(*2)。
一方で、世界的にはFRB(米国の連邦準備理事会)の利上げやロシアによるウクライナ侵攻によるM&Aの減少傾向も報道されている。M&Aに海外展開等が伴う場合には地政学リスクも踏まえて取引に関連する国・地域につき十分に調査・検討する必要がある。
近年のM&Aの重要なテーマの一つがESG対応である。ESGは、2006年に当時の国連事務総長が、機関投資家に対して、投資分析と意思決定のプロセスにESGの視点を組み入れることなどを掲げる責任投資原則(PRI)を提唱したことを契機として注目され、日本では、2015年にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がこれに署名したことで他の機関投資家の署名も増加し、ESG投資が拡大したとされる。また、2015年のSDGs(持続可能な開発目標)の採択、2019年のPRIの銀行版である責任銀行原則(PRB)の提唱及び日本政府が2050年のカーボンニュートラル実現を目指していることなどから、広く金融業務にESG要素を組み込むことが求められるようになった。
このような動向を受け、ESGの中でも機関投資家の関心も高い気候変動対策等に関連するM&Aが世界的に増加している。日本の金融機関のM&Aとしても、2019年に野村ホールディングスが米国のGreentech Capital, LLC(サステナブル・テクノロジーおよびインフラストラクチャー分野のM&A助言のリーディング・ブティック)を買収した事例がある。
また、M&Aの検討過程への影響として、対象会社の気候変動対策や人権侵害の有無、ESG管理体制等をデュー・ディリジェンスで確認する事例が増えている。2021年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードが上場会社に対してESGをはじめとするサステナビリティ課題への積極的・能動的な対応を求めるなど(基本原則2の「考え方」)、ESG対応に取り組む企業は増加しているが、対象会社の取組みを評価する際には、外部評価機関を活用するなど、その実態を慎重に分析することが必要になる場合もあろう。
脚注
*1)MARR Online「2021年のM&A回顧(2021年1-12月の日本企業のM&A動向)」(2022年1月4日)
*2)MARR Online「2022年10月のM&A件数は355件~みずほ証券、楽天証券と資本業務提携」(2022年11月1日)
M&Aの目的と主な流れ
M&Aには、既存事業の維持・拡大、新規事業への投資及び不採算事業の切り離しなど、様々な目的があり得る。
例えば地域銀行(以下「地銀」という。)のM&A(再編)に際して想定されるシナジー効果として以下が指摘されている(*3)。
② 取引量の増加(取引先の共有)
③ サービスの高度化(強み・ノウハウの共有、新事業立ち上げ)
④ 競争の緩和
採用するM&Aの手法に応じて再編後に得られるシナジー効果やその程度は異なることになり得るため、スキーム検討の際にはM&Aの目的を踏まえた戦略的な検討が必要である。
M&Aを実施する際には主に以下の手順で検討が進められる。
クロージングまでの手続だけでなくPMIも、経営体制の統合や取引先等の関係構築、人事等の業務に関する統合等をするもので、M&Aの効果を最大化するために重要となる。
脚注
*3)大嶋秀雄「地方銀行に求められる再編戦略とは~地方創生と事業成長の好循環に向けた「地域×業務」の拡大~」リサーチフォーカス(2020年11月11日)6頁から8頁
金融機関を当事者とするM&A
(1)特徴
金融は一般企業の成長や国民生活に大きく関わるため、社会・経済への影響が大きい業務分野である。そのため、金融機関を当事者とするM&Aについては、例えば金融規制法令・ガイドライン等による以下のような種々の規制が設けられており、これらを十分に踏まえることが重要となる。
- 銀行法に基づく株式保有制限(5%を超える他社株式の取得の制限)
- 保険業法に基づく保険契約の移転(保険契約者の同意を得ずに保険契約を移転可能とする制度)
- 投資信託及び投資法人に関する法律に基づく導管性要件(投資法人が法人段階で課税されないための要件を定めるもの)
M&Aにより金融庁等への届出事項に変更があれば変更届出も当然必要となる(金融商品取引法31条等)。
これらに漏れなく対応するため、実務上は、法令上の規制を詳細化・明確化等している監督指針等を十分に確認することが必須となる。
