「顧客価値創造を牽引するDX推進の要点」

松丸 剛 氏
特別講演
【講演者】
住信SBIネット銀行株式会社
企画部 部長代理
松丸 剛 氏

<はじめに>

当行は2007年に創業し、現在創業15年目を迎えるネット専業銀行である。現在は創業当初からの事業の柱であるデジタルバンク事業のほか、BaaS事業にも積極的に取り組んでいる。

さて、今回のカンファレンス全体のテーマは、「デジタルを活用したコンタクトセンター改革」と伺っている。それだけに、このセッションを聞かれている方の多くは、自社のコンタクトセンターの現状などに問題意識を持ち、参加されている方だろうと思う。

ところで、そもそもコンタクトセンター改革とはいったい、誰のために行うべきものなのだろうか。その答えを探るべく、今回はコンタクトセンターという視座から一歩引いて、「DXを推進する」という少し大きな視点からそもそもの改革の目的を私なりにひもといてみたい。

その際のキーワードとなるのが、「デジタルとは何か」ということだ。今、さまざまな目的を持ってDXに取り組んでいる方がいることと思う。もともとDXといえば、生産性向上や業務改革のためにデジタル・IT技術を活用するという意味合いが強かったように思う。しかし、こうしたトレンドは現在においては大きく変わった。現在、DXに求められる価値は「顧客価値創造」である。実際、こういった点に主眼を置いてDXを進める企業も珍しくないのではないか。

DXの定義とその周辺概念

さて、「DX推進で何を得られるのか」というイメージを共有するために、ここで一度DXの定義について改めて考えをめぐらせてみよう。「DX」(デジタルトランスフォーメーション)はよく、イノベーションとの関係で語られる。しかし、誰のために、何のためにイノベーションを起こすのかと考えたとき、DXというキーワードだけで物事を捉えるのは不十分だと言わざるを得ない。DXの前段階にあたる、デジタイゼーション、デジタライゼーションといった文脈をも踏まえ、「デジタル化」という事象を考えていく必要がある。

まず、デジタル化というのは、これまで紙で処理していた各種のデータをオンラインでデジタル化するところから始まる。これがデジタイゼーションである。しかし、ピンポイントで業務がデジタル化されたとしても、それぞれの業務がプロセスとして連続的に流れないと業務の効率化、生産性向上につながらない。そこで、いわば「点」と「点」をつなげて線にする「デジタライゼーション」という概念が生まれてくる。

DXが登場するのはさらにその先である。デジタライゼーションの延長線上にはじめて、DXというものが登場することになるのだ。デジタイゼーション、デジタライゼーション、DXは違う概念とも言われることがあるが、非常に密接に関連している概念だと個人的には考えている。というよりは、むしろDXを推進、実現するためにはデジタイゼーションが実現しなければ意味がないし、デジタライゼーションを実現するためには前提としてデジタイゼーションが実現していなければならない。

データがきちんとデジタル化されているのか、そしてデジタル化されたデータが業務プロセスの中で流れるようになっているのか。ここまでの準備が整っていなければ、後続するDXの肝となる部分にはたどりつけない。DXの取り組みを考える上では、上記の視点を忘れないことが重要だ。

DXは決して新しいトレンドではない

実はデジタルトランスフォーメーションという言葉は目新しいものではない。昭和31年度の「経済白書-日本経済の成長と近代化-」の中で、すでにトランスフォーメーションという言葉が「自らを改造する過程」を意味する単語として紹介されている。

また80年代の経営学のストーリーでは、すでに経営の4大資源として「人、物、金」の3資源に加えて、「情報」資源が構成されていた。つまり、今日よく言われるパーソナルデータの重要性や組織変革・業務改革の必要性に、「情報」という経営資源を有効活用する価値に、先人たちはすでに気づいていたということだ。ただ、2022年現在、このトランスフォーメーションの意味合いやデータ活用が話題となり、未だにバズワード化している状況をみるに、それは裏を返せば、こうした取り組みは頭で理解することはたやすくても、実際に実行に移したり、実現させるのが難しいということでもある。

