改正入管法の概要 受入対象は14業種
日本では、15歳以上65歳未満の年齢(いわゆる生産年齢)の人口が1997年以降減少し続けている(※1)。また、有効求人倍率も年々増加し、2018年11月時点では1.63倍となっていることからも分かるとおり(※2)、労働力が不足している状況にある。
脚注 ※
※1 生産年齢人口の推移(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/pdf/sankou_h290328.pdf)
脚注 ※
※2 厚生労働省 一般職業紹介状況(平成30年11月分)について(https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000212893_00010.html)
一方、厚生労働省の調査によれば、2017年10月末時点における外国人労働者数は約128万人であり、前年から19万人以上増加している。また、外国人労働者を雇用する事業者数は約19万カ所であり、前年から2万カ所以上が増加し、2007年以来、過去最高を記録した(※3)。そして、外国人労働者のうち、時間的制限のある留学生によるアルバイトなどの資格外活動と技能実習の割合がそれぞれ2割を超えて、我が国における労働力の一端を担っているという状況にある。
脚注 ※
※3 厚生労働省 「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(平成29年10月末現在)
そこで、中小企業・小規模事業者をはじめとした人手不足の深刻化に対応し、本来的には、就労を目的とする資格ではない留学生や技能実習生に頼らずに、一定の専門性、技能を有し、即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを構築することを目的とし、2018年12月8日に改正入管法が成立した。本改正は、現行の専門的、技術的分野における外国人の受け入れ制度を拡充し、単純労働分野にも幅広く在留資格を認めるべく、特定の技能を有する外国人に係る在留資格として、図表1記載の「特定技能1号」および「特定技能2号」の創設などを内容とするものである。
当該改正後における在留資格の一覧は図表2のとおりである。また、受け入れ対象は、図表3記載の14業種とされている。2018年12月25日に閣議決定された基本方針および各分野の分野別運用方針によれば、2019年4月から5年間で最大34万5150人を受け入れることとされている(※5)。
脚注 ※
※5 「特定技能の在留資格に係る制度の運用に関する基本方針について」(http://www.moj.go.jp/content/001278434.pdf)及び各分野別運用方針参照
改正入管法は、一部の規定を除き、2019年4月1日より施行された。政府の試算によると初年度となる2019年度の外国人労働者受入見込数は3万2800人から4万7550人とされており、特定技能1号の技能試験や日本語能力試験に合格した外国人の入国により、これまで以上に在留外国人が増加することとなる。また、数年間は受け入れが留保されているものの、特定技能2号による外国人の受け入れが開始されれば、家族の帯同も認められていることから在留外国人の数はさらに増加すると見込まれる。
改正入管法施行に伴う金融機関業務への影響
今後、「特定技能」の資格による外国人の受け入れが継続していけば、在留外国人の存在は、我が国の社会の構成員として、より一層重要な地位を占めるようになる。このような外国人との共生社会の実現を迎えるにあたり、外国人が日本人と同様に生活することを可能とするために必要な環境整備は、国全体としてみれば、日本語教育の充実、行政などによる情報の多言語化、住宅・医療などに関する支援、子供の教育などの支援、適正な社会保険の加入の確保など多岐にわたり、その実現のためには、政府や公共機関だけではなく、国民一般や私企業が果たすべき役割も大きい。銀行などの預金取扱金融機関についてみても、預金取引を通じた給与の受け取りや各種公共料金の支払いなど、在留外国人が、日本で支障なく生活するために不可欠なサービスを担うことになる。
改正入管法に基づく新制度の創設に向け、「外国人材の受入れ・共生の関する関係閣僚会議」は、外国人材の受け入れ環境の整備などについて政府一体としての総合的な検討を進めてきたところ、改正入管法の成立を受け、2018年12月25日に「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」(以下「総合的対応策」という)を公表した。
