【連載】地方銀行のガバナンス態勢の課題と再構築に向けた取組み


人口減少、マイナス金利政策など金融機関にとっての経営環境は厳しい状況下にある。中でも、地方銀行の経営環境は厳しく、多くの銀行で減益、赤字となっている状況である。今回、The Financeでは地方銀行のガバナンスおよび持続可能性モデルについて全2回の連載をお届けする。本稿では、不適切融資の事例から見るガバナンス態勢の課題を分析し、態勢整備に向けた重要論点について解説する。

  1. はじめに
  2. 地方銀行をとり巻く経営環境とビジネスモデルの変化
  3. 不適切融資事例とビジネスモデルの持続可能性・顧客本位性および企業文化
  4. コンプライアンス・リスク管理態勢の整備
  5. 地方銀行におけるガバナンスの質の向上
  6. 3つの防衛線の重要性と役割
目次

はじめに

地方の人口減少、少子高齢化および若者の銀行離れ、日本銀行のゼロ金利政策等、地方銀行の置かれた経営環境は厳しい。また、フィンテックの発展によるIT大手など異業種からの金融業への参入や100万円を超える高額送金業務の規制緩和など、金融サービスの変化による新たな競争が生じ、金融サービスを個別の機能に分解して提供(アンバンドリング)し、複数の金融・非金融のサービスを組み合わせて提供(リバンドリング)する動きが一段と広がり、銀行業務の垣根もなくなりつつあるなど、現行のビジネスモデルの破壊(disruptive)ともいう現象が生じている。

このような経営環境の中、近年、金融機関の融資について、法令遵守態勢や顧客保護、顧客本位原則との関係で不適切な事例が見受けられるところ、これらはビジネスモデルのあり方と表裏一体の問題と解される。

また、金融庁は、平成30年度終了後に金融検査マニュアルを廃止し、さらには令和元年6月8日に「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」を改正し、過去の経営の結果であるバランスシートや自己資本比率等に軸足を置いてきた健全性の目安から、ビジネスモデルや将来の収益力を重視したものに拡大し、対応が不十分な場合には立ち入り検査や業務改善命令にも踏み切るとのことである。金融機関には金融仲介機能を発揮すべく、自律的な経営判断による、持続可能なビジネスモデルの再構築が求められている。

地方銀行をとり巻く経営環境とビジネスモデルの変化

地方の人口減少や日本銀行のゼロ金利政策により、地方銀行の経営環境は厳しく、本業(貸出・手数料ビジネス)が連続赤字のところも多い。

地方銀行の三大ビジネス(収益源)として、貸出、(有価証券)運用、手数料による収益がある。かつての右肩上がりの時代には、画一的な融資商品について量的拡大をし、低金利競争を行う「貸出量拡大」型のビジネスモデルも可能であった。

しかし、このようなビジネスモデルは、中長期的な採算性を度外視した低金利融資の競争を惹起し、収益性の低下をカバーするため、さらなる貸出規模が必要となるが、これは地元経済の縮小により中長期的にみて限界がある。

おりしも、金融検査マニュアルが廃止され、当局が一律のチェックリストで金融機関の行動の是非を判断することから完全に脱却し、銀行自身が主体的な創意工夫により、持続可能なビジネスモデルを確立することが課題となっている。

不適切融資事例とビジネスモデルの持続可能性・顧客本位性および企業文化

近年の不適切融資事例については、法令遵守に関する問題が種々存在したが、個々の法令違反行為を部分的に切り離して考察するのみでは十分ではない。このような重大な問題事象発生の背後にはビジネスモデルの持続可能性・顧客本位性や企業文化に関する問題が表裏一体として存在し、これが顕在化したものといえる。

銀行としては、単に担保を徴求して融資し、短期的な収益をあげるのみでなく、商品・サービスの持続可能性の検討に加え、個々の事案においても、顧客の財産・収入やライフプランを確認し、また投資用不動産向け融資は当初はリスクが顕在化しづらいため、大規模修繕や法定耐用年数も返済計画との関係で検討し、中長期(融資期間全体)の返済可能性のシミュレーションを検討すべきである。

また、「貸すも親切、貸さぬも親切」、「三方良し」などと言われるとおり、銀行の融資ビジネスモデルが持続可能性のあるものであるためには、顧客との「共通価値創造」に資するものであり(単なる「顧客満足」ではなく「顧客本位」)、ひいては銀行自身の利益も生み出すビジネスモデルである必要がある。

