- 原則1 方針の策定・公表
- 原則2 顧客の最善の利益の追求
- 原則3 利益相反管理
- 原則4 手数料等の明確化
- 原則5 顧客への情報提供
- 原則6 顧客にふさわしいサービス
- 金融商品・サービスをパッケージ化するときの対応
- 原則7 従業員の動機づけ・ガバナンス体制
※以下では顧客本位の業務運営に関する原則に掲げられた7つの原則について、実務対応上の一般的な留意点を説明する(各原則の内容については、金融庁のウェブサイト参照)。なお、以下の説明は本原則案の内容を前提としたものであり、最終的な本原則では変更される可能性があることに留意いただきたい。
原則1 方針の策定・公表
まず原則1では、金融事業者に、以下の内容を求めている。
- 顧客本位の業務運営を実現するための方針の策定・公表・定期的な見直し
- 当該方針に従った顧客本位の業務運営の取組状況の公表
原則1により金融事業者に策定・公表が求められる方針は、金融事業者が、金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等、インベストメント・チェーンの中でどの部分を業務として取り扱うかによって、記載すべき内容や比重を置くべき項目が異なり得るものである。
また、同じ業態の金融事業者であっても画一的な内容で顧客本位の業務運営の方針が策定されるべきものではなく、金融事業者は、各々の置かれた状況に応じて、顧客本位の業務運営を実現するために、自らのビジネスに即した方針を策定することが必要となる。
したがって、業界ごとに方針を定型化するようなことは不適切であるが、ビジネスモデルに共通点のある他の金融事業者のグッドプラクティスを参考にして、自社の取組みに取り入れることは推奨されるべきであろう。
いったん方針を策定した後、そのまま維持し続ければよいというものではなく、事業環境などの変動に応じた内容とするよう、定期的な見直しを行うことが求められる。
さらに、原則1の注として、取引の直接の相手方としての顧客だけでなく、インベストメント・チェーンにおける最終受益者(※)としての顧客をも念頭に置いて、方針を策定すべきであることが明記されていることにも留意が必要である。
最終受益者・・・例えば、年金基金を顧客とする場合における年金受給者
▼筆者:有吉尚哉氏の関連著書
FinTechビジネスと法 25講―黎明期の今とこれから―
資産・債権の流動化・証券化(第3版)
原則2 顧客の最善の利益の追求
原則2は、顧客本位の業務運営を実現する前提として、金融事業者に高度の専門性と職業倫理の保持を求めた上で、金融事業者が顧客に対して誠実・公正に業務を行い、顧客の最善の利益を図ることを求めるものである。
また、このような取組みが一時的なもので終わることなく、企業文化として定着させることも努力義務として述べられている。
金融事業者に「顧客本位の業務運営」を求める原則であり、顧客本位の業務運営に関する原則の中で中核的な要素ということができる。
原則3 利益相反管理
金融事業者が顧客と取引を行う場合には、当該顧客の利益と、当該金融事業者自身やグループ会社、他の顧客の利益とが相反する可能性がある。
原則3は、このような利益相反状況の発生が避けられないことを前提に、金融事業者に利益相反の正確な把握と適切な管理を求めるものである。
原則3の注では、利益相反の影響を考慮すべき具体的な場面として、次の場面を例示しており、このような場面では特に利益相反の管理に注意が必要となる。
- 販売会社が、金融商品の顧客への販売・推奨等に伴って、当該商品の提供会社から、委託手数料等の支払を受ける場合
- 販売会社が、同一グループに属する別の会社から提供を受けた商品を販売・推奨等する場合
- 同一主体又はグループ内に法人営業部門と運用部門を有しており、当該運用部門が、資産の運用先に法人営業部門が取引関係等を有する企業を選ぶ場合
利益相反の管理については、銀行法、金融商品取引法などの各業法の中でも体制整備義務などの規制として定められているものであるが、利益相反管理が適切になされないことは顧客に直接的に不利益を与えるものであり、金融事業者に利益相反管理のベスト・プラクティスを求める観点から、顧客本位の業務運営に関する原則の項目の一つにも加えられているものと考えられる。