総合的対応策は、金融サービスを、外国人の生活サービス環境の改善などが必要な分野の一つと位置付けている。「外国人が我が国で生活していくに当たっては、家賃や公共料金の支払、賃金の受領等の様々な場面において、金融機関の口座を利用することが必要となることから、外国人が円滑に銀行口座を開設できるようにするための取組を進めていく必要がある」とする認識を示したうえ、「全ての金融機関において新たな在留資格を有する者及び技能実習生が円滑に口座を開設できるよう、要請する。また、多言語対応の充実や、口座開設に当たっての在留カードによる本人確認等の手続の明確化など、銀行取引における外国人の利便性向上に向けた取組みを行う」「こうした取組について、金融機関において、パンフレットの配付等を通じてその内容を積極的に周知するとともに、ガイドラインや規定の整備に取り組む」として、金融機関に関する具体的施策を掲げている。
在留外国人の口座管理に関する実務対応
以上の情勢を前提とすれば、金融機関としては、今後増加する在留外国人による口座開設の要請に応えていくことが求められる。一方で、適切にその口座を管理し、不正利用などの危険を軽減するためには、いかなる対応が必要となるだろうか。以下に、在留外国人名義の口座について指摘されている問題点を踏まえて検討する。
(1)外国人名義口座の固有リスク
在留外国人は、原則として、付与された在留期間に限って日本に在留することができる。日本における就労や留学を目的として在留する外国人が開設した口座は、在留期間が満了し帰国することによって、当初の開設目的(例えば、給与の受け取りや日本における公共料金の支払い)が、基本的には消滅することになる。そのため、金融機関の口座管理の観点からみれば、在留期間が満了する場合には、不要となる口座が解約されることが本来は望ましい。
しかしながら、現実には、全ての外国人預金者が、帰国前に積極的に解約手続をとることは必ずしも期待できないのであり、実際に、外国人の在留期間が満了した後も、その口座が解約されないまま残存している例は少なくない。さらにいえば、当該口座が不正な利用に供されている実態があると指摘されている。例えば、国家公安委員会の公表する「犯罪収益移転調査書」(平成30年12月)においては、預貯金口座が悪用された事例として、本国に帰国した外国人の口座を利用し詐欺や窃盗などの犯罪による収益を収受または隠匿したケースや、帰国した外国人から有償で譲り受けた口座を不法な海外送金を行うために利用していたケースなどが挙げられている。
残念なことではあるが、外国人留学生や技能実習生の一部においては、我が国で、口座の不正利用により深刻な犯罪被害が生じていることに対する問題意識や、預金口座(通帳など)の売買自体が犯罪にあたることについての認識が希薄なのかもしれない。また、帰国してしまえば、後に現実に罪に問われることはないであろうとの心理も相まって、在留期間を終える前の小遣い稼ぎの感覚で、口座の売買が行われている実態もあるとみられる。
以上を踏まえれば、金融機関としては、在留外国人の開設した口座が、特に在留期間満了後に不正利用されるリスクを軽視することはできないと思われ、今後、外国人との取引が増加するに備え、このようなリスクを軽減するための方策について検討しておく必要があるといえる。在留期間が満了しても、解約手続がとられずに残存している口座を、金融機関の側から強制的に解約することができれば、かかる方策を講じるための最も直接的な手段となりうる。
(2)預金規定に基づく対応と限界
在留外国人名義の口座の具体的な利用状況を問題とするのではなく、在留期間の満了自体をもって解約の理由とすることができるとすれば、金融機関としては、在留期間の満了した外国人名義の口座を強制解約することにより、不正利用の危険を防止するための有力な方策とすることができるものの、従来の一般的な預金規定には、外国人の在留期間を直接に意識した解約事由は置かれていなかった。
この点、「預金が法令又は公序良俗に反する行為に利用され、またはそのおそれのあるとき」といった表現により、不正利用の「おそれ」を問題とする解約事由が定められているのが一般ではあるが、在留期間が満了した外国人名義の口座のうち相当部分は単に放置されているに留まると思われることからすれば、在留期間が満了したことをもって、直ちにかかる「おそれ」があると評価するに足りる法的な経験則を見出すには至らないというべきである。したがって、当該規定に基づき、外国人の在留期間が満了したことを理由として口座を解約する対応をとることについては、法的安定性を欠くものと言わざるを得ない。
