日本郵政グループの中間報告
日本郵政、日本郵便およびかんぽ生命(以下「日本郵政グループ」)は、2019年9月30日、かんぽ生命の乗換契約により顧客に不利益が生じた問題に関し、「日本郵政グループにおけるご契約調査の中間報告及び今後の取組について」を開示した。
これによると、顧客の意向に沿わず不利益が発生した可能性がある「特定事案」約18.3万件(顧客数約15.6万人)について、顧客からの聴き取りを終えた約6.8万件のうち、法令違反または社内ルール違反の可能性のある事案が6,327件把握されたとのことである。
金融機関の不祥事対応
日本郵政グループが念頭におく法令や社内ルールの具体的内容は明らかにされていないが、抵触性が問題となり得る法令としては、日本郵政グループの同日付「調査の現状及び今後の方針の概要について」において、かんぽ生命保険契約問題特別調査委員会(以下「調査委員会」)も指摘しているとおり、情報提供義務(保険業法294条1項)、意向把握義務(同法294条の2)、そして、不当な乗換契約の禁止(同法300条1項4号)を含む、保険契約者等の保護に欠ける恐れがある行為の禁止(同法300条1項)などが考えられる。
これら法令への違反は、当局に対する不祥事件としての届出義務や、行政処分の対象ともなり得るものである以上、日本郵政グループとして、法令違反の可能性のある事案の全体像の把握に努めるべきことは当然である。
しかし、今般の問題に係る根本原因を特定し、実効的な再発防止策を講じていく上で最も重視されるべきは、顧客にとって必要性も合理性もなく、かえって不利益を生じせしめる乗換契約をさせるような募集行為が横行していたという、「顧客本位の業務運営」とはかけ離れた営業現場の実態そのものである。
例えば、前述の不当な乗換契約の禁止規制は乗換契約自体を禁じていないため、「不利益となるべき事実」が注意喚起情報の交付などの方法によって告げられていさえすれば、同条号には抵触していなかったとの認定が成り立ち得る。
しかし、顧客にとって必要性も合理性もなく、かえって不利益を生じせしめる乗換契約をさせるような募集行為が横行していたという場合(特定事案のD類型(予定利率が低下し、保障内容の変動が無い等の事案)に典型である)、かかる「不利益となるべき事実」の告知が実施されていようといまいと、顧客の最善の利益の追求、顧客にふさわしいサービスの提供、従業員に対する適切な動機づけの枠組み等の顧客本位の業務運営に関する原則(金融庁)に照らせば、それ自体が不適切であることは明らかである。
そして、日本郵政グループが社会的信頼を大きく喪失している要因も、そのような業務運営の実態そのものにあるはずであるし、あるべき再発防止策も、「『不利益となるべき事実』の告知の徹底」などではなく(もちろん、それはそれで大事ではあるが)、そもそも、そのような顧客本位とはかけ離れた業務運営を根絶する、という点にあるのではなかろうか。
金融機関における不祥事対応は、ともすると、各業法上の「不祥事件」への該当性に拘泥しがちであるが、不祥事件該当性は、当局への業法上の届出義務を画する概念に過ぎず、社会的信頼を回復するための自浄作用として行われるべき事実調査、原因究明および再発防止策のスコープを画する概念ではないことに留意が必要である。
業務運営の実態解明への期待
調査委員会は、今後、かんぽ生命による契約調査の進捗状況を踏まえながら、その結果を分析・検討するとともに、高齢者募集や多数契約募集などの不適正募集についても独自調査を行い、年内を目途に調査結果をとりまとめるとのことである(前掲「調査の現状及び今後の方針の概要について」)。
今後の調査においては、保険業法上の個別の募集規制への直接的な抵触性の有無や、その件数のみならず、顧客本位とはかけ離れた業務運営の実情が明らかとされ、かかる実情を招いた根本原因が組織的要因にまで遡って特定され、実効的な再発防止策が講じられることによって、日本郵政グループの信頼回復と企業価値の回復が図られることを強く期待したい。
- 講師
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プロアクト法律事務所
パートナー弁護士
公認不正検査士
公認AMLスペシャリスト
大野 徹也 氏2001年弁護士登録。
「金融機関における今後の不祥事対応」(金融法務事情2070号)、
「図解不祥事の予防・発見・対応がわかる本」(中央経済社)
など著書多数。