金融商品の契約書作成上の留意点

金融商品の契約書作成上の留意点

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IFRS(国際会計基準)の適用にあたって、契約書作成上最も影響が大きいのはIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」であると思われる。IFRS第15号は、顧客に対して財やサービスを提供して収益を生じさせる契約全般に適用されるため、基本的にはIFRSを適用している全ての企業に関係する。一方で、金融業界においては、他に重要な基準として、IFRS第9号「金融資産」およびIFRS第16号「リース」がある。周知のとおり、IFRSは会計基準であるため、契約書の各条項に直接影響を与える場面はそこまで多くはないものの、本稿ではIFRS第9号、第15号、第16号の適用にあたって、契約書作成の上で留意すべき点につき、いくつかの例を検討したい。

  1. 会計処理では当事者間での取引の意図・効果を適切に反映
  2. リース取引のオンバランス化で財務制限条項に抵触する可能性も

会計処理では当事者間での取引の意図・効果を適切に反映

前述のとおり、IFRS第15号は、原則として顧客に対して財やサービスを提供することにより収益を生じさせる契約全般に適用される。もっとも、この例外として、IFRS第9号の適用範囲に含まれる金融資産やIFRS第16号の適用を受けるリースの対象となる取引に関しては、「顧客との契約から生じる収益」であってもIFRS第9号と第16号が適用される。また、IFRS第16号が適用されるリース取引は、原則としてIFRS第9号の適用対象外とされている。

金融機関においては、一つの取引でパッケージとして複数の契約がなされることが多いと思われる。この点に関連して、例えば、リース取引と併せて役務提供取引がなされるような場合が考えられるが、当該役務提供部分をIFRS第16号の適用対象外として扱う場合には、それぞれの取引に係る条件を契約書上も明確に区分しておくことが望ましい。実務にあたっては、一連の取引に複数のIFRSの基準が適用され得ることを前提とし、各取引に適用される契約条件がクロス・デフォルト条項や表明保証条項なども含めて横断的に整理されていることがより重要になる。

金融商品に限るものではないが、会計処理は取引の経済実態から評価されるため、必ずしも契約書上で一定の条項を手当てすれば足りるというものではない。しかしながら、金融商品は契約によって定義されるものであり、また、金融商品に係る契約書は一般的に詳細な取引条件を規定する傾向にあることから、金融商品に関しては、当事者間の取引における経済的な意図・効果が契約書において適切に反映されていることが重要である。

このような観点から、例えば、IFRS第9号ではデリバティブ金融商品が他の主契約と組み合わさった契約に関しては組込デリバティブとされており、主契約が金融資産でない場合には分離の要否が検討される。この分離の要件の一つに組込デリバティブの経済的特徴およびリスクが主契約の経済的特徴とリスクに密接に関連していないことが挙げられるところ、当該経済的特徴およびリスクに関しては、「契約書上のデリバティブの条件が主契約とどの程度連動するか」といった点をより厳密に規定することが望ましい。

金融商品に関する契約書は複雑な規定が多く、また、細かい条件が多岐にわたるものも多くあるため、関連する規定相互の関係に注意する必要がある。

リース取引のオンバランス化で財務制限条項に抵触する可能性も

IFRS第16号は、2019年1月1日以降に開始する事業年度から適用されており、従来のリース会計基準と比較して、借手と貸手において適用される会計モデルが異なる点が特徴的である。貸手においては、従前と同様にファイナンス・リースおよびオペレーティング・リース分類がなされている。一方で、借手においては、短期リースおよび少額資産のリースを除き、原則として全てのリース取引がオンバランス化されることになっている。

この点に関連しては、ローン契約などにおける財務制限条項に影響を与える可能性がある。すなわち、契約書上で定められた借入人の財政状況につき、リース取引がオンバランス化されることにより資産・負債が増加することで条項に抵触するおそれがあるため、会計基準の変更に関する既存の契約書上の扱いを再確認する必要がある。同様に、現時点でIFRSを採用していない企業との取引であっても、特にIFRSの適用によりオンバランス化されるリース取引が多数あると想定される企業に関しては今後IFRSを適用することとなった場合の財務制限条項の調整方法を検討しておくことが望ましい。

また、IFRS第16号におけるリースの定義においては、資産の使用を指図する権限が資産供給者にある場合には、リースに含まれないこととされている。そのため、IFRS第16号におけるリースとして扱うには、契約書において貸手の権限に関する条項に資産の使用を指図することが含まれていないことを確認しておく必要がある。

このように、IFRSの基準書における各定義に照らし、契約書の規定が対応しているかという観点からの検討が必要となるものと考えられる。

寄稿
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業
アソシエイト
弁護士
溝口 元気 氏
2014年弁護士登録。
プロジェクトファイナンス・投資ファンドを
中心とした金融取引に携わる。
第一東京弁護士会所属。
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