ビジネスとデジタライゼーションをドライブするコパイロットの役割

特別講演

【講演者】
ネスレ日本株式会社
執行役員 財務管理本部 戦略事業開発コパイロット部長
中岡 誠 氏

<ネスレグループ及びネスレ日本の概要>

「食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていきます」ネスレはこのパーパスの下に創業から155年、現在2,000を超えるブランドを世界の188ヵ国に展開し、77ヵ国で工場を操業、約27万5千人の従業員を抱えており、2022年のグループ売上高は約13兆円となっている。毎日約10億個のネスレ製品が販売されていることになる。

ネスレ日本はスイスのネスレ本社からはイノベーションの規範となるグループのイノベーションリーダーになることを期待されている。現在約2,400人の従業員を抱え、全国に6支社と8支店・営業所、3つの工場を保有している。

House of Finance –ネスレの財務管理

財務管理部門はネスレグループのパフォーマンスを加速させる触媒であることを理想に掲げている。実際にものを買ったり作ったり、ビジネスのオペレーションには関わらないが、それらの部門で最大限のパフォーマンスを発揮し、売上を出し、効率の良いオペレーションができるように財務の立場からサポートすることを期待されている。

財務管理は4つの柱で構成される。1つ目のコパイロットは、事業部やファンクションユニットのサポートをする役目である。2つ目のスペシャリストサービスは税務、年金リスクマネージメント、トレジャリー、内部監査などの専門性の高い財務管理部門の役割の柱だ。3つ目のスケーラブルビジネスサービスは、帳簿、買掛金、売掛金、固定資産など経理を担う柱になる。4つ目の柱がコパイロットと連携してビジネスをサポートしていくディシジョンサポートサービスである。コパイロットが必要とするビジネスの意思決定につながる原価計算、ファイナンシャルレポーティング、連結の会計、管理会計の情報を提供する。

スペシャリストサービスとスケーラブルビジネスサービスはデジタル活用によるセントラライゼーションが進めやすいエリアである。シェアードサービスは同じトランザクションをまとめることでコストや業務効率を向上させる。日本の場合フィリピンのマニラにシェアードサービスセンターがある。専門性の高い判断業務はグローバルで共通する高いスキルと知識が必要であることが多く、シェアードサービス化しやすい領域である。その一例として、日本はシンガポールにあるトレジャリーセンターへ資金管理のオペレーションをアウトソースしている。

<コパイロットの役割>

コパイロットは以前コントローラーという名前で意思決定支援をするサポーターとして、また管理会計の窓口として、様々な事業部を支えていた。そのコントローラー機能の意思決定支援やコントロールに加えて、長期的な戦略立案とコミュニケーションに関わり、最終的には立案した戦略を事業部長やCEOと一緒に実行していくという、よりリーダーシップが求められる役割として進化させてきた。端的に言えばコントローラー=管制官としての役割からコパイロット=副操縦士としての役割を担うことになった。

コパイロットの具体的な取り組みは、CEOや事業本部長と共にビジネスをドライブすることを第1とする。次にリーダーシップを発揮して能動的に戦略の立案やコミュニケーションを促進し影響力を発揮すること。3つ目に確固としたコンティンジェンシープランを含むシナリオプランニングを行い、プランBやプランCを作成し不測の事態に備えること。4つ目はリソースの効率的な配分が行えるようにサポートしていくこと。5つ目はKPIの分析により行動の結果の乖離を捉え、それを無くすためタイムリーな情報でビジネスパフォーマンスのマネジメントをサポートすること。6つ目は製造業に欠かせない製造原価やストラクチャルコストなどを現状と未来を踏まえて管理すること。7つ目は合意した戦略に沿った価格・マージン政策が実行されていることを保証すること。8つ目は新しいビジネスモデルの形を率先して決めていくことである。

<社会と株主への価値創造>

これからのネスレのファイナンスリーダーに求められるものは社会と株主により高い価値を生み出すことである。5年前には取引を処理し記録することに多くの時間を費やしていたが、次の5年後は付加価値の高いビジネスやパフォーマンスにリソースと時間を使っていかなければならない。オペレーションをしている人達に実行してもらうためにもリーダーシップを発揮するためにもっと時間を使うべきだ。もっと先取りして時間を確保してDXに取り組む必要がある。

昨年の11月、ネスレCFOのフランソワ・ロジェはネスレインベスターセミナーで「価値創造のためのレバー」について次のように話した。第1に価値創造に向けるリソースを生み出すことだ。当然だが、現在やるべきことに時間が奪われていたら価値創造へ力を注ぐことはできない。まずリソースを生み出すことが大事だ。第2に生まれたリソースを将来の成長のために投資する。第3は成長のための投資先を選択と集中で決めて、資本を割り振る。第4に利益の見込める成長性のある事業にポートフォリオをマネージすることである。

