「AML/CFT対策におけるAI技術の活用とその未来」

【講演者】
NEC
デジタルファイナンス統括部
ビジネスプロデューサー
増野 賢太 氏

<NECの取り組み>

経済や金融で急速に進むデジタル化に対応するため、当社では「デジタルパワーで金融サービスをあらゆる人と産業へ」というスローガンを掲げ、顔認証・ブロックチェーン・AI等を駆使した様々な研究・開発・サービス提供を行っている。AIについては世界に7か所の研究開発拠点を設置。約1,000名の研究員が在籍し、日々社会課題の解決に繋がるAI技術の開発・研究に従事している。研究結果を生かして様々な金融機関の不正対策の効率化や品質向上のため、AIを使った検証や実験を実施している。

<AML/CFTの課題>

昨今、様々な金融サービスがリリースされると同時に、マネーロンダリングや金融サービスの不正利用等の犯罪手口も高度化・複雑化している。金融機関は顧客の利便性を損なわずに規制等へ対応していくことが求められるが、人員やコストが非常に限られているため、効果的かつ効率的な対策の実現、対策レベルの維持・向上が重要となる。

<AIモデル活用例(取引モニタリング)>

AIを活用するためにはまずAIモデルを作成する。今回は、過去に疑わしい取引の届出を出した取引と同様の傾向がある取引を、自動的に判別するAIモデルの作成を例に取ってご説明する。

AIモデルの作成には学習データと教師データの2種類のデータが必要となる。教師データとは識別したい正解となるデータであり、今回の例では過去に疑わしい取引の届出の対象となったデータが該当する。学習データはAIモデルが正解を出すために規則性を導くためのデータであり、今回の例では取引情報や顧客情報等が該当する。作成したAIモデルは、各取引についてリスクの度合いを数値化して表現する。過去に疑わしい取引の届出対象となった取引と類似していればスコアが高くなる。

<AIのメリット・デメリット>

AIを使うことで期待できるメリットとして、怪しさの度合いを数値化できること、多角的な判断ができること、人の思い込みを排除できること等が挙げられる。ただしAIも万能ではなく、学習データに存在しない(または少ない)特性を考慮することができない。適切に機能させるには、大量のデータを学習させることが必要だ。また自発的に犯罪手口の変化等の環境変化に合わせて新しい規則等を取り入れることが難しいため、環境が変化した場合は、新たにデータを学習させてAIモデルを作成する必要がある。

<AIの活用で必要なこと 1.説明可能な判定根拠を示す>

上述のAIの特性を正しく理解した上で、AIを適切に活用すれば様々な恩恵を受けられ、AML/CFT業務においても効果的かつ安心したAI活用が実現できる。そのためには以下の3点が必要となる。1つ目は説明可能な判定根拠を示すことだ。なぜこのスコア・回答になったのかについて説明できることは非常に重要で、そのために利用できるのが特徴量ごとのスコアだ。特徴量とはAIにインプットするデータ項目で、たとえば振込回数、時間帯、金額、残高等が該当する。どの項目がスコアに影響を与えたのかが分かれば、スコアの要因が説明可能となる。

影響度は「寄与度」とも表現され、様々なAIで取得できる。我々も寄与度を簡単に取得し分かりやすく可視化する「異種混合学習」という技術を開発し、提供している。AI導入を検討されている企業様も多いと思われるが、AIの説明根拠についても導入の際の重要なポイントの1つとしてぜひ認識いただきたい。

<AIの活用で必要なこと 2. 継続的な精度維持/向上>

AIモデルの精度を維持・向上するためには、新たなデータ傾向について再学習をさせる必要がある。再学習は手間のかかる作業であるため、ハードルを下げることが求められる。当社はAIモデルの再学習および再学習したAIモデルの評価について、手早く簡単に実行できるUIの提供を進めている。

<AIの活用で必要なこと 3. 業務ノウハウを効果的に反映>

精度の高いAIモデルをつくるには、大量のデータに加えて業務ノウハウも必要だ。現場の知見を入れることで、より寄与度の高い特徴量をつくれるようになり、寄与度の高い特徴量を多く持つことでAIモデルの精度も高まる。また業務ノウハウを反映すると、AIモデルの説明性の向上につながる効果もある。

特徴量生成のプロセスは、業務確認、データ確認、データ加工、AIモデル生成/評価の4つで構成される。このプロセスは手間や時間がかかり、スキルも求められる。当社では導入事例や検証効果などから得た知見を基に標準的な特徴量を整備している。またお客様のデータをインプットとして、必要な特徴量を簡単に生成できるツールも提供している。

<取引モニタリングへのAI活用>

取引モニタリングにおけるAIモデルの活用事例を3点紹介する。1つ目はシナリオ設定におけるシナリオの精度向上だ。寄与度の高い特徴量を参考に、よりリスクの高い項目に着眼したシナリオの追加や修正・見直しに活用できる。2つ目は不正疑義先検知におけるFalse Positiveの削減だ。AIモデルによるスコアが一定以上の取引のみを調査対象とすることで、業務を削減・効率化するのに活用いただいている。3つ目は取引内容等調査における調査の格付け/レベル分けで、調査の優先度の設定に活用できる。リスクの高い取引はより厳格に調査し、低い取引は簡易的な調査に留めることができる。ご参考として、AIモデルの導入によりモニタリング業務全体のうち30%~40%の業務改善に繋がったとの声もいただいている。

<新たな取り組み>

当社はAML/CFTの業務全体を俯瞰した形で対策を練る必要があると考えている。1つの業務のレベルアップが他の業務の改善に繋がるケースが往々にしてあるからだ。モニタリングやフィルタリング、本人確認などすべての業務を一気に改善できれば良いが、現実的には難しい。人的・時間的リソースも限られていることから、着手できる業務から段階的に評価していくことが必要だ。

一例を挙げると、取引モニタリングのAI導入による検知精度向上が、顧客別リスク格付に影響を及ぼす。検知精度向上により、疑わしい取引の届出基準の明確化に繋がり、疑わしい取引の届出の分析精度も向上する。分析結果を用いた顧客別リスク格付に係る評価要素の精緻化ももたらす。

AML/CFTに関する様々な業務の中で、中心に位置するのは分析・見直しだ。分析はAIが最も得意とする領域であり、我々はAML/CFT業務へのAI導入を進めることで、皆様の業務改善に繋がることを願っている。

<顧客別リスク格付へのAI活用>

これまで当社は取引モニタリングへのAI活用に軸足を置いていたが、今後は顧客別リスク格付への活用も推進していく。AI活用により得られるものは2つあり、1つ目は格付の現在のルールの評価や改善、2つ目はリスク評価書への記載材料としての活用だ。

具体的には企業様が保有する顧客データや取引データ等をAIに学習させ、リスクが高いと思われるデータ群を自動分類する。そこから高リスク群を検出するルールを自動生成し、それぞれのルールでどの程度のリスクがあるかを数値で可視化する。データ群の自動分類を提供するAIは多いが、ルール作成は人が行うケースが多い。当社のAI技術ではルール作成までAIで実現できるのがメリットだ。

また顧客別リスク格付では、年齢や国籍などの情報を単体で評価するケースが多い。それ自体は大切なことだが、複数の属性情報を組み合わせたり、取引情報も加味したりすることでよりリスクが明確になる。当社ではこのような取り組みも進めている。

◆講演企業情報
NEC:https://jpn.nec.com/nvci/finance/index.html