「M&A後の企業価値向上のためのファイナンス部門の機能刷新・DX」

尾形 圭一 氏
特別講演
【講演者】
ウェンディーズ・ジャパン株式会社/ファーストキッチン株式会社
取締役CFO 最高財務責任者
尾形 圭一 氏

<はじめに>

私はこれまで数々の企業のM&Aに携わり、買収後のバリューアップのコンサルティングなどを行ってきた。現在はハンバーガーチェーンであるウェンディーズ・ジャパンとファーストキッチンにおいて、CFOとしてバイアウトファンドを連携しながらバリューアップを推進している。M&Aは今や多くの企業にとって身近なものになった。これを読んでいる中にもM&Aと関わったことがある方がいるのではないか。しかし、実際のところ、すべてのM&Aがうまくいくわけではない。M&Aがなかなかうまくいかないと悩まれている方は多いのではないかと思う。

M&Aを成功させるためには、買収後、対象会社を買ったときの価格よりも対象会社のキャッシュフローの総和を大きくすることが不可欠だ。そして、対象会社のキャッシュフローを最大化するためには、買収後に対象会社を全社的にトランスフォーメーションする必要がある。なかでもファイナンスコントロールの強化は必須であり、それはファイナンス部門がリードするべき領域である。また、対象会社を変革していく上で現在DXが欠かせないものになりつつあるが、それを推進する際には業務の仕組みや社員の意識を変えるという覚悟で取り組む必要がある。

今回はM&Aを成功させるためにするべきこと、M&Aにおいてファイナンス部門やDXが果たすべき役割についてお話しできればと考えている。

<買収後に最低限取り組まなければならないこと>

買収を成功させるためには、買収価格以上に対象会社のキャッシュフローを生んでいかなければならない。対象会社の企業価値は、フリーキャッシュフローの総和で決まる、この価値を買収価格以上にしていかなければ、いわゆるのれんの減損という形で巨額の損失を生んでしまうことになる。では、どうすれば対象会社に対して十分なキャッシュフローを生ませることができるのか。ここで参考になるのが、日本で一番M&Aがうまい会社ともいわれる日本電産の手法である。

日本電産の永守会長によれば、買収前においては改善余地が大きい会社を選ぶこと、買収価格を低く抑えることが大切だという。また、買収後については、組織の中で財布や意思決定権をしっかりコントロールしつつ、オペレーションを改善して利益を上げていくことが重要だ。こうした日本電産の事例から、買収後に我々がやるべきことが見えてくる。つまり、買収後に対象会社の財布や意思決定権を握るということだ。そのためには、強いCFOを対象会社に送り込み、決裁権限規定を変えるなどしてすべての意思決定に自社出身のCFOが関与する体制を作り上げなければならない。

<企業価値向上におけるファイナンス部門の役割>

ファイナンス部門、経理経営企画は社内に存在する各部門の中でも一番数字に強い部門である。M&A後のPMIはキャッシュフローを生む数字で管理していくという性格が非常に強い。したがって、ファイナンス部門としてはPMIのタスクをリードし、対象会社のファイナンスコントロールを強化していく必要がある。ファイナンスコントロールとは、PL/BS/CFをコントロールして企業価値をマネジメントすることを指す。

そして、M&A成功のポイントは、対象会社におけるファイナンスコントロールの機能を強化していき、キャッシュフローを生ませていくことだ。そのためにもファイナンス部門は従来の経理的な機能、経営企画的な機能にとどまらず、ファイナンスコントロールによってキャッシュフローおよび企業価値の最大化を実現できる組織へと変わっていかなければならない。

<ファイナンスコントロール強化の取り組みにおける3ステップ>

キャッシュフローを生んでいくためのファイナンスコントロール強化の試みは、DXによる既存業務の効率化、ファイナンスコントロールの強化、ファイナンスコントロールを通じた企業価値の向上という3つのステップに分けられる。

ここで、まず取り組むべきなのが第1ステップ、DXによる既存業務の効率化だ。特に、定型業務はDXによる効率化の余地が大きいところであるので、これからファイナンスコントロールに取り組みたいという方はここから手をつけることをおすすめしたい。DXでは業務効率化、さらにはデータ活用による意思決定の高度化を通してビジネスモデルの変革をなしとげることを最終目標にする。もっともファーストステップとしては、各種SaaSを導入して既存業務を効率化するところから始めるのが現実的だろう。弊社の場合、税務申告、経費の仕訳入力、店舗の業績管理、マネジメントレポーティング、意思決定の5つの領域でDXを進めた。その結果、既存業務が大幅に効率化され、さらに電子稟議を導入したことで意思決定も速くなるというプラスの変化を社内にもたらすことができた。現在は請求書の仕訳などの業務でもDXを進めているところだ。

第1ステップで業務効率化を進めると、人的リソース、時間的リソースが生まれてくる。こうしてDXによって生まれたリソースを使って第2ステップであるファイナンスコントロールを強化、さらに第3ステップである企業価値の向上につなげていく、というのがファイナンスコントロールを成功させるためのポイントだ。

<ファイナンスコントロールを実現するための具体的施策>

ファイナンスコントロールでは、財務諸表のコントロールをしっかり行っていく必要がある。具体的な施策としては、きめ細やかに設定したKPIをもとにPDCAサイクルを回し、予実管理を強化していくことが重要だ。また、コントロールする上では決裁権限規定の改定も重要なポイントになる。たとえば、弊社ではすべての支出案件にCFOが関与するという仕組みを導入し、コストコントロールを強化している。さらに、現状のコスト構造を踏まえた改善案の策定・実施、資本コストや運転資金の管理もファイナンスコントロールを強化し、キャッシュフローを生み出しやすい体制を作るためには必要だ。

<DXの成否の分水嶺>

ファイナンスコントロールの第一歩として、DXの必要性について説明した。ここで、DXを成功させるためのポイントについて解説できればと思う。

ワークマンという会社がある。この会社のおもしろいところは、会社の専務自らが「自分たちがトランスフォーメーションできていれば、デジタルにこだわる必要はない」と言い切っているところだ。実際、ワークマンでは高度なシステムを導入することなく、エクセルベースで業績管理を行って、しっかり業績を上げている。

この事例からいえることは、DXを成功させるためには、ただ単にシステムを導入するだけでは足りないということだ。「デジタルトランスフォーメーション」というバズワードに感化されて、システムやSaaSを入れて満足してしまうとDXは失敗する。DXを成功させるためには、自分たちの頭で導入の必要性やDXの必要な領域を考え、業務プロセスや社員の意識を変革していく姿勢が求められるのである。

<まとめ>

M&Aを成功させるためには、買収価格以上に対象会社のキャッシュフローを生んでいかなければならない。そのためにもファイナンス部門がリードする形でファイナンスコントロールを進め、対象会社の変革を進めていくことが重要だ。ファイナンスコントロールを強化するためには、ファイナンス面のDXを推進し、業務改革を進めることが鍵となる。