三十三銀行のAIチャットボット活用による行内問い合わせ業務の省力化

特別講演
 
【講演者】
株式会社三十三銀行
事務統括部長 理事
山本 茂樹 氏

<合併によって生じた課題>

2018年に三重銀行と第三銀行が経営統合し、三十三フィナンシャルグループを設立。システム統合の準備を進めた後、2021年5月に三十三銀行が誕生。「地域のお客さまから愛され信頼される金融グループとして、地域とともに成長し、活力あふれる未来の創造に貢献します。」という経営理念のもと、リレーション&ソリューションの提供を目指している。顧客との圧倒的なリレーションを構築し、顧客から提示された課題やニーズに対して多様なソリューションを提供することで、地域とともに持続的に成長する好循環の実現を目指している。

合併にあたっては円滑な移行ができるように、相手行への派遣研修などを経て実践的な事務経験を積み、相互理解を深めながら入念に準備を進めてきた。とはいえ、不慣れなシステムを扱いながらの事務処理だけにトラブル発生の可能性は高まり、営業店の職員による本部への問い合わせ件数が著しく増えることは予想されていた。

そこで、合併直後は事務統括部内にヘルプデスクを設置し、総勢50人体制で電話対応を実施。スピーディーな担当者への取り次ぎと、折り返し対応への利便性を優先していたことから、紙ベースで電話の対応記録を作成することとしていた。その結果、合併初日の電話対応記録件数は900弱。その場で解決し、記録していない案件も含めれば1000件を超えていた。1カ月を経過する頃には対応件数が400程度まで減少したので、事務統括部内のヘルプデスクを解体して通常体制へ移行したものの、その後は問い合わせ件数が減らなくなった。新銀行事務の定着に時間を要していることが原因だろうと予想はできたが、問い合わせを受ける事務統括部では、1人当たりの対応件数が増加し、迅速な対応ができなくなっていた。営業店での処理が滞れば、結果的に顧客を待たせることになり、営業店からも顧客からも不満の声が聞こえてくる状態になってしまった。この現状を打破するために、AIチャットボットの導入による解決を検討し始めた。

<AIチャットボット選定のために検討した条件>

AIチャットボットによる解決を考えた理由は4点ある。

1点目は「AIの搭載」。金融業界特有の言葉もあれば、それぞれの銀行文化が産んだ独特の表現もあり、表現の揺らぎを考慮して検索することは非常に難しく、従来のQ&Aでは自分が求める回答になかなかたどり着かない。業界用語や銀行独自の用語を自動で判断してくれるAIが搭載されていて、学習による精度が向上していくことが必須だと判断していた。

2点目は「利便性の確保」。テレワークなどの柔軟な働き方がスタンダードとなっている昨今では、タブレット端末などと連携し、行外でも利用できることを必須条件としていた。

3点目は「クラウドサービス」。一刻も早く問い合わせの改善サイクルを構築しなければならないので、時間をかけずに解決を図る必要があった。膨大なビッグデータから学習するというAIの恩恵を受けられることも考えて、導入スピードが速いSaaS型のサービスがニーズに合致していると考えた。

4点目は「今後の拡張性」。一時しのぎの問い合わせツールにするのではなく、拡張性のあるサービスとして銀行全体で育てていきたいという構想があった。SaaS型のAIチャットボットは、他のサービスとの連携が容易なので、将来的には問い合わせ内容をデータ化して、RPAなどと連携することで、エスカレーション機能や後続事務の自動化など、更なる省力化が見込めることにも期待が持てた。

<導入プロセスと期待した導入効果>

三十三銀行としての選考基準において、重視したポイントは3点。

1点目は「回答精度の高さ」。問い合わせに対する肝になる部分だけに最も重視したポイントだ。選定のためには、トライアルとして製品を事務統括部内で体験し、一定の回答精度が得られることを確認。また、他行での検証結果などを参考にした。

2点目は「ユーザビリティの高さ」。利用を促進するためには、運用担当者にとってのハードルが低く、管理画面がわかりやすいことが重要。

3点目は「導入サポートの手厚さ」。初めてAIチャットボットを運用するために、プロジェクトの進め方やFAQ作成のコツなど、わからない点が多く、サポートに相談する機会が多いと考えていたからだ。

ベンダー設定にあたっては3社を比較検討し、最終的には「PKSHA Chatbot」を選定した。採用している企業が圧倒的に多く、他行での導入事例も参考にして、具体的な運用イメージをもちやすかったことと、非システム部門の一般職員でもストレスなく操作できる点が良かった。また、担当者が金融業界に対しての知識があり信頼感を持てたこと、提案時から丁寧にサポートしてくれた点に好感が持てた。導入して1年半が経過しているが、現在も定期的に運用状況の振り返りと課題に対するヒアリングの時間を設けるなど、継続したサポートを受けている。

<短期間でのスピーディーな導入を実現>

早急な改善サイクルの構築が求められる状況だということもあり、機関決定から試験運用が可能な状態に至るまで3ヵ月で進めた。具体的なプロセスは、FAQの作成と検索エンジンの構築、ベンダーによる運用担当者向けの操作説明会、画面構築をはじめとするインタフェースの構築だ。全てのタスクが完了した後、事務統括部内で1ヶ月の試験運用を経てリリースを迎えた。

短期間で導入が実現したポイントはFAQをデータベース化するための土台作りに着手していたことが大きい。問い合わせ対応は、当初は電話プラス紙ベースで管理していたので、データ化には手入力が伴い、効率はあまり良くなかった。その対策として、行内グループウェア内に営業店からの質問を受付回答できるデータベースを構築し、問い合わせの入口をデータ化する施策に着手していたことが、結果的にFAQの土台として有効活用できた。

最も労力を使ったタスクはやはりFAQの準備で、合併まもない時期には汎用的なQ&Aもなかったため、ゼロベースから着手した。プロジェクトチームを組成し、延べ400人が総動員で準備にあたった。今なぜAIチャットボットを導入するのか、導入すると仕事がどう変わるのかを丁寧に説明するなど動機付けをしっかりすることで、マンパワーをうまく活用することができ、最初のFAQは約900件搭載できた。その後も改良を続けている。

<AIチャットボットの運用実績と今後の展開>

AIチャットボットを導入して以降、運用チームでは4つの指標をKPIとしてモニタリングしている。2022年4月から2023年9月までの質問総数は2672件。AIが質問として認識した割合を示す「認識率」は97%、ユーザーが「この中にない」を選択しなかった割合である「継続率」は84%。解決につながった「自己解決率」は73%、三つの指標を掛け合わせた「全体解決率」60%を記録。導入前に期待した一定の水準は維持できている。

今後AIチャットボットをさらに活用するために、行内広報活動や口コミを利用して、更なる利用促進に向けた取り組みを計画。音声をリアルタイムでテキスト変換したものを、AIチャットボットがFAQをレコメンドすることで、オペレーターをサポートしたり、RPAと連携することで後続の事務作業を自動化・省力化したりするなど、構想は膨らんでいる。有人対応など他サービスとの連携やFAQ共有プラットフォームへの参画など、若手行員が中心となってさまざまな可能性を模索しながら、拡張性を高める施策が検討されている。