原則4 手数料等の明確化
原則4は、金融取引に要する貯蓄性保険の販売手数料の開示その他の費用の顧客に対する情報開示を金融事業者に求めるものであり、金融事業者によるサービスの透明性を高めるとともに、顧客にとって各金融事業者の比較可能性が高まることにもつながるものである。
金融商品取引法上、金融商品取引業者に交付が義務づけられている契約締結前交付書面に顧客の支払う手数料等の記載が求められるなど、既存の業規制の中で手数料等の開示が求められている場面も存在する。
また、近時、銀行による貯蓄性保険の販売手数料の開示など、業界の自主的な取組みとして手数料の開示が進められている分野もある。原則4は、これらの規制・取組みの対象となる場面に限らず、金融事業者に一般的に顧客に対する手数料等の情報開示を求めるものである。
金融事業者には、金融取引において顧客の負担するコストがどのようなサービスの対価として支払われているのか明確となるよう、また、他の金融事業者の同種のサービスにおける手数料等と顧客が比較できるよう、手数料等の情報提供を行うことが期待される。
顧客本位の業務運営に関する原則では、開示する費用の範囲や開示方法が具体的に定められているものではなく、このような原則の趣旨を踏まえて、各金融事業者が開示の態様を判断することが求められる。
原則5 顧客への情報提供
原則5は、金融事業者に、金融商品・サービスの販売・推奨等に関して、顧客に対する情報提供を求める原則である。
各業法では金融取引に際して個別具体的に業者の顧客に対する説明義務が定められているが、金融商品・サービスに関する情報を顧客に提供し、顧客がその内容を十分に理解することは、金融取引を行うための重要な前提であることから、顧客本位の業務運営に関する原則でも原則の一つとして顧客に対する情報提供が掲げられたと考えられる。
原則5では、「金融商品・サービスの販売・推奨等に係る重要な情報」の提供が求められているが、提供すべき「重要な情報」は、金融事業者のサービスごとに異なるものであり、各金融事業者が判断することが求められる。
もっとも、この「重要な情報」の抽象的な基準として、注1で以下の内容が含まれるべきとされていることが情報提供の具体的な内容を決めるに際しての参考となる。
- 顧客に対して販売・推奨等を行う金融商品・サービスの基本的な利益(リターン)、損失その他のリスク、取引条件
- 顧客に対して販売・推奨等を行う金融商品・サービスの選定理由(顧客のニーズおよび意向を踏まえたものであると判断する理由を含む)
- 顧客に販売・推奨等を行う金融商品・サービスについて、顧客との利益相反の可能性がある場合には、その具体的内容(第三者から受け取る手数料等を含む)およびこれが取引又は業務に及ぼす影響
また、原則5では、金融事業者が「顧客が理解できるよう分かりやすく」情報提供を行うことが求められている。
そのため、形式的に書面を渡したり、読み上げたりするだけで一律に処理をするのではなく、顧客の知識・経験に合わせて、金融商品・サービスの内容を十分に理解してもらえるよう、情報提供の仕方を工夫することが必要である。
情報提供の仕方については、(この部分についてはルールベース・アプローチとも言えるほどに)注記で詳細に記述されている。
まず、注3・注4として、個別の顧客と金融商品・サービスの性質を踏まえた情報提供の必要性が述べられており、金融事業者は、顧客の取引経験や金融知識を考慮の上、明確、平易であって、誤解を招くことのない誠実な内容の情報提供を行うべきこと、また、販売・推奨等を行う金融商品・サービスの複雑さに見合った情報提供を、分かりやすく行うべきことが述べられている。
金融商品・サービスの複雑さ・リスクの高さに応じてメリハリを付けることが適切であり、単純でリスクの低い商品の販売・推奨等を行う場合には簡潔な情報提供とし、複雑又はリスクの高い商品の販売・推奨等を行う場合には、リスクとリターンの関係など基本的な構造を含め、より丁寧な情報提供を工夫すべきであると明示されている。