また、金融機関を当事者とするM&Aを進めるにあたっては、監督当局(金融庁)との調整も重要となる。例えば、銀行の合併(銀行同士の合併や銀行が非銀行と合併する場合)は、金融庁長官の認可を受けなければ効力が生じない(銀行法30条1項及び59条)ことから、基本合意前の段階で金融庁等への初期的な説明を開始するとともに、最終契約の誓約事項として銀行法等の業法上の手続の履践等を規定する必要がある(*4)。
対象会社の事業内容やM&Aスキームが業法や監督指針等に抵触することが発覚した場合や、法令等への明確な抵触がなくても監督当局が適切でないと判断した場合などには、行政指導や報告徴求命令、場合によってはさらに重大な行政処分(業務改善命令や業務停止命令等)の対象となり得るため、M&A後の事業に重大な影響が生じることになる。
金融機関を当事者とするM&Aにおいては、このような特殊性に留意した慎重な対応が求められる。
脚注
*4)池田賢生=藤井大悟「地方銀行の経営統合の実務および留意点」金融法務事情2103号8~10頁
(2)金融機関を当事者とするM&Aの傾向と背景
金融機関を当事者とするM&Aは、1996年からの日本版ビッグバンにおける金融システム改革を通じて銀行同士の合併等が行われるようになり、2016年からは、マイナス金利政策を背景に銀行の収益性が低下したことで、財務基盤の強化を目的としたM&Aが増加したとされている。地銀の経営統合・合併についてみると、2010年度から2015年度では6件だが、2016年度から2021年度では15件とその件数が増加している(*5)。
金融機関のなかでも、地銀は、低金利環境の継続や人口減少・高齢化の進展等の影響により、2017年度決算では地銀の過半数の54行で本業利益が赤字(うち12行が2期連続、40行が3期以上連続の赤字)に陥っていた(*6)。近年も地銀を取り巻く環境は引き続き厳しい状況もあると指摘されている(*7)。金融庁は、地銀等の経営基盤の強化のため、合併・経営統合の環境整備に向けた取組みを継続しており(*8)、地銀においては、必要に応じて経営基盤の強化等を目的とした合併・経営統合を真摯に検討することが求められる。
上述した地銀の経営統合等のほか、近年の金融業界において注目されるM&Aの類型とその代表例として以下が挙げられる。
- FinTech分野への進出(三井住友フィナンシャルグループによるeKYC・生体認証を扱うポラリファイ社の設立や住信SBIネット銀行による決済サービスを扱うネット-ムーブ社の完全子会社化等)
- 海外M&A(三井住友フィナンシャルグループによるインド大手ノンバンクFullerton India Credit Co. Ltd.の買収等)
- 敵対的TOB(SBIホールディングスの新生銀行に対する銀行業界初の敵対的TOB)
※金融以外の業界でも敵対的TOBは活発化しており、アクティビストファンドの動向等も踏まえると、各金融機関も注視すべき類型である。
次回以降は、金融機関のM&Aのうち、実務上重要と考えられる類型について具体的に取り上げたい。
脚注
*5)金融庁(金融審議会)「銀行制度等ワーキング・グループ」(第2回)「事務局説明資料」(2020年11月9日)21頁
*6)金融庁「平成29事務年度 地域銀行モニタリング結果とりまとめ」(2018年7月13日)8頁
*7)金融庁「2022事務年度 金融行政方針」(2022年8月)コラム8
*8)地銀経営統合・再編等サポートデスクの設置等
- 寄稿
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牛島総合法律事務所
パートナー弁護士
大澤 貴史 氏2011年12月弁護士登録、2017年5月米国カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校修了(LL.M.)、2017年から2019年まで金融庁(マネロン・テロ資金供与対策企画室、法令遵守等モニタリングチーム等)での勤務を経て、2020年1月より牛島総合法律事務所にて実務再開。金融規制や金融当局への対応が問題となるM&A、支配権争奪、不祥事対応等を取り扱う。
- 寄稿
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牛島総合法律事務所
弁護士
冨永 千紘 氏2014年中央大学法科大学院修了。2015年12月弁護士登録。主として、コーポレート・ガバナンス等のコーポレート全般、M&Aを含む企業間取引や経営支配権をめぐる紛争、不祥事対応を中心に取り扱う。