- 犯罪収益移転防止法とは
- 改正犯収法のポイント1 – 「特定取引の追加」
- 改正犯収法のポイント2 – 「計10万円以上で確認」
- 改正犯収法のポイント3 – 「本人確認の厳格化」
- 改正犯収法のポイント4 – 「法人顧客の確認の厳格化」
- まとめ
犯罪収益移転防止法(犯収法)とは
犯罪収益移転防止法
犯罪収益移転防止法とは、犯罪による収益の移転を防止することで、安全な生活と健全な経済を守るために制定された法律である。
犯罪収益移転防止法は、犯罪による収益が組織的な犯罪を助長するために使用されるとともに、犯罪による収益が移転して事業活動に用いられることにより健全な経済活動に重大な悪影響を与えること、及び犯罪による収益の移転がその剝奪や被害の回復に充てることを困難にするものであることから、犯罪による収益の移転の防止を図り、国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与することを目的として制定されたものです。
– 総務省
犯罪収益移転防止法の概要 | 総務省
改正犯罪収益移転防止法(改正犯収法)
一方で、改正犯罪収益移転防止法とは、犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律である。
犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律の概要 | 警視庁
2014年7月に公表された「マネー・ロンダリング対策等に関する懇談会報告書」の、金融機関の取引時確認の具体的内容を受けて2014年11月19日に成立し、2年以内に施行される見通しだ。
金融機関は、これらの改正内容を踏まえ、事務や帳票、システムの見直しをする必要がある。本稿では、改正犯収法のポイントと金融機関が対応する際の留意点に迫る。
改正犯収法のポイント1 – 「特定取引の追加」
改正犯収法の改正で大きなポイントとなるのは「特定取引の追加」だ。
施行令(案)7条1項には、特定取引に「対象取引以外の取引で、疑わしい取引その他の顧客管理を行う上で特別な注意を要するものとして施行規則5条に定めるもの」が追加された。具体的には、施行規則(案)5条に、以下の2項目が追加されている。
- 疑わしい取引
- 同種の取引の態様と著しく異なる態様で行われる取引
疑わしい取引とは
疑わしい取引は、施行令(案)7条1項で以下のように定義されている。
特定業務において収受した財産が犯罪による収益である疑いがあり、又は顧客等が特定業務に関し組織的犯罪処罰法第十条の罪若しくは麻薬特例法第六条の罪に当たる行為を行っている疑いがあると認められる場合
現行法上、既存の特定取引にあたらない取引で、疑わしい取引にあたるものについては、取引時の確認が必要となる。
また、同種の取引の様態と「著しく異なる」か否かを判断するためには、取引金額や取引頻度等について、金融機関が自主的にルールを設ていくことが望ましい。
現行法における取引時の確認
現行法上では、以下の2つの疑いがある場合は、確認済みの確認を利用することはできない。
- 取引の相手方が顧客等になりすましている疑いがある場合
- 取引時確認が行われた際、取引時確認に係る事項を偽っていた疑いがある顧客等である場合
改正犯収法における取引時の確認
一方、改正犯収法では、確認済みの確認を利用できない場合として、上記現行法の2点に加え、以下の2点が挙げられている。
- 疑わしい取引
- 同種の取引の様態と著しく異なる様態で行われる取引
銀行においては、既存預金先の確認として、改正犯収法における上記2点への対応が必要となる。
生命保険会社では、多額の一時払い保険を短期で解約する場合が、上記の「同種の取引の様態と著しく異なる様態で行われる取引」にあたる可能性があるため、注意が必要となる。
改正犯収法のポイント2 – 「計10万円以上で確認」
しきい値のある取引における特例(施行令(案)7条3項)にも注目したい。
- 現金等受払取引
- 預貯金受払取引
- 邦貨と外貨の両替
- 銀行小切手の販売・買取
改正犯収法では、銀行等が上記の取引を、同一顧客との間で、同時に又は連続して行うとき、1回あたりの取引の金額を減少させるために取引の分割が行われていることが一見して明らならば、これらの取引を1つの取引とみなして、施行令(案)7条1の規定を適用する。
