科学技術の社会実装と産官学のデータ連携構築

科学技術の社会実装と産官学のデータ連携構築

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国際競争や経済成長のために科学技術の振興は欠かせない。日本の科学技術政策の方針を示す「科学技術基本計画」を主軸に、各省庁による研究開発プロジェクトや成長戦略が数多く実施されている。本連載の初回は、世界に先駆けて提唱した「超スマート社会」を実現する「Society 5.0」などを中心に、産官学で目指す日本の未来の社会について、内閣府に話を聞いた。

  1. スマートシティの実装進む各都市の課題解決モデルが展開
  2. 健康・医療分野とITの融合は規制当局との協働が必須

スマートシティの実装進む各都市の課題解決モデルが展開

産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす革新的な科学技術イノベーションの創出を目指し、「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)」は関係各省庁の政策を横断的に調整・実施している。CSTIの大きな柱は、5年ごとに策定される「科学技術基本計画」だ。現行第5期では、サイバー空間とフィジカル空間の融合で人々に豊かさをもたらすスマート社会実現のため、ICT(情報通信技術)を活用した政府の社会構想「Society 5.0」の社会実装(スマートシティなど)を重点的に進めている。

第5期科学技術基本計画の一環として、社会実装や研究力基盤の強化を中心に「統合イノベーション戦略2019」は策定された。既存の施策事業も含めたイノベーション化を進め、Society 5.0の実現を目指す。一例として、ICTで建設現場の生産性を高める取り組み「i-Construction(アイ・コンストラクション)」を挙げる。国土交通省が旗振り役として2016年度から推進しており、公共インフラなど社会資本整備の分野で効率化や省力化が期待されている。

スマートシティは、世界各地で急速に実装が進む。都市の交通、健康・医療、災害などに関する課題や地域格差の解決を図るため、各政府が注力している。世界を見ていくと、都市データの収集・連携・利活用と、MaaS(次世代交通サービス)や自動走行などのモビリティの最適化に取り組むプロジェクトが多い。日本ではモビリティに加え、スマートグリッド(次世代送電網)などのエネルギー関連のプロジェクトを重点分野に据えている。ほかにも、インフラや防災、物流、観光、健康・医療、金融など多様なデータ連携の強化を図る(図表)。

内閣府 大臣官房審議官(科学技術・ノベーション担当)の十時憲司氏は、「あらゆるデータが安全にAI(人工知能)で解析可能なレベルで利用できるデータ連携基盤の構築が必要だ。政府は産官学が連携し、国境越えも想定しながら、誰もがデータを提供でき、かつ欲しいデータを探して入手できるオープンなデータ流通環境を目指している」と説明する。

データ連携基盤の整備は、CSTIが主導する大型研究開発プロジェクトである戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)でも重要なテーマに位置する。2018年度から始まったSIPの2期事業では、産官学連携で複数のプロジェクトが進行。プロジェクトを指揮するディレクターは、研究課題ごとに公募が実施され、研究代表者と参画機関が決定する仕組みだ。

十時氏は、「SIPの研究開発成果の1つ、SIP4D(基盤的防災情報流通ネットワーク)では、災害に強い社会基盤の構築に取り組んでいる。SIP4Dによる、災害対策本部を核として様々な企業や団体がデータ連携を強めている。また、2019年10月に広範囲で甚大な被害をもたらした台風19号襲来時には、コミュニケーションアプリ『LINE』上で、AIチャットボットが被災者からの問い合わせ(気象情報や災害復旧・生活再建など)に24時間自動応対サービスが提供された」と話す。

健康・医療分野とITの融合は規制当局との協働が必須

科学技術政策を進めるにあたり、限られたリソースを重点的に投入していく分野を策定する必要がある。そこで統合イノベーション戦略2019では、「AI技術」「バイオテクノロジー(以下、バイオ)」「量子技術」を強化すべき最先端分野に定めた。「AIは、人材の育成と確保が最も大きな課題だ。直近では、2019年12月に文部科学省がSociety 5.0時代を生きる子どもたちのため、教育ICT環境を整備する『GIGAスクール構想』を公表した。高等教育や初等中等教育を通してAI技術に関する思考力の素地・基盤を形成する狙いがある」(十時氏)

AIと並んで幅広い業界に影響がおよぶバイオ分野では、①高機能バイオ素材②バイオプラスチック③持続的一次生産システム④有機廃棄物・有機排水処理⑤生活習慣改善ヘルスケア、機能性食品、デジタルヘルス⑥バイオ医薬品・再生医療・細胞治療・遺伝子治療関連産業⑦バイオ生産システム⑧バイオ関連分析・測定・実験システム⑨木材活用大型建築、スマート林業─の9つの市場領域が設定された。

経済産業省が管轄する「⑤生活習慣改善ヘルスケア、機能性食品、デジタルヘルス」では、健康長寿国として生活習慣病などを含めた健康データの収集・利活用が期待されている。SIPの1つとしては、健康・医療分野とIT分野の新しい融合を目指した「AIホスピタルシステム」の開発・構築・社会実装が進められている。

こうした取り組みは規制当局との協働が不可欠だ。例えば、保険スタートアップのjustInCaseは、政府の規制緩和の枠組み「サンドボックス制度」を活用し、国内で初めて相互扶助型のP2P(Peer toPeer)保険の『わりかん保険』の販売に至った。「同社のサービスは、AIを利用して保険料の最適化を図っている。健康・医療データの利活用には、国民理解も欠かせない。個人が特定できないようデータを統計化するといった対策などが議論されている」(十時氏)

AIの次の競争領域とうたわれる量子技術の分野では、2019年11月にロードマップ(行程表)がまとめられた。ものづくりや金融サービスなど多くの分野にイノベーションを起こす可能性を秘めており、米国や中国では政府も企業も投資の拡充が相次ぐ。現在は、スーパーコンピューターより圧倒的に速く計算できる「量子コンピューター」、ごくわずかな環境の変化などを検知する超高感度の「量子センサー」、機密情報の漏えいを防ぐ「量子暗号通信」などの研究に注目が集まる。

日本が量子技術の分野で先陣を切るのが量子暗号通信だ。東芝は1991年から量子暗号の基礎研究に取り組み、2020年1月には遺伝情報を解析したゲノムデータを送る実証実験の成功を発表した。金融や医療、政府関連など秘匿性の高い情報のやり取りが求められる環境での実用化が想定される。

それぞれの研究・開発の成果を効率的に獲得するには、グローバルな連携が欠かせない。統合イノベーション戦略2019では、国際連携の抜本的強化も掲げられている。十時氏は、「知の国際展開に関しては、国連開発計画(UNDP)、世界銀行、日本政府などが連携し、SDGs(持続可能な開発目標)の達成をイノベーションの機会と捉え、途上国における課題解決型プロジェクトを推進している」と明かす。

「日本は社会や経済が比較的安定していることもあり、組織も個人も安定志向になりがちで、リスクをとって挑戦する風土が醸成されていない。未上場で時価総額が10億ドルを超える『ユニコーン』企業は、米国と中国でそれぞれ200社前後あると言われている一方で、日本は1~3社で推移しており、彼我の差は大きい。新しい科学技術やイノベーションの社会実装に大きな役割を果たすスタートアップに対して、今後さらなる投資・提携・参画の活発化が重要となるだろう」(十時氏)

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