企業文化は、コンプライアンス・リスクに関する経営陣や中間管理者の姿勢および内部統制の仕組み全体に通じるいわば「屋台骨」である。コンプライアンス・リスクの発現の契機となる役職員の行動の根底には企業文化があり、近年の不適切融資事案に関しても、企業文化との関連性が見受けられる。

コンプライアンス・リスク管理態勢の整備

コンプライアンス概念の拡大

従来、コンプライアンスは法令遵守態勢や顧客保護等管理態勢に位置づけられてきたし、世界金融以前、定量化可能なリスク管理を行うリスク管理部門と、コンプライアンスや顧客保護を担当するコンプライアンス部門は独立している例が多かった。

しかし、コンプライアンス・リスクの発生原因は、収益を生みだすビジネスモデル自体であることを踏まえると、コンプライアンスのモデルをビジネスモデルや経営戦略とは別に位置付ける、従来型の最低基準(ミニマムスタンダード)、ルールベースとしてのコンプライアンスのみでは足りず、リスク管理態勢に位置づける必要がある。

また、不適切融資事例のように、コンプライアンス・リスクおよび信用リスクなど、複数のカテゴリーに属するリスクが同時に顕在化するケースもあるため、ビジネスモデルを踏まえたリスク管理態勢を整備することが必要となる。

リスク管理態勢

以上より、ビジネスを持続可能性のあるものとするため、リスク管理態勢を2線の局所的な問題に矮小化するのではなく、経営トップが経営課題に位置付け、率先垂範する姿勢(tone at the top)をもって、部門横断的(全社的)に、包括的・具体的、フォワードルッキングにリスクを特定する必要がある。

重大なコンダクトリスクなど、許容できないリスクについては、顕在化した場合、金融機関のレピュテーションに大きな影響を及ぼすため、リスクを未然に予防する必要がある。

また、経営環境や規制は変化するものであるから、経営理念を踏まえたビジネスモデルについても、PDCAサイクルの観点から、その持続可能性等について適宜見直す必要がある。

リスクアペタイトフレームワークの活用

持続可能なビジネスモデル構築のためのガバナンス態勢として、また深度ある議論を行ううえで、リスクテイクにあたるビジネス戦略策定とこれを支えるガバナンスを一体的に管理する枠組みであリスクアペタイトフレームワーク(以下「RAF」という。)が有用であり、リスク文化を組織に浸透させることが必要である。

既に地方銀行でもRAFの運用が開始しているが、コンダクトリスクの発見や持続的なビジネスモデルの検証にも有効であり、取締役会やリスク管理委員会等で実効的なフレームワークを協議・承認、監視することが想定される。

地方銀行におけるガバナンスの質の向上

① ガバナンスと不適切融資との関係

ビジネスモデルやリスク・コンプライアンス管理は経営判断事項であり、ビジネスモデルはこれを支えるガバナンス態勢と密接に関連する(そもそも、ビジネスモデル自体がビジネス戦略およびガバナンス態勢(企業文化、実績評価・報酬体系を含む)を基礎とする概念である)。

持続可能なビジネスモデルを構築し、またリスク管理が実効的に機能するためには、経営者の役割と経営陣に対する牽制機能が働く適切なガバナンス態勢の構築が必要となる。

② 機関設計

機関設計について、一般には、業務の複雑性・多様性が大きい金融機関やグローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)展開する金融機関は、経営と監督を分離し、取締役会が業務執行の意思決定を行う経営陣の監督に注力するモニタリングモデル(指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社)が主流となっており、地方銀行においても監査等委員会設置会社を採用するところが増えている。

また、マネジメントモデル(監査役会設置会社)を選択する地方銀行においても、適正な牽制監督機能のため、取締役会議長を独立取締役または非執行の取締役としたり、社外取締役を増員するなど、モニタリングモデルを一部導入するところが増えている。

機関設計については、一律にどのモデルが優れているというものではなく、各行における規模やビジネス特性、リスクプロファイル、グループ構造等を踏まえ、自主的な選択により適切な制度設計をすることが求められる。ガバナンスはリスク管理や企業価値の最大化といった目的を達成するための手段であり、単に形式・器(社外取締役の人数・比率やダイバーシティへの配慮)を整備すれば足りるものではなく、他の機関との相互の監督や牽制が適切・実質的に機能する態勢が必要となる。