例えば、8万円と4万円の振り込みを同時に行うと、7条3項の10万円以上の取引が適用され、確認が必要となる。
改正犯収法のポイント3 – 「本人確認の厳格化」
改正犯収法では、これまでより本人特定事項の確認方法が厳格化される(施行規則(案)6条・7条)。改正後の対面取引における本人確認書類と、本人特定事項の確認方法は、以下の3パターンに分けられる。
[1] 運転免許証、個人番号カード、旅券等の写真付きID
従来と同様、1枚の本人確認書類の提示を受けるのみで、本人特定事項の確認が完了する。
[2] 印鑑証明書、戸籍謄本、住民票の写し
従来と同様、本人確認書類の提示を受けるのみでは、本人特定事項確認が完了しない。
[3] 健康保険証、国民年金手帳
改正犯収法で変更された。1枚の本人確認書類の提示を受けるだけでは本人特定事項の確認が完了しない。これらの提示を受けた場合、上記[2][3]の本人確認書類のいずれかを、追加提示すること等が求められる。
優先される本人確認方法
犯収法の本人特定事項の確認方法では上記3つの方法に序列はないが、番号法上では写真付きIDが優先される。
本人特定事項の確認を完結できないものへの対応
対面時に本人特定事項の確認を完結できないものに関しては、本人確認書類に記載されている顧客の住所宛てに取引関係文書を書留郵便等により転送不要郵便として送付する、顧客から他の本人確認書類や補完書類の送付を受けて、金融機関がこれを確認記録に添付する、等の方法で対応する。
実務への影響
銀行の個人業務については、複数の本人確認の書類チェックや転送不要郵便で送付する等の対応を既に取っているならば、変更は不要である。
保険の個人対面募集については、健康保険証ともう1枚、または保険証券等を転送不要郵便で送付する必要がある。また、2種類の書類が本人確認に必要となるため、取扱者報告書の様式を変更する必要がある。更に、健康保険証のみで取引がスタートし、後にハイリスク取引と分かった場合、2回目の確認ルールを明確にする必要がある。
改正犯収法のポイント4 – 「法人顧客の確認の厳格化」
改正犯収法では、法人顧客の実質的支配者に係る確認の厳格化が求められている。実質的支配者の定義については、資本多数決の原則を取る法人と、それ以外の法人で、それぞれ以下のように定められている。
資本多数決の原則を取る法人における実質的支配者
- 25%超の議決権を直接又は間接に保有している自然人
- 出資・融資・取引その他の関係を通じて法人の事業活動に支配的な影響力を有すると認められる自然人
- 上記2項のいずれもいない場合、法人を代表し業務を執行する自然人
資本多数決の原則を取らない法人における実質的支配者
- 法人の事業から生じる収益・財産総額の25%超の分配を受ける権利を有していると認められる自然人
- 出資、融資、取引その他の関係を通じて法人の事業活動に支配的な影響力を有すると認められる自然人
- 上記2項のいずれもいない場合、法人を代表し業務を遂行する自然人
自然人とみなされる範囲
実質的支配者に係る確認において、自然人とみなされる場合として、国や独立行政法人、地方公共団体、外国政府、上場企業等も含まれるため、注意が必要だ。
実務への影響
実質的支配者の本人特定事項の確認方法は、通常取引では現行どおり。ハイリスク取引で、資本多数決法人の場合は、株主名簿・有価証券報告書等の確認と併せて顧客等の代表者からの申告を受ける方法を取らなくてはならない。また、実質的支配者と顧客との関係を記載するため、確認記録または取扱者報告書の様式変更が必要となる。
まとめ
マネー・ロンダリング対策の強化に向けて、改正犯収法が成立した。安全で健全な社会や経済を作るための取り組みは、今後も進められていくべきである。一方で、各種制度や規制への対応のために、金融機関は常に多くのリソースを割かなければならない。
ポイントを押さえ、適切な対応を取ることで、効率的・効果的なマネー・ロンダリング対策が実現されることを期待する。
- 寄稿
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浅井国際法律事務所浅井 弘章 氏
弁護士