ICS・保険規制の最新動向~ソルベンシー規制の見直し進む経済価値ベース手法を取り入れ


保険会社に対するソルベンシー規制は国内外で転換点を迎えている。現行の「ソルベンシー・マージン比率」では、適切な保険負債やリスクの評価がなされていないという問題が広く認識されている。国内外のソルベンシー規制は、「経済価値ベース」の考え方を導入する方向へと動いている。

  1. 国内保険会社によるICSへの関心の高まり
  2. ICSはコムフレームのうちソルベンシー規制の領域
  3. IAISはICSVer2.0仕様のモニタリングを実施予定
  4. 国内でもICS仕様に基づくフィールドテストを実施
  5. 金融庁は経済価値ベースのソルベンシー規制導入を検討
目次

国内保険会社によるICSへの関心の高まり

IAIG(国際的に活動する保険グループ)に対するソルベンシー規制(資本規制)であるICS(保険資本基準)が、5年間のモニタリング期間を経て2025年に導入される予定となっている。国内では、保険会社に適用されているソルベンシー規制を、経済価値ベースの手法に見直すための検討が金融庁によって行われている。

国内で経済価値ベースのソルベンシー規制が導入される場合は、同じく経済価値ベースの考え方を取り入れているICSの仕様が参考にされる可能性があるとの認識から、IAIGの候補以外も含めた国内保険会社によるICSへの関心が高まっている。

本稿では、ICSを含めた国際的な保険規制を概観したうえで、ICSおよび国内のソルベンシー規制の動向をそれぞれ解説する。

ICSはコムフレームのうちソルベンシー規制の領域

最初に、国際的な保険規制を概観する。

ICP(保険コアプリンシプル)は、IAIS(保険監督者国際機構)が、各国での保険監督に関する基本原則を策定したものである。日本の金融庁もIAISのメンバーであり、ICPとの整合性確保のために、必要に応じた国内規制の見直しが行われてきた。近年の例では、保険会社に対する監督におけるORSA(リスクとソルベンシーの自己評価)の導入が挙げられる。

Com Frame(コムフレーム)は、IAISによって策定される、IAIGを監督する枠組みであり、IAIGに対する監督手法の策定や監督者間の連携の促進を目的として検討が行われてきた。コムフレームは2019年11月に採択され、ICPの文書中でコムフレームに関する記載が追加された。IAIGに対するソルベンシー規制であるICSは、コムフレームの一部を構成している。

このように、IAISのメンバーである各国の規制当局の監督下にあるすべての保険会社を対象にするものとしてICPが存在する。そのうちIAIGのみに適用される部分がコムフレームとなっており、さらに、コムフレームのうちソルベンシー規制の部分がICSとなっている。

なお、グローバルな保険規制としては、銀行におけるG-SIBs(グローバルなシステム上重要な銀行)の規制と同様に、G-SIIs(グローバルなシステム上重要な保険会社)に関する規制もある。金融危機を経て、FSB(金融安定理事会)がG-SIIsを特定し、国際的な資本要件を策定したが、2018年にはG-SIIsの特定を行わないことになった。そのため本稿では、グローバルなソルベンシー規制として、コムフレームの一部を構成するICSに着目することとする。

IAISはICSVer2.0仕様のモニタリングを実施予定

次に、ICSの開発経緯と今後の予 定および計算仕様の概要を解説する。IAISによるICSの開発経緯と今後の予定は図表のとおりである。

ICSの仕様の検討の参考にするために、IAIGの候補の会社によるICS上の自己資本およびリスク量の計算結果をIAISが分析するためのフィールドテストが、2014年から行われてきている。2018年にはICSVer2.0のドラフトに基づくフィールドテスト、2019年にはモニタリング期間に使用されるICSVer2.0の決定前の最終のフィールドテストが行われた。

IAISは、2020年以降の5年間のモニタリング期間中に、ICSVer2.0の仕様による計算結果の定期的な報告をIAIGに対して非公開で求めて、結果を分析する予定である。2023年の第3四半期に、IAIGに対するPCR(監督上のトリガーとして使用する資本要件)としてのICSに関する市中協議を行い、2024年の第3四半期に仕様を決定し、その年末までに採択することとなっている。

モニタリング期間に使用するICSVer2.0の文書体系は以下のとおり。

Level1文書

ICSの計算仕様の枠組みを定める文書であり、2019年11月のICSVer2.0の採択時に公表された

Level2文書

計算手法の詳細や各種のパラメータの値を定める文書であり、2020年3月に公表された

Level3文書

5年間のモニタリング期間中に、IAIGに対して定期的な報告を求める際に使用する文書である

Level1文書とLevel2文書によって、モニタリング期間中に使用するICSの仕様が具体的に定められた。ICSによる保険会社の健全性評価の枠組みは、以下の①から⑥のとおりである。

