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弁護士が解説する消費者向け遺伝子検査ビジネスの問題と各種規制

自宅で採取した唾液等を送付することで、病院に行くことなく手軽に自分の遺伝子情報を知ることができる消費者向けの遺伝子検査。遺伝子と病気や体質との関係が徐々に解明されていく中、その手軽さから急激に人気を集めている。本稿では、このような消費者向け遺伝子検査ビジネスを取り巻く状況とその法的問題点について解説する。

弁護士が解説する消費者向け遺伝子検査ビジネスの問題と各種規制
  1. 消費者向け遺伝子検査ビジネスとは
  2. 消費者向け遺伝子検査ビジネスへの期待
  3. 消費者向け遺伝子検査ビジネスを取り巻く問題と各種規制
  4. 医行為該当性の問題
※なお、医師を介さない遺伝子検査サービスについて、統一された概念や呼び方があるわけではないが、本稿においては厚生労働省が中心となって行われているゲノム情報を用いた医療等の実用化に向けた検討を参考とし、そこにおいて用いられている「消費者向け遺伝子検査ビジネス」という用語を使用する(ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース)。

消費者向け遺伝子検査ビジネスとは

消費者向け遺伝子検査ビジネスとは

消費者向け遺伝子検査ビジネスとは、以下のような性質を持つサービスである。ポイントは、あくまで疾病の診断や治療等を行うのではなく、個々人が持つ体質等について利用者に気づきを与え、利用者自らの行動変容を促すサービスである、という点にある。

  • 消費者自らが検体を採取し、消費者に直接結果が返されるもの
  • 統計データに基づき、疾患の罹患リスクや体質等を示すもの
  • 疾病の診断や治療・投薬の方針決定を目的とした医療分野の検査とは異なり、利用者に気づきを与え、利用者自らの行動変容を促すサービス

具体的な実用例

具体的には、以下のような利用例が挙げられる。

  • 疾患リスクに合わせ健康支援のアドバイスを実施するプログラム
  • 太りやすさの体質に合わせたダイエットプログラム
  • 肌質に合わせた化粧品の提案

また、その他にも、喫煙や食生活、運動などの生活習慣の改善にも遺伝子検査が利用されており、様々な種類の遺伝子検査が、多様な目的に利用され始めていることが分かる。

消費者向け遺伝子検査ビジネスへの期待

消費者向け遺伝子検査ビジネスへの期待

「未病」の時代

近年、「未病」という言葉を耳にする機会が増えてきた。未病とは、健康と病気を「二律背反」の概念で捉えるのではなく、心身の状態は健康と病気の間を連続的に変化するものとして捉え、この全ての変化の過程を表す概念とされる。

健康・医療戦略」(平成26年7 月22日)閣議決定参照。

日本は、現在人口の約4分の1を高齢者が占める超高齢社会になっているが、この先さらに高齢化が進み、今以上に高齢者が病院に行くような状況になれば、医療費はかさみ、日本の社会システムは崩壊すると言われている。

そのような中で、「未病」の状態を把握し、改善することで、心身全体をより健康な状態に近づけようという考え方が注目されるようになってきている。

未病と遺伝子検査

未病の状態を把握する手段として脚光を浴びているのが遺伝子検査である。ゲノムという言葉が知られるようになって久しいが、近年、個人のゲノム情報に基づいて、個々人の体質や病状に適した疾病の診断、治療、予防が可能となる「ゲノム医療」への期待が高まっている。

そのような流れの中で、病院に行くことなく、家庭で唾液等を採取して送付することで、手軽に検査を受けることができる、いわゆる消費者向けの遺伝子検査の存在感が増している。

遺伝子の注目度が高まっていることと検査の手軽さから人気は上昇しており、テレビでも多く取り上げられ、自治体がそのような消費者向け遺伝子検査に補助金を出す例も出てきている。

遺伝子検査への期待

遺伝子検査は、検査を受けた個人が自らの情報を知ることができるということ以外にも、様々な可能性を秘めているとされる。

例えば、疾患リスクや体質と遺伝子との関連について知見の蓄積が進むことで、社会全体の生活習慣改善や健康増進に向けた道筋が見える可能性、あるいは収集したゲノム情報等を利用した創薬研究等の新たな価値の創出に繋がる可能性などが指摘されている。

消費者向け遺伝子検査ビジネスを取り巻く問題と各種規制

消費者向け遺伝子検査ビジネスを取り巻く問題と各種規制

このような消費者向け遺伝子検査ビジネスであるが、安全や質の確保、個人情報保護や倫理面の問題など様々な課題が指摘されている。

現在急激に成長している分野であるため、消費者向け遺伝子検査ビジネスに対する法規制は整備途上という面があるが、様々な角度から法的な規制があることから少し整理してみたいと思う。

品質や精度の確保

まず懸念されるのは、検査の品質や精度が確保されるのかという点である。この点については、現時点で遺伝子検査を対象とする基準等の法整備はほとんどなされていないが、経済産業省によって、検査の精度管理等の技術的課題への対応も含めた事業者の遵守事項について「遺伝子検査ビジネス実施事業者の遵守事項 」が示されている。

個人情報の保護

次に、ゲノム情報の取扱という点では個人情報保護法との関連が重要である。現行の個人情報保護法においては、利用目的の特定、安全管理措置の実施、本人の同意を得ない第三者提供の原則禁止等が定められており、検査を実施する事業者はこれらの遵守が求められる。また、改正個人情報保護法との関係については、前出の厚生労働省の検討会において、ゲノムデータ等の位置づけや今後の課題等について検討が行われているところである。

個人情報保護との関連では、その他にインフォームドコンセント等の問題もあるが、この点は遺伝子情報特有の問題に焦点を絞った「個人遺伝情報保護ガイドライン」等が制定されている。

医療との関係

上記2つは、消費者向け遺伝子検査ビジネスを実施する際に、遵守すべき事項として重要であるが、ある消費者向け遺伝子検査ビジネスを現行法上適法に行うことができるかの観点からは、医師法との関係が最も重要となる。消費者向け遺伝子検査ビジネスは、医療機関に行かず自宅で気軽に検査を受けたいという消費者のニーズに対応したものであるが、医師法の規制との関係で、医師を介さずに実施できる検査には一定の限界がある。

以下では、医師法の規制を概観した上で消費者向け遺伝子検査ビジネスはどのような制約を受けるのかについて解説する。

医行為該当性の問題

医行為該当性の問題

医師以外による医行為の禁止

まずは医師法による規制の内容を見てみたい。

医師法第17条は、「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めており、医師でない者が医業(医行為)を行うことを禁じており、「診断」