③取締役会の実効性・機能向上

(1)取締役会での十分な審議

前記のような経営環境にかんがみて、銀行は希望的観測に頼った経営をするこのではなく、取締役会では経営方針やリスク、ビジネスモデルについて十分かつ実効性のある審議をする必要がある。

スルガ銀行の事案においては、十分な審議時間の確保や審議活性化の観点から実効性の課題が存したことが窺われ、議案の選定、絞り込みや時間配分、会議資料の工夫(コンパクトかつ要を得たものとすること)、資料配布時期などの工夫も重要である。

(2)情報の連携

取締役会が経営方針、リスク、ビジネスモデル等について適切な議論・判断を行うためには、その前提として、取締役等経営陣に対する情報の適切な連携が必要である。

取締役会やリスク管理委員会には2線の部門長からの直接のレポーティングラインを設けたり、業務や議題の背景についての説明の場を設けたりするなど、情報提供の支援(コーポレート・ガバナンスコード4-13、補充原則4-13①)が求められる。

また、通常のレポーティングラインとは別に、内部通報が、役職員のコンダクトリスクについて、コンプライアンス・リスク管理態勢構築のうえで有効に機能することが求められる。

(3)取締役会評価の実施

上記のとおり、取締役会が実効的に機能することが必要であるが、コーポレート・ガバナンスコード原則4-11、補充原則4-11③においては取締役会評価について言及しており、実効性についての分析・評価(第三者評価および開示を含む)を活用することが想定される。

取取締役会評価は、我が国で前例のない制度であるため、コーポレート・ガバナンスコードの補充原則の中でも遵守(コンプライ)順守される割合が低く、「コードの各原則を実施しない理由」欄で説明(エクスプレイン)する地方銀行も多かったが、現在は経営統合による新設会社を除きほとんどの銀行が遵守(コンプライ)順守している。

④社外役員の役割

コーポレート・ガバナンスコードの適用を受け、地方銀行においても、2名以上の独立社外取締役を選任するところが増加している。

もっとも、社外役員についても、ただ選任するという「形式」に意味があるのではなく、経営環境や経営課題に応じた適切な資質を有する人材により構成され、取締役会における率直・活発で建設的な検討へ貢献するなど(コーポレート・ガバナンスコード原則4-9)、実効性確保が求められ、取締役会(ボード)のメンバーである社外取締役が機能を発揮するための環境整備が重要である。

すなわち、社外取締役にはアクセルとブレーキの役割が想定されるところ、期待される役割や専門性に関する基準を設け、経営陣から実質的に独立した立場の者を選任することが重要である。

なお、我が国の地方銀行の特色からすると、社外役員も同質化しやすく、人材確保の問題もあるが、近年は交通の発展により、遠距離居住者も取締役会への出席がしやすくなっている。また、ITの進歩により会議資料の事前の連携も容易となっており、地元在住者に拘る必要はなく、地元出身者のうち他の地域で活躍している人物を選任するケースもある。

また、地方銀行の持続可能なビジネスモデルの検討のためにも、「外部」や「異業種」の人材も有用であり、ダイバーシティや「独立社外取締役」としての観点からそもそも地元出身者に拘る必要はないともいえる。

⑤委員会の設置

コーポレート・ガバナンスコードの補充原則4-10①においては、指名・報酬等の検討にあたり、独立社外取締役の適切な関与・助言を得るための手法として、取締役会のもとに設置される独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会の設置を例示しており、上場銀行においても、法定または任意の指名委員会・報酬委員会の少なくともいずれかを設置(指名委員会等設置会社を含む)する銀行が増加している。

その他、地方銀行の規模、ビジネスモデルの複雑さ、グループ構造等により一律の要請ではないが、リスク委員会、コンプライアンス委員会、コーポレートガバナンス委員会、利益相反委員会などを設置するところも多い。

リスク委員会やコンプライアンス委員会といった委員会は、「3つの防衛線」における2線の部門を指揮する役割を担う専門委員会であり、前記の取締役会と同様、実効性確保が重要である。たとえば、委員長または委員に非執行の取締役や独立社外取締役を選任し、また過半数に独立社外取締役を含む社外役員とするなどし、客観性・独立性・透明性を確保することが想定される。

