リテール営業現場のDX~賽の河原か、亀でも歩むか

特別講演
 
【講演者】
株式会社SBI新生銀行
グループ個人営業企画部リテールIT開発室
営業推進役
松永 美生 氏

<“絵に描いた”営業DX>

一般的にDXには3つのフェーズがあり、最初はデータの集約、2番目にデータを用いたデジタルプロセスの構築、3番目にデータやプロセスを用いたサービスへの展開だ。営業DXもこの3段階を経て進化すると考えている。データのフェーズでは顧客属性や口座状況などのデータを1つにまとめ、閲覧できるようにする。プロセスのフェーズは口座開設や属性変更など、1つ1つの手続きをデジタル化していく。最後のサービス展開の方針は企業ごとに様々で、ここにデジタル化の付加価値や最終ゴールがある。

実践事例①データ:顧客状況の集約と予実・案件の把握・共有

データに関して当行における3つの事例を紹介する。1つ目は、営業に限らず全ての社員がお客様の情報画面を開いた時、一番目に付くように表示されるアイコンだ。注意喚起情報、誕生日や来店のお礼などのおもてなしの情報、ターゲティングなどポテンシャルの情報を把握できる。2つ目はタイムラインで、当行とお客様とのやり取りが全て時系列で記録されている。お客様のWebサイトの閲覧状況や問い合わせ、手続きの状況などを確認できる。3つ目はダッシュボードで、全店の状況を全店が同じように把握できるもの、各支店や担当者が自由にカスタマイズできるものの両方を活用してもらっている。

実践事例②プロセス:プロセス、コミュニケーションのデジタル化

プロセスに関しては2つの事例を紹介する。1つ目は「ペーパレス・ハンコレス」で、来店したお客様が手続きで紙に記入することはない。お客様情報がプリセットされたタブレットアプリをお渡しし、画面タッチ入力や認証をしていただく仕組みだ。入力した情報はそのままバックシステムへ連携され、オペレーションが完了する。2つ目は「いつでもチャット」で、スマートフォンバンキングアプリに搭載されている機能だ。営業担当者とお客様がテキストチャットでコミュニケーションを取れる。お客様は24時間いつでも閲覧・コメントができ、担当者は業務のすきま時間に対応できる。

実践事例③サービス:「いつでも」「どこでも」シームレスにつながるチャネル

サービスに関しては「いつでも」「どこでも」シームレスにつながるチャネルを目指して構築している。お客様がウェブサイトやメール・アプリから予約をし、事前にヒアリングをしてから店頭またはリモートでの面談をして、取引をする流れだ。

当行のウェブサイトやアプリ等に「即時予約」の機能があり、お客様はすぐ確定予約を入れることができる。面談前には相談アンケートをメールで送り、相談したいことや興味関心などを入力していただく。面談で相談内容を一から話していただく必要がなく、担当者もニーズなどを事前に把握でき、提案に十分な時間をかけることができる。商品やサービスの案内に関しては電磁承諾をいただくことで、ペーパレスでの案内ができる。

デジタル化によってお客様の負担を減らし、営業担当者は人間がやるべき仕事に集中して成果を上げていくのが目指す姿だ。このフェーズは当行もまだ道半ばであり、一連の流れの改善に取り組み続けている。

現在のデータ活用プラットフォーム

対面・非対面や郵送など全てのチャネルについて、クラウド上のプラットフォームで賄えるようにしている。中心となるクラウドCRMに、様々なアプリケーションが接続されている構造だ。営業担当者はクラウドCRMを操作することで、裏側に接続されているアプリを通じて、様々なチャネルや機能をお客様に提供できる。ワークフローや勘定系等の内部・インフラについても、必要なデータはクラウドCRMと連携することで、社内の手続きも効率化できる。

2016年からの営業DXの進捗

リテールDXの現場導入は2016年から開始した。一気にすべてのシステムを搭載するのではなく、1つ1つのチャネルを順番に搭載している。「一丁目一番地」の営業領域から始め、コールセンター、バックオフィス、各種デジタルチャネルという流れだ。お客様データはほぼ全て揃い、BIツールやマーケティングツールも追加導入してきた。

2023年現在の課題は主に3つある。1つ目は減らないローカルExcelファイルで、現場にはまだまだExcelファイルが残っている。2つ目は入力されないリード・フェーズで、リード管理やフェーズ管理で必要な前の段階が入力されていない状態だ。結果として3つ目である、作られない・見られないBIダッシュボードとなる。こうなるとCRM・SFA・BIは、コストの高いメモ帳に過ぎない。

失敗の方程式

営業領域特有の課題についてまとめると、1つ目は営業のこだわりだ。できる人ほど自己流嗅覚で、締日間近の隠し玉はあればあるほど良いと考え、案件報告は「文章力」勝負になる。2つ目はビジネス流動性で、営業現場ではターゲットの取り出し方や評価の方法が朝令暮改になる。CRM等のシステムでは変化に応じて関数やコーディングの手間が発生し、一朝一夕では対応できない。

これら2つの要素により、Excelが最強との結果になってしまう。各担当者が手元で好きな行・列が作れて、サイズもカラーも思いのままだ。データを一行に詰め込むこともでき、複雑な計算でも関数コピペをすれば即日展開できる。

2つの方向性での解決

失敗に対して「人由来」と「データ由来」の2つの方向性での解決を図る。まず人由来については2点あり、1つ目にツールは一部の天才のためではなく、平均以下のメンバーのパフォーマンスを上げるために提供するということだ。天才の自由演技は妨げることなく、秀才の行動エッセンスを規格化し、誰でも再現できるプロセスを再現していく。2つ目に、デジタルの企画担当自ら汗をかくことが重要で、営業に対し机上の空論でたたかっても意味はない。成果を伝える際にデータ分析は不要で、1件でも素晴らしい成果があったかどうかが重要だ。

データ由来での解決において重要なのは、製品の役割分担だ。理想としてはクラウド完結だが、ローカル併用が現実的だ。それぞれのメンバーが使いやすいものを使いやすいシーンで使っていただくが、最終的にはシステムにより統合されていく考え方だ。例えば本部企画のメンバーはターゲティングなどでSASを操作するが、営業にリストを渡す際にはExcelファイルを使う。営業は決められたデータはクラウドに上げてもらうが、それ以外は自由に管理してもらう。Excelと同期ができるクラウド製品も活用することで、データをクラウドに還元しておくが重要だ。そうすることでマネージャーは使いやすいブラウザで状況を確認できる。

現場に寄り添い続ける「終わりのない道」

現場で製品を使っていただけるように、マニュアルや手引書、研修などを定期的に行っている。VoCやVoEでお客様や従業員の声を取り入れる取り組みも行っており、現場の方が声を上げたいときにどうすればよいのか明確に伝えることも重要だ。声を聴いたうえでデータの追加や改修を行い、より便利なものにすることで現場の方がもっと使いたくなるという良い循環を作っていきたい。

「それでもやりたい」営業DX

DXでデータやプロセスは重要だが、その先のサービスに最も付加価値がある。お客様が銀行をプラス評価するのは、具体的なサービスとして現れてからだ。営業メンバーにとっても、サービスをうまく利用することで、楽をして売上があがるかもと感じられる。

営業に限らず、DXは長年取り組んでも行き詰ることやネタに困ることも多い。同じ金融機関の方と情報交換や事例の共有をさせていただきたいので、お声がけいただければ幸いだ。