※本稿は株式会社アクセンチュアの許可を得て、転載・編集しています。
リソース・シフト
推進上の論点
- 新たな人材モデルとは?
- 誰をどう育てるのか?
- 直近の再配置・活用と、中長期のあるべき人材戦略とは?
変革へのロードマップの中で、2つ目の領域となるのがリソース・シフトである。この領域を前回お話したオペレーティングモデル・シフトと同様に3つのフェーズに分けた場合、黎明期の重要なポイントとなるのは、非常に数が限られた社内のDX人材をいかに増やしていくかという点である。まずは(外部人材も含め)すでに適性を備えた人材を中心として取り組みを行うことになるだろう。ここで1つ注意が必要なのは、育成対象となる全ての社員がDX人材になれるわけではないことである。たとえ研修を行ったとしても、求める能力を獲得できる人材は限られ、職種・スキルによってタイプが細分化されるために、望む条件を満たす人材は極めて少ないのが現実である。
そこで検証期の段階では、すでに適性を備えた人材に加え、リスキルをつうじて適応が可能な社員にまで対象を広げてDX人材を内製化する。また今後予測される人材獲得競争の激化を見据え、育成した有能な人材の引き留めにも配慮。制度的待遇の改善だけでなく、能力を十分発揮できる魅力的な仕事の機会を提供することも求められるだろう。こうした取り組みが進めば、最終的にはDX人材が各事業部内に存在し、あらゆる社員がデジタルで再定義された業務を遂行する展開期の状態が実現されるはずである。
デジタル時代の人材育成アプローチ
またデジタル時代のビジネスに適応する人材を確保するためには、育成方法という面でも新たな発想を取り入れる必要がある。ジェネラリスト人材に軸を据えたこれまでの人材育成では、既存人材の基礎能力の高さを判断材料に育成対象を特定し、求められる知識やスキル、思考・行動の在り方を座学の研修で習得するという考え方でプログラムが進められた。しかしデジタル組織に対応したスペシャリスト人材の重要性が高まる今後は、研修へ過度にフォーカスせず、より実践的かつ包括的なアプローチを取り入れていく必要がある。
例えば、トレーニングを既存の仕事・案件の延長で兼務的に行うのではなく、デジタルスキル獲得に専念できる時間を十分に確保。オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)など、実践的かつ具体的スキル・経験の蓄積が可能な環境を提供することが求められる。また従来型の人事ローテーションは最小限にとどめ、専門性をより深く徹底的に磨くという観点からプログラム内容を最適化することも重要である。新たなスキルを獲得した人材に十分な活躍機会を与えるためには、既存の枠組みを超えたコラボレーションの導入、多様な人材を公平に活用できる企業文化の醸成、オープンイノベーションの促進など、会社組織そのものの変革・最適化も不可欠となるだろう。
ワーク・シフト
推進上の論点
- デジタル時代の新たな働き方基盤(ワークプレイス)とは?
- イノベーションを生む企業文化・就労形態とは?
第3の領域となるワーク・シフトで最も重要なポイントとなるのは“エクスペリエンス”の進化である。デジタルトランスフォーメーションが加速した過去数年、カスタマー・エクスペリエンス(顧客体験=CX)という考え方を重視する流れが生まれ、プロダクトアウトのアプローチが主流だった従来型ビジネスモデルに大きな変化をもたらした。そして今、DXのさらなる進展にともない、顧客体験と表裏一体をなす側面であるエンプロイー・エクスペリエンス(従業員体験=EX)・ワークプレイス・エクスペリエンス(職場体験=WX)の重要性が高まっている。
2つの概念が注目を浴びる理由の1つは、人材戦略のみならず、企業のパフォーマンスそのものにも大きなプラス効果をもたらすことである。例えばアクセンチュアのグループ会社avanadeは、企業文化・従業員体験の新たなビジョン策定、プラットフォーム・オペレーションの最適化といった方策をつうじてEX・WXを向上すれば、年間売上高の16%程度増加と運用コストの13%削減が実現できるという調査結果を明らかにしている。EX・WXは、デジタルビジネスを次なるステージへと進めるだけでなく、企業組織全体のパフォーマンス向上に貢献する重要な取り組みなのである。
EX・WXの向上に向けた取り組みの鍵を握るのは、ワークプレイス・ツール、つまり働き方を支えるツールの進化である。RPAなどを活用し、定型作業・業務処理から解放することで従業員の体験を向上させる第1段階から、コラボレーション・ツールの導入をつうじてコミュニケーション向上を図り、人との連携をより高度化させていく第2段階。そしてツールの進化に応じて、非定型作業の中から定型化・プロセス化のしやすい領域を特定し、一貫性のあるUI/UXによって効率化をさらに進める第3段階へと、取り組みを徐々にステップアップさせていくことが重要である(下図参照)。