さらに、情報の重要性に応じてメリハリを付けることも必要とされており、注5として、情報を重要性に応じて区別し、より重要な情報については特に強調するなどして顧客の注意を促すとともに、顧客において同種の金融商品・サービスの内容と比較することが容易となるよう配慮すべきであるとされている。
原則6 顧客にふさわしいサービス
原則6は、金融事業者に、顧客の属性や取引目的の把握を求めた上で、顧客に適した金融商品・サービスの販売・推奨等を求めるものである。適合性の原則や保険販売の場面の意向把握義務などの考え方を金融事業者による取引一般に敷衍するものと評価できる。
情報提供に関する原則5と同様に原則6についても詳細な注記がある。まず、注2として、金融商品の組成に携わる金融事業者に対して、商品の特性を踏まえて、販売対象として想定する顧客属性を特定するとともに、商品の販売に携わる金融事業者においてそれに沿った販売がなされるよう留意すべきことを述べている。
また、注3では、特に、複雑又はリスクの高い金融商品の販売・推奨等を行う場合や、金融取引被害を受けやすい属性の顧客グループに対して商品の販売・推奨等を行う場合には、金融事業者が、商品や顧客の属性に応じ、当該商品の販売・推奨等が適当かより慎重に審査すべきであることを述べている。
また、個別の販売・推奨等を行う前提として、注4では、金融事業者は、従業員が取り扱う金融商品の仕組み等に係る理解を深めるよう努めるとともに、顧客に対して、その属性に応じ、金融取引に関する基本的な知識を得られるための情報提供を積極的に行うべきことを述べている。
金融商品・サービスをパッケージ化するときの対応
ここで、原則5・6では、複数の金融商品・サービスをパッケージとして販売・推奨等をする場合について、特別の留意事項が明記されていることが注目される。
まず、原則5の注2においては、複数の金融商品・サービスをパッケージとして販売・推奨等をする場合の情報提供について、個別に金融商品・サービスを購入することの可否を顧客に示すとともに、パッケージ化する場合としない場合を顧客が比較できるよう、それぞれの重要な情報について提供すべきであるとされている。
また、原則6の注1では、特定の顧客に金融商品・サービスをパッケージとして販売・推奨等する場合、当該パッケージ全体が当該顧客にふさわしいかについて留意すべきことを特に言及している。
このように複数の原則に特別の注記があることを踏まえ、顧客本位の業務運営に関する原則を受け入れる金融事業者は、金融商品・サービスをパッケージ化して販売・推奨等をする場合には、情報提供のあり方や、顧客にふさわしいサービスとなっているかについて、特に慎重な検討を行うことが求められよう。
原則7 従業員の動機づけ・ガバナンス体制
原則7は、顧客本位の業務運営を実現するための従業員に対する動機づけの枠組みやガバナンス体制の整備を求めるものである。
従業員に対する動機づけの枠組みの一例として、報酬・業績評価体系があげられているが、例えば、過度な成果報酬は自社の収入を高めるために顧客の利益に反した取引を助長するおそれがあり、また、過度にグループ業績に連動したインセンティブプランは、顧客よりもグループ企業の利益を優先しようとする利益相反状況を強めることになる。
成果報酬等にも長所があり、一律に否定されるべきものではないが、顧客本位の業務運営の観点にも配慮しバランスのとれた報酬・業務評価体系を確立することが求められる。
顧客本位の業務運営の観点から金融事業者に求められるガバナンス体制は、業態、企業規模、企業グループに属するか否かなどの個別事情によって異なるものである。
一般的な対応としては、例えば、業務横断的に顧客本位の業務運営のあり方を所管する部署を設置するなど、金融事業者内で一貫した顧客本位の業務運営を実現するための体制作りを行うことが考えられよう。
▼筆者:有吉尚哉氏の関連著書
FinTechビジネスと法 25講―黎明期の今とこれから―
資産・債権の流動化・証券化(第3版)
- 寄稿
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西村あさひ法律事務所有吉 尚哉 氏
弁護士