疑わしい取引の届出に関する情報の共有と内報(Tipping Off)禁止

疑わしい取引の届出に関する情報も、AML/CFTにおいて有用であるが、固有の論点として、犯収法8条3項の内報(Tipping Off)禁止規定との関係について検討する必要がある。
内報禁止規定は、形式的にはFATF勧告21で義務的に要求されていることのほか、実質的に見ても、届出の事実の漏えいによる証拠隠滅や収益の再移転、新たな犯罪手口の準備等の対抗措置を可能にし、一方で取締機関側の活動が徒労に終わり、莫大なコストを発生させることから、義務化されているものである。
この点、USA PATRIOT ACT(米国愛国者法)314条(b)においては、マネロンに関与すると信じる合理的な根拠を有している場合、同一金融グループに属しない金融機関間において、テロリストまたはマネロンに関与している可能性のある個人等の情報を共有することについて、法令上の責任を負わないというセーフハーバー規定が設けられている。なお、米国愛国者法においても、疑わしい取引の届出の事実そのものまたは届出の事実の存在を明らかにするような情報の開示は認めていないが、届出につながる可能性のある情報を入手したうえで、どのように判断するかは各金融機関の判断となり、疑わしい取引の届出自体に関連する事実の共有の必要性は低いと解される。

今後の立法化や解釈の明確化の必要性

上記のとおり、現状においては、パラメータの段階での共有を除き、理論的・実務的に困難な面がある。この点、実務におけるビッグデータの利用方法としても、利用目的や第三者提供の観点から、統計情報等を作成したうえで共有するケースが多くみられるし、学習済みのAIモデルの調整による再学習プロセスの継続によっても、AIモデルの精度を向上させることが可能と解される。
しかしながら、AIは学習用データセットから帰納的アプローチによりパラメータを生成するため、学習用(生)データセットに含まれるデータの質量が重要である。パラメータの段階で共有すると、重要な情報がトレーニングの段階で除外され、単一の金融機関で検知できない傾向(例:ネットワーク分析などのツール利用によるリンクの特定)や潜在的に疑わしい活動について捕捉しきれないおそれが増加し、分析の実効性やパラメータの精度にも影響しうる。

また、個情法において委託の場合に「第三者」に該当しないとされたのは、委託元・委託先の一体性を前提とするものであり、実務上も、本人同意を得るコスト等を回避するための便法との批判もある。共同機関の場合も、本来は正面から第三者提供としたほうが実態と整合するし、委託先で複数の委託元の情報を混ぜたり、委託先が有する情報と突合して利活用することが可能となるなど、「混ぜるな危険ルール」との抵触の問題もなくなる。さらに、前記の専門の共同機関を設立するようなケースとは別に、グループ内外で個人データを横展開するような場合には、互いに自社のために利用する前提となり、第三者提供と構成する必要がある。
以上より、AML/CFTの観点から、個情法や同ガイドラインにおける第三者提供の例外として、パラメータ作成等の目的での個人データ共有について、例外規定を明記したり、解釈を明確化したりすることや、マネロンガイドラインや犯収法において、取引モニタリング等の観点からの第三者提供について定め、個情法の「法律上の義務」に読み込む、といった方法が想定される。

寄稿
鈴木総合法律事務所
弁護士
鈴木 仁史 氏
東京大学法学部卒。1998年弁護士登録。銀行・信用金庫・生損保・証券会社等の金融法務、AML/CFT・反社対応、人事労務・コンプライアンス等を取り扱う。
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