2016年から2021年までは毎年約1,000億円のコスト削減を行った。それらは主に製造の効率化、スケールメリットを活かした購買でのより安価な現材料の使用、グループ内のシェアードサービスを拡大することによるコストの効率化、現地で使用する不動産を見直した上での最適化を行った結果である。これらは引き続き継続していくが、新たなチャレンジとして、2022年から2025年までに約1,700億円のコスト削減を目標に掲げた。次のフォーカスポイントとして、改善の余地があるSKUとレシピの最適化、デジタライゼーションによるすべてのプロセスの効率化、原料調達、製造から物流に至るまでのオペレーションの情報共有の迅速化、流通がより連携することでサプライチェーンの最適化によるコスト削減に取り組んで行く。さらにスイス本社のコスト最適化にも着手した。

将来の成長のための投資は、研究開発では規模を増やすのではなく、より生産性を上げて効率よく投資し、広告宣伝・販促費はより消費者のニーズに対してブランド力を上げることにより投資する。設備投資額を売上の5%以下に下げる一方、デジタル投資やサステナビリティに関してはより強化していく。このように投資領域のシフトを行っていく。

ネスレは「Good food, Good life」のキャッチフレーズを掲げているが、同じ文脈で「Good for you,Good for the planet」を掲げ、個人の栄養・健康にいいものと環境にいいものを提供する。そして地球に良いことのために3つのアクションを掲げている。気候変動へのアクションでは、カーボン排出のピークを越えて、2018年からCO2を400万トン削減し、再生可能エネルギーからの電力を60%まで引き上げた。パッケージングではバージンプラスチック使用のピークを越えて、製品のポートフォリオとデザインの変更による削減を進めた。またリサイクル向けのデザインを2025年までには80%から95%以上にする目標を掲げている。サプライチェーンの精査は2021年では、森林を破壊しない主食、パーム油、パルプと紙、大豆と砂糖のサプライチェーンを97%築いている。持続可能なコーヒーの調達を83%行っており、2022年末には87%を目指している。カカオの持続可能な調達においても2021年時点では51%だったが、将来的には100%を目指している。

Digitalの価値創造への活用

それまでは各国で独自の会計、受注、在庫管理のシステムを開発していたが、90年代になって日本を含むAOA(アジア、オセアニア、アフリカ)で共通のシステムに統一した。2000年代にはさらに発展し、グループ共通のプロセス・ERPシステムが導入された。すべての国に導入されたのは2010年で10年以上かかった。2010年前半にはネスカフェアンバサダーを開始し、自社ECのプラットフォームを作った。2010年代からはデジタルを使って外部へ向かって新しいビジネスモデルやサービスや製品の提供を始めた。2010年代後半からはRPAやBIを導入開始し、今後はAIやBI、RPAによるプロセスの効率化をさらに進めていくと同時に、アンバサダーを超えるデジタルだからこそできる新しいビジネスモデルのイノベーションにチャレンジしていきたいと考えている。

デジタライゼーションとDXを次のように捉えている。ネスレが実現した、デジタルによる世界全体でのプロセスの標準化、効率化をデジタライゼーション、一方デジタルを活用したビジネスモデルのイノベーション、これをDXと考える。その観点からそれぞれを対比すると、デジタライゼーションによるプロセスの標準化、効率化には、自分たちだけのクローズドの世界、マスをターゲットに共通のロジックがカギになる。それに対しDXは新しいビジネスモデル、デジタルを使った消費者ニーズの発掘や消費者インサイトからの欲求に応えるものなので、デジタライゼーションとはある意味対極にあるものが求められると考える。グローバルに対してローカル、標準ではなく独自のもの、クローズドではなくオープンに自社以外のパートナーと共創する、マスではなくパーソナライズカスタマイズされたものがDXを成功させるカギではないかと考えている。しかし、個人個人に対応する場合、コスト効率やプロセス効率が下がってしまう。どのレベルまで、パーソナライズやカスタマイズを進めていくかが、ビジネスを成立させるポイントになる。現実には次のニーズがどこにあるのかロジックだけで導き出せるものではない。消費者ニーズを満たすものは感覚に訴えるものである。論理と感覚では対照的だが、企業として、両方を追求していくということが大事だ。デジタライゼーションとDX、まだできていない部分も沢山あるが、実現するためにこれからもチャレンジしていきたいと考えている。