相続法とは
相続法とは、民法第5編の「相続」で規定されている条文の総称であり、「総則」「相続」「遺言」「遺留分」の4つを柱として組み立てられている。相続に関する紛争は、この相続法に従い処理される。
相続法 / 法定相続人
“相続法”と名のつく法律は存在しませんが、私たちの日常生活に関わりの深い法律、民法第5編【相続】で規定されている条文を総称して“相続法”と呼んでいます。
相続においては、財産を残す者(被相続人)、被相続人が残した財産を承継する者(相続人)の2つの立場がありますが、人としてこの世に生を受けた以上、誰もがいつかは必ず、この問題に直面することになります。
しかし、不労所得(働くことなくタダで手に入る所得)としての性格を持つ遺産は、時として、仲の良かった家族をも崩壊させるトラブルへと発展してしまうケースが少なくありません。
そこで、相続法は人の死亡に伴う財産承継に関する基本法として、とても重要な役目を果たすことになります。つまり、相続紛争が生じた際は、この相続法で定めた規定を基準に紛争処理に当たるということです。
相続法は、民法第882~1044条に収められていますが、「総則」「相続」「遺言」「遺留分」の4つを柱として組み立てられています。
– 実践!相続マニュアル
相続法 / 法定相続人
相続法改正が法務省で議論されている
相続法は、金融機関にとっても縁が深い法律だと思われる。預金業務において、相続預金の取り扱いは日常的に生じる問題だし、それ以外にも、信託銀行では、遺言信託や遺産整理業務を取り扱ったり、銀行本体でも、当該業務の媒介業務を取り扱ったりする例は多い。
そんな相続法について、現在、改正が議論されている。現在、法務省の法制審議会(民法(相続関係)部会)において相続法改正が議論されており、直近では、2016年6月に、「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案」が公表され、その後も議論が続けられている。
相続法改正で検討されている項目
「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案のたたき台」では、相続法改正として、以下のような点が検討項目として掲げられている。
配偶者の居住権を保護するための方策
- 短期居住権の新設
- 長期居住権の新設
遺産分割に関する見直し
- 配偶者の相続分の見直し
- 可分債権の遺産分割における取扱いの見直し
遺言制度に関する見直し
- 自筆証書遺言の方式緩和
- 自筆証書遺言の保管制度の創設(遺言保管機関を設ける)
遺留分制度に関する見直し
相続人以外の者の貢献を考慮するための方策
現在の相続法の問題点
相続法が改正されれば、金融機関も実務上対応が必要になる項目が多い。中でも、特に「可分債権の遺産分割における取扱い」は、預金業務に大きな影響を与えることが予測される。預金の遺産分割における取扱いは、平成28年12月19日に最高裁において判例変更がなされたが、以下ではこの点に関する議論を紹介する。
金融機関にとっての相続預金の考え方と二重払いのリスク
従来の判例では、預金は、預金者に相続が生じた場合、相続の開始により法律上当然にその債権が分割され、各相続人が相続分に応じて預金債権を承継すると考えられていた。
この結果、相続が生じた場合、各相続人は金融機関に対して各自が相続分に応じて預金の払い戻しを請求することができると考えられていた。
しかし、これは金融機関にとってリスクがあった。金融機関としては、金融機関自らが、誰が相続人であり、誰がいくらの相続分を有するかを判断しなければならず、二重払いのリスクがあるからであった。
たとえば、相続人間で遺言の存在や有効性に争いがあるケースや、預金を含めて遺産分割協議が成立する可能性があるケースなどでは、遺言の有効性や遺産分割協議の成立の有無により、預金の取得者が変わる。
これらは金融機関が知りえない事情を数多く含むが、金融機関がこれを確認・判断しなければならない。
もちろん、結果的に過誤払いになったとしても、準占有者弁済として金融機関が免責されるケースは多いと思われるが、免責が認められるためには、法律上、金融機関が善意無過失であることが要件となっているため、善意無過失であるとは認められない場合には免責とはならず、二重払いしなければならないリスクも否定できなかった。
このような事情もあり、かねてより金融機関は、相続預金の払戻しにあたっては、原則として相続人全員の同意を得たうえで預金の払戻しに応じるとしてきた。
そして、例外的に相続人全員の同意を得られない場合には、一部の相続人からの相続分に応じた払い戻しに応じていた。