  1. 資産・負債を市場整合的に評価して、ICS用のバランスシートを作成し、その純資産を自己資本とする。金融商品の価値は会計上の公正価値によって評価する
  2. 保険負債は、現在推計とMOCE(現在推計を超えるマージン)の合計として計測される。現在推計とは、評価時点で保有する保険契約から生じる将来のキャッシュフロー(保険料収入、保険金支払、事業費支出等)を現在価値に換算した額である。
    将来キャッシュフローを現在価値に換算するための割引率の設定において、無リスク金利に一定の上乗せを行い、さらに終局金利(市場金利が存在しないような長い年限における短期金利として、ソルベンシー規制において想定する水準)を使用して、市場金利が存在しない年限におけるイールドカーブの補外を行う。
    保険契約が持つオプション・保証性についても、金融市場におけるオプション商品の価格付けと整合的に評価する
  3. MOCEは、保有契約から生じる将来のキャッシュフローが確定的ではなく不確実性を持つことを考慮して、現在推計に上乗せされる額である
  4. 自己資本を構成する要素は、算入制限のないTier1、算入制限のあるTier1およびTier2に分類され、各Tierの算入上限が適用される。
    「損失吸収能力」、「劣後性の水準」、「損失吸収への利用可能性」、「永続性」、「担保権や強制的サービシングコストの不存在」の5つの観点を踏まえて、資本調達手段やその他の自己資本の構成要素を各Tierに分類するための基準が具体的に定められる
  5. リスクのカテゴリー(生命保険リスク、損害保険リスク、巨大災害リスク、市場リスク、信用リスク、オペレーショナルリスク)ごとに、保有期間1年、信頼水準99.5%のVaR(一定の確率での最大損失額)によってリスク量を計算。カテゴリー間の相関関係を考慮して、各カテゴリーのリスク量を統合する。
  6. 自己資本と統合リスク量を、それぞれ税引後で評価して比較する。ICS用のバランスシート上で繰延税金資産・負債を認識することで、自己資本を税引後ベースで評価。税引前のリスク量から税効果を控除することによって税引後のリスク量を求める

なお、ICSVer2.0と、2016年にEU(欧州連合)で導入されたソルベンシーⅡにおける健全性評価は、計算の詳細部分では違いが見られる。しかし、「市場整合的に評価された資産と負債の差額として自己資本を評価する」、「資産・負債の両面を考慮してリスクを捉える」、「すべての主要なリスクを対象にして1年99.5%のVaRによってリスク量を計算する」など、基本的な枠組みは共通している。

国内でもICS仕様に基づくフィールドテストを実施

ここからは、国内のソルベンシー規制の見直しの動向を見ていく。現行のソルベンシー規制は、ソルベンシー・マージン比率※が200%未満になった場合は、その水準に応じて、経営の健全性を確保するための改善計画の提出・実行、保険金などの支払能力の充実に資する措置または業務の停止を命じる監督規制上の制度である。

2007年の「ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チーム」の報告書においては、ソルベンシー規制の見直しの方向性として、短期的にリスク係数の見直しや一部のマージン項目の算入制限を実施し、中期的に経済価値ベースでのソルベンシー規制の導入を目指すことが示されている。

その後、短期的な見直しは終了し、経済価値ベースのソルベンシー規制に関する検討が続いており、国内の保険会社を対象にしたフィールドテストが行われてきている。国内でのフィールドテストは、前述のIAIG候補の会社を対象としたIAISによるICSのフィールドテストとは別のものであるが、近年は、各時点でのICSのフィールドテストの仕様に基づいて国内のフィールドテストが実施されている。

現行のソルベンシー・マージン比率の計算方法と比べた、経済価値ベースでの健全性評価の主な特徴は以下の①から③のとおりである。

  1. 財務会計上は時価評価されていない資産・負債の含み損益が自己資本に反映される。長期の保険契約において、評価時点の市場金利よりも保険契約者に保証している予定利率が高い場合は「自己資本の減少要因」、将来の死差益・費差益が期待される場合は「自己資本の増加要因」となる
  2. 財務会計上は時価評価されていない資産・負債の変動性がリスク計測に反映される。例えば、市場金利が変動すると資産価値だけではなく負債価値も変動するため、金利リスクの計測においては、資産と負債の両方の変動性が考慮される
  3. リスク計測上の信頼水準がすべてのリスク種類で統一され、かつ現行よりも高い水準となる可能性がある。現行のソルベンシー・マージン比率の計算では、95%などの信頼水準が使われているが、これらが99.5%に統一される可能性がある

金融庁は経済価値ベースのソルベンシー規制導入を検討

金融庁による「変革期における金融サービスの向上にむけて~金融行政のこれまでの実践と今後の方針~(平成30事務年度)」(2018年9月公表)では、以下の①、②の記載がある。

  1. 現行のソルベンシー規制では十分に捉えられていないリスクも包括的図表IAISによるICSの開発経緯と今後の予定に考慮した健全性を把握する「動的な監督」に取り組むことが不可欠となっているため、保険会社のリスク管理の高度化を促しつつ、資産・負債を経済価値ベースで評価する考え方を検査・監督に取り入れていく
  2. 経済価値ベースのソルベンシー規制について、現下の経済環境における様々な意図せざる影響にも配意しつつ、国際資本基準(ICS)に遅れないタイミングでの導入を念頭に、関係者と広範な議論を行っていく