ワークプレイス・ツールの進化に向けたこうした取り組みは、すでに日本でも広まりつつあり、例えば第2段階にある先進企業では、対面ベースの業務や組織リード経由の仕事依頼という既存のやり方を変革し、フルリモートの働き方を前提としたツールの活用・使い分けを実践するケースも見られるようになっている。第4段階まで到達する企業は今のところごくわずかだが、第3段階で先進的な取り組みを進める事例も出始めている。例えばアクセンチュアが支援させていただいたあるケースでは、人が担当する業務をRPAなどの活用をつうじて自動化するだけでなく、ロボットが業務の一部を担い、人はそのサポートと創造的業務に注力するというモデルを掲げ、人とロボットのシームレスな協働を実現している(詳細についてはこちらのウェビナーやブログを参照)。ワークプレイス・ツールの進化による従業員・職場体験の向上がビジネスの結果を大きく左右するという考え方は、今後ますます重要となるだろう。
ここまで3回にわたって、デジタルビジネス加速に向けた次なるステージの組織運営・人材活用というテーマでお話をしてきたが、最後にもう一度強調しておきたいポイントがある。それは包括的なアプローチで取り組みを進めることの重要性である。国内金融機関は既存組織の確実な運営を重視することが多く、新たなプロジェクトの推進や多様な人材活用という面で様々な壁に直面しがちである。こうした状況で改革を部分的に行っても、組織全体の文化や従業員一人一人の意識を変えられない。人材育成のみに注力するのではなく、オペレーションモデルやリソース・シフトのあるべき姿を模索し、業務やそれを支える環境の高度化を同時に進めることが重要となるだろう。従来の発想の枠組みを超えた創造的取り組みが金融ビジネスの成功の鍵を握る今、日本の金融機関にはその源泉となる新たな組織・人材づくりが求められている。
デジタルビジネスを担う人材育成の事例
ここでは、アクセンチュアが支援させていただいたある金融機関を参考事例として紹介する。この金融機関はプロジェクト実行に際し、DXの第一段階として新サービスの開発・立ち上げを行うというミッションを掲げた。この取り組みのユニークな点は、人材育成ではなく、DXによる成功体験の実現を主な目的として考えたことである。デジタルツールの有効性を自社内で検証するという位置づけでプロジェクトを進め、スピード感をもって結果を出すことで、長期的なDXの取り組みに不可欠な推進力を組織に生み出した。また、このフェーズ1の成功でデジタルが金融サービスにもたらすインパクトを証明できたことを受け、次のフェーズではプロジェクトの対象がサービスから事業そのものの立ち上げへとスケールアップされている。
この取り組みがもう1つユニークな点は、サービスの立ち上げをアクセンチュアが主導し、テクノロジー・人材・育成プログラムなどプロジェクトの中核となる多くのコンポーネントを提供したことである。実際に案件を推進し、アクセンチュアの持つ協業・プロジェクト運営のノウハウを伝えることで、取り組みの成功確率を高めただけではない。この経験をつうじて、デジタルビジネスの担い手となれる市場価値の高い人材の育成も実現した。
既存部門が新たなプロジェクトの立ち上げ・遂行と並行して人材育成を進めることは決して容易でない。現業との兼務という形で取り組みを進めると、時間の確保・知見の蓄積という面で大きな制約が生じるだけでなく、担当チームの意識という意味でも本業に引きずられることが多いからである。デジタルトランスフォーメーションを新たなビジネスの創造と人材育成につなげるためには、このケースのように外部企業との連携により別組織を設立して取り組みを進めるというアプローチも有効だろう。
アクセンチュア金融サービス本部では、より早く最新の動向や弊社のインサイトをご紹介するために、金融業界向けの「金融ウェビナー」を継続的に開催している。ウェブを使ったバーチャルな1時間のライブセッションで、パソコンやモバイルから簡単に参加でき、匿名で質問することも可能。詳しくはこちら。
ディスラプションの進行と金融業界に求められる新モデル
変革へのロードマップ(1)オペレーティングモデル・シフト
変革のロードマップ(2)リソース・シフトとワーク・シフト
- 寄稿
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株式会社アクセンチュア新井 英明 氏
金融サービス本部
マネジング・ディレクター
テクノロジーコンサルティング日本統括
- 寄稿
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株式会社アクセンチュア堆 俊介 氏
ビジネスコンサルティング本部
マネジング・ディレクター
コンサルティンググループ