当行の歩み、顧客価値創造を牽引するDX推進の要点

当行はネット専業銀行として、創業時からデジタルバンク事業に取り組んできた。そして、現在ではBaaS事業をデジタルバンクと並ぶ事業の柱に位置づけている。当行において、デジタルバンクからBaaS事業に事業展開を行うのは非常に自然な成り行きであった。両者には「DX」という共通点があるからだ。

ここで、DXを行う目的というのが改めて重要な意味を持ってくる。DXは、究極的には顧客のために行うべきものである。だからこそ、当行はデジタルバンク事業において、新しい顧客価値を作ること――セキュアで利便性が高く、スムーズに体感できることを重視してサービスを設計してきた。

邦銀初のAPI開放に代表される当行の施策は、まさにこうした姿勢の表れにほかならない。さらに、当行のBaaS事業も、顧客目線の取り組みの延長線上にある。顧客目線でどんな金融体験があったらいいかと考えたときに、金融取引ができる銀行アプリがどの取引事業者のアプリ内でも使えたら便利であろうという発想にいきついた。最近の呼び名でいうところのエンベデッド・ファイナンス(埋め込み型金融)である。現在ではこの発想が実現し、非金融事業者であるパートナー企業にAPIを開放し、当該パートナー企業のサービスやアプリ内で利用者が金融サービスも受けられる仕組みを提供している。

当行のDXは顧客価値創造のためにあり、すべての事業がその目的、すなわち、顧客本位の業務運営に向かっている。そして、顧客価値創造を支えるのはデータである。特に、非金融事業者と提携するということは、これまでそれぞれの事業者にとって、専業で事業を行っていた時代には得られなかった新しい顧客接点が生まれることを意味する。ひいては、そこから得たデータをもとに顧客理解を深め、新しい顧客価値を作ることが可能になると考える。

コンタクトセンター改革のあるべき姿

DXを実現するためには、何よりもまず顧客価値創造という改革の目的を理解し、真摯に向き合う必要があると私は考えている。では、コンタクトセンターにおけるDXにおける顧客価値創造の勘所はどこか。その答えは「ロイヤルティ」というキーワードにあると考える。顧客価値創造とは、すなわち顧客のロイヤルティを向上させること、顧客に自社のサービスへの愛着や信頼をもってもらうことにほかならない。

よくCS(カスタマーサティスファクション)という概念も話題にあがるが、顧客の事前期待に着目して応えるだけではロイヤルティ醸成は不可能である。人の心を動かすのは、予想を上回るような驚きだったり、ホスピタリティーある感動体験だったりする。したがって、コンタクトセンター改革に取り組むのであれば、顧客の事前期待以上の水準、すなわち顧客の想像をよい意味で裏切るような体験を提供することを目標にするべきではないだろうか。

具体的に、よい顧客体験を提供するサービスのポイントは、「イージー(Easy)・シンプル(Simple)・ファン(Fun)」という3要素で構成されることを私は様々な場で提唱している。イージーとは、面倒な手続き・操作ではなく、利用が手軽なこと。シンプルとは、複雑な手続きやプランではなく、分かり易いこと。ファンとは、ストレスフルではなく、ポジティブな体験や感動が得られること。これらを具現化する形でサービス・商品の設計を行うことが、ロイヤルティの獲得につながると考えている。コンタクトセンター改革、デジタル化をする際に「何のために」ということが問われている、と冒頭で申し上げたが、その答えは、「ロイヤルティの醸成」という点に尽きる。顧客と向き合うことこそが重要であるから、顧客と直接接するコンタクトセンターはDXを推進する上で肝になる組織であると私はみている。

たとえばコンタクトセンターであれば、VOC(お客様の声)という形で、データが集まる。それらのデータを分析し、改善施策に展開する。そして、その成果を顧客に評価してもらい、さらなる改善につなげる、というスパイラルアップサイクルを確りと機能させることが改革のあるべき姿であり、DX推進の重要な機構といえるだろう。

<最後に>

DXは顧客価値創造のためにあるべきものである、と私は考えている。これからも初心を忘れず、さまざまな業種の方との提携を通じて顧客価値の創造に邁進していきたい。