このように、金融庁では、経済価値ベースのソルベンシー規制の導入を検討するとともに、保険会社のリスク管理において経済価値ベースの考え方が取り入れられることを促している。

2019年5月には、金融庁によって「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」が設置された。有識者会議のメンバーは、大学関係者、コンサルタント、株式アナリストなどで構成され、オブザーバーは生損保会社などから選定されている。

本稿の執筆時(2020年4月末)までに9回の会議が行われ(直近の開催は同年3月)、第8回までの議事録が公表されている。本稿執筆時点で公表済みの議事録に基づき、有識者会議での議論のポイントを紹介する。

第1回から第4回までは様々な立場からの意見表明がなされ、議論が行われた。有識者会議の早期の段階で、現行のソルベンシー規制では保険会社のリスクの実態を捉えられないことや、経済価値ベースでの内部管理との整合性確保などの観点から、経済価値ベースのソルベンシー規制の意義に関する認識が概ね共有化された模様である。

一方で、例えば以下の①から⑨のような考え方がメンバーとオブザーバーから示された。

  1. 所要資本要件だけではなく、保険会社の内部管理に対する監督も含めた枠組みとする必要がある(規制上の所要資本要件の内容にかかわらず、各社による内部管理の検証を監督が別途行うなど)という意見
  2. 経済価値ベースの規制導入による金融市場への影響を懸念する意見と、逆に、規制が経済価値ベースでないことによって悪影響が生じるという意見
  3. 経済価値ベースの規制導入によって消費者ニーズに対応した商品の提供が困難になるという意見と、逆に、規制が経済価値ベースでないことによって問題が先送りされて消費者が損害を被るおそれがあるという意見
  4. 内部管理上の指標と違い、規制上の指標は一時的な抵触を経営が容認することが困難という理由から各種の緩和措置が必要という意見と、逆に、政策的な措置は弊害をもたらすという意見
  5. 指標が変動しやすいことをデメリットと捉える意見とメリットと捉える意見
  6. 規制上の指標が統一的な手法で計算されることで、各社による独自の内部管理が促進されなくなることへの懸念
  7. 実務負荷に関する懸念
  8. 最低資本要件を別途設定する必要性
  9. 現行の実質資産負債差額規制の位置づけを見直す必要性

第5回以降は、金融庁から示された規制の枠組みの案や個別の論点について議論が行われている。第5回以降の議論のポイントを4つ紹介する。

(1)規制導入のスケジュール

金融庁から、2025年度に新しい規制を施行する場合における、第1の柱(リスク計測の標準モデルの仕様と内部モデルの審査、保険負債評価の検証、監督上の措置)、第2の柱(フィールドテストの結果や経済価値ベースの内部管理に関する監督上の対話)、第3の柱(開示項目)のそれぞれで段階的な取り組みの案が示された

(2)規制の枠組み

  • 所要資本要件で政策的な緩和措置がとられた場合における、保険会社の内部管理に対する監督のあり方(例えば、第1の柱での所要資本計算の仕様にかかわらず、保険会社が内部管理上の指標のあるべき計算方法に関する判断をしているかを第2の柱で監督することの重要性)
  • 実質資産負債差額や基礎利益の取り扱い(経済価値ベースの規制導入後には、実質資産負債差額のように経済価値ベースの管理と不整合な規制上の指標を撤廃するべきかなど)
  • リスク計測で標準的手法の代わりに内部モデル手法を認める場合の、当局側での内部モデルの審査のあり方

(3)自己資本およびリスクの評価方法

  • 所要資本と対比する相手である自己資本の評価時にMOCEを控除する(保険負債の評価時にMOCEを上乗せする)のはリスクのダブルカウントとなり過度に保守的であるため、所要資本からMOCEを控除すべきとの主張がある。これに対して、MOCEは保険負債評価に必要なものであるためリスクのダブルカウントは起きず、所要資本からMOCEを控除すべきではないとの意見が出された
  • ソルベンシーⅡのように各種の緩和措置を導入すべきとの主張がなされた一方で、終局金利の使用を含めて、政策的な措置は導入すべきでないとの意見も出された
  • 国内保険会社のリスク特性を踏まえた、ICSの仕様に対する修正の必要性(保険引受リスクを計測するリスク係数を日本独自のものにするなど)

(4)規制対応のための保険会社の態勢整備

  • 経済価値ベースの保険負債評価のためには、保有契約から生じる将来キャッシュフローの推定が必要になるため、各社による前提条件の設定等の信頼性をいかに確保するかが検討課題と認識されている
  • 従来から内部管理で経済価値ベースの指標を使っている会社であっても、規制対応のためには実務上の負荷が相当に大きくなるという懸念の声も挙がっている

以上のように、第8回の終了時点では、規制の方向性や今後さらに詰めるべき論点が見えてきたという状況であり、今後の有識者会議の結論が待たれるところである。

寄稿

キャピタスコンサルティング
金融事業室長
マネージングディレクター
松平 直之 氏

保険会社およびアクチュアリーファームなどを経て、
2007年にキャピタスコンサルティングを共同設立。
生損保会社に対して、ERM態勢の高度化、
リスク計測モデルの検証等のサポートを行っている

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