そこで、例えば、「在留期間が満了し、または帰国したとき」というような、直裁に在留期間が満了した事実自体を対象とする解約条項を預金規定に追加することが考えられる。このような解約条項を新設することにより、解約しようとする口座について、不正利用等の「おそれ」が認められるか否かという評価を問題とすることなく、「在留期間が満了し、または帰国した」という事実の存在自体をもって口座を強制解約することが可能となる。
さらに、在留期間の満了を解約事由に追加することと併せて、預金者による届出が必要な事項の一つとして、「在留期間(の変更または更新)」を預金規定に追加し、解約事由については「当行に届け出た在留期間が満了したとき」として規定するといった工夫をすることも検討されるべきであろう。このように規定することにより、金融機関としては、外国人預金者に在留期間の変更などを届け出る義務を負わせるとともに、(実態として変更または更新がなされているか否かということを直接は問題とせずに)現実に金融機関に届出がなされた在留期間を基に対応することも可能となる。
ただし、実務運用において、あまりにも画一的な対応を講じることで、在留外国人たる預金者に対して過大な不利益を与えることのないよう配慮は必要である。例えば、届出を受けた在留期間の満了後においても、就労先からの給与振込み、税金の還付金の入金、公共料金の引き落とし、クレジットカード代金の引き落しとみられる取引が継続している場合などには、画一的に口座を強制解約することが相当とはいえない。外国人預金者から口座開設時に申告を受けた在留期間が経過しても、在留期間が更新または変更され、実際には在留期間が満了していないという可能性も想定されるからである。
そうだとすれば、個別の事情を勘案して判断すべき一定の領域は残ることは避けられず、このような場面においては、金融機関としては、外国人預金者の在留期間の満了(更新されていないこと)や日本における居住や就労の実態を把握する手段を確保しておけば、適切な対応を講じることに資する。そこで、在留外国人たる預金者の受入機関である就労先の企業などから情報を得られる関係をあらかじめ確立しておくことも検討すべきであろう。例えば、口座の開設の時点で、将来において在留期間、就労実態、給与、居住地などに異動があった場合には、就労先企業から金融機関に対して届出を行う旨の念書を作成してもらい提出を受けておくという対応が考えられる。さらに、個人情報保護法に基づく個人データの第三者提供に関する規制(同法23条1項)との関係から、預金者たる在留外国人本人から、金融機関への個人情報の提供について同意を得ることも検討しておくべきであろう。
なお、既存の外国人預金者との関係において、上記のような改定後の普通預金規定に基づき解約しようとする場合、約款変更の有効性が問題となりうる。しかし、口座開設後に預金規定に追加された暴力団排除条項に基づく強制解約を有効と判断した裁判例(※8)の判断なども踏まえて検討するに、そもそもの預金取引の目的(在留期間中の就労や生活のため)を害するものではないこと(※9)、外国人にとって在留期間経過後に口座を解約されることの不利益は基本的に生じないことなどに照らし、既存の外国人預金者との関係においても有効な変更であると考えてよいと考えられる。
脚注 ※
※8 福岡高判平成28年10月4日金法2052号90頁
脚注 ※
※9 口座開設時の取引時確認の一環として「取引を行う目的」(犯罪による収益移転防止に関する法律第4条第1項第2号)を確認するに際し、例えば、給与の受取りといった、必然的に我が国への在留中に限定される内容の取引目的の申告を受けておくことで、在留期間が満了に伴い取引目的が消滅することを明らかにしておく実務運用も想定される。
- 講師
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虎門中央法律事務所
弁護士
髙橋 泰史 氏2007年9月弁護士登録、虎門中央法律事務所入所。2014年2月~2016年
2月金融庁・証券取引等監視委員会事務局証券検査課(専門検査官)。主要
な取扱業務は、金融規制法対応、危機管理、M&A、訴訟/紛争解決など。