⑤適切な人事・報酬制度

(1)顧客本位のビジネスモデル、企業文化との関係

適切な人事・報酬制度は、職員のリスクテイクや行動のインセンティブとなり、許容可能なリスクテイクを職員に伝達するものであるが、当該制度が不適切な場合には、顧客本位でないコンダクトリスクの誘因となるものである。

すなわち、顧客本位でない営業活動は、顧客から選ばれない銀行となり、中長期観点から持続可能性のないビジネスモデルにつながる。他方で、顧客本位の営業活動は、一時的には収益が落ち込むとしても、中長期的にはビジネスモデルの持続可能性に寄与するものであり、この様な観点から、適切な人事・報酬制度の在り方について経営判断すべきである。

上記のとおり、人事・報酬制度は、顧客本位のビジネスモデルに向けたリスク文化と密接に関係し、ビジネスモデルの持続可能性に寄与するものであり、ガバナンス態勢に位置付けられる。

(2)金融機関の取組

金融機関が収益をあげなければならない以上、営業成績についてプラスに評価すること自体に問題があるものではないが、収益目標やノルマを策定するにあたっても、営業推進部門から営業推進施策の報告を受けるとともに、取締役会等において十分に議論のうえ、実態に合致した数値を設定する必要がある。

このような観点から、金融機関において、融資等の営業ノルマを撤廃するなど、定量的要素(融資先数や融資額)から、定性的要素(顧客本位の行動プロセス、顧客の経営課題の解決・地方創生への貢献度、顧客のための行動プロセスや行動基準に基づく業績評価、コンプライアンス遵守等)のウェイトを増やすところも増えている。営業ノルマ廃止という形式自体が自己目的となるべきものではないが、取締役会や報酬委員会は、報酬制度等が顧客本位の取組に反することとならないか、継続的(定期的)なモニタリング・レビューが必要となる。

なお、2線や3線の報酬体系については、独立性確保の観点から、監視するビジネスラインの業績とは連動せず、リスク管理やコンプライアンス態勢への貢献度の観点から決定する必要がある。

次に、人材育成についても、短期収益主義でなく顧客本位原則に合致し、事業性評価に関する専門性のある人材育成が必要となり、顧客と意思疎通(コミュニケーション)をして経営課題を把握し、これについて解決提案(ソリューション)をする能力の重要性が高まる。

3つの防衛線の重要性と役割

①コンプライアンス・リスク管理態勢における3つの防衛線の重要性

コンプライアンス・リスク管理態勢において、リスク管理についてスタンダードである「3つの防衛線」を機能させることが必要である。

金融機関は収益を稼がなければ持続可能でないことから、1線が強くなりがちである。そのため、2線はCROのもと、全社的なリスク管理の中心的役割を果たす必要があり、「性弱説」に立ち、行内での牽制態勢の観点から、1線からの独立性と経営陣への直接のレポーティングラインを確保すべきである。また、リスク管理は経営戦略やビジネスモデルの根幹をなすものであるから、単に2線が部分的に担当していれば足りるものではなく、経営陣の主体的なコミットメントが必要であるり、独立社外取締役は、1線における収益目標達成におけるリスク管理について、2線や3線を通じて実効的に監督する重要な役割を担う。

なお、世界金融危機後のプロアクティブなリスクの未然防止の観点から1線の役割の重要性が増しており、リスクの管理・防衛は1線から始まり、1線自身がリスク管理の責任を有すること(リスクオーナーシップ)を浸透させることが必要である。

さらに、独立した3線による内部監査は、コンプライアンス・リスク管理態勢において重要な役割を担う。

②3線の役割

不適切融資事例等をみると、3線が形式的なルール(事務不備の検証や規程等の準拠性の検証)について限定的な監査を行っている事例がみられる。しかしながら、3線はRAF、企業文化、ビジネスモデルを含めたガバナンス態勢の真因分析による監査を行い、経営への最終チェックを行う機関として経営への規律付けとしての役割を果たすなど、態勢の高度化が求められる。

3線が機能するためには、1線や2線からの独立性を担保するとともに、情報へのアクセス権限を有することが必要であり、実効性の観点から、取締役会、監査委員会、経営陣への直接のレポーティングライン(報告)が必要である。

また、3線は監査役会、監査等委員会、外部監査、社外取締役等と適切な連携をすることが求められる(コーポレート・ガバナンスコード補充原則4-13③参照)。

鈴木 仁史 氏
寄稿
鈴木総合法律事務所
弁護士
鈴木 仁史 氏
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