相続人にとっての相続預金の問題
従来の判例の考え方は、相続人にとっても必ずしも望ましいとは言えなかった。
相続が生じた場合、誰がどの遺産を取得するかについては、相続人間で遺産分割協議を行う必要があることが原則だ。
しかし、上記のとおり、預金は法律上当然に分割されると考えられていたため、実務上、預金については、原則として遺産分割の対象から外され、相続人全員の合意がある場合に限り、遺産分割の対象となるという取り扱いがなされていた。
これは、一般的な感覚からずれていたし、国債や投資信託といった他の金融商品との辻褄も合わなかった。
また、預金を遺産分割において対象とすることができないため、遺産分割において柔軟な調整が難しくなる場合もあった。
寄与分や特別受益があるケース
相続人にとってより深刻なのは、寄与分や特別受益があるケースだった。
たとえば、相続財産として預金のみがあり、相続人間で預金を遺産分割の対象とすることの合意ができない場合、仮に相続人の一人のみが被相続人の療養看護をして寄与分が認められるとしても、寄与分に応じて相続預金の分割をすることはできなかった。
特別受益がある場合も同様だった。たとえば、相続分の前渡しとして一部の相続人にのみ生前贈与を行っている場合でも、預金が遺産分割対象から外されてしまうと、特別受益を加味した相続預金の分割を行うことができなかった。
以上のように、従来の相続預金の考え方は、いろいろな面で問題があると考えられていた。
相続法改正による改善と考え方
以上の相続法の問題点を受け、相続法改正では以下のような考え方が提案されている。
相続法改正のポイント
- 預貯金債権等の可分債権を遺産分割の対象に含めるものとする。
- (甲案)相続の開始により可分債権は法定相続分に応じて分割承継され、各相続人は、原則として、遺産分割前でも、分割された債権を行使することができるものとする。
(乙案)相続人は、遺産分割が終了するまでの間は、相続人全員の同意がある場 合を除き、原則として、可分債権を行使することができないものとする。 - 遺産分割において各相続人の具体的相続分を算定する際には、可分債権の相続開始時の金額を相続財産の額に含めるものとする。
- 相続開始後遺産分割終了時までの間に、可分債権について弁済を受けた相続人については、その取得した金額を具体的相続分から控除するものとする。
- 相続人が遺産分割前に弁済を受けた額がその具体的相続分を超過する場合には、遺産分割において、その超過額につきその相続人に金銭支払債務を負担させるものとする。
上記①により、預金は遺産分割の対象となり、上記③により、預金が具体的相続分算定の際の相続財産の額に含まれるので、特別受益や寄与分の計算において、預金を相続財産の額に含めて計算することになる。
遺産分割前の払戻しについて
遺産分割が終了するまで、各相続人が相続預金の払戻しが一切できないとするかどうかについては、上記②のとおり現在でも見解が分かれている。
相続預金の払い戻しが一切できないとなると、葬儀費用の支弁その他、相続人の便宜に沿わないこともあることから、上記②の乙案によっても、例外的に預金債権の行使を認める制度(仮払制度)が検討されている。
なお、遺産分割前に払戻しをした場合、最終的な具体的相続分との間で調整が必要なため、上記④、上記⑤のように、払戻し分を具体的相続分から控除したり、払戻し分の方が多い場合には当該相続人に返還させたりするものとしている。
その他
また、上記の他にも、遺産分割協議が成立した場合や、遺言がある場合における、金融機関の免責を認める方策も考えられている。
まとめ
2016年12月19日、最高裁において従来の判例を変更し、預貯金債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象になると判断された。
相続法改正における議論は、これまで預金が可分債権であるという前提のもとになされていたが、判例変更により、大幅な見直しを迫られることになる。
ただし、新たな判例のもとでも、相続開始後に預金の払戻しがなされた場合の遺産分割における処理方法、相続預金の払戻しが必要な場合の制度設計などについては、引き続き相続法改正の議論が必要と思われる。
相続法改正の議論は、今後も法制審議会で積み重ねられるだろう。実際の相続法改正はまだ少し先のことだ。しかし、金融機関の実務において重要な影響を与える問題なため、事前に情報を集めておくと良いだろう。
- 寄稿
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本橋総合法律事務所篠田 大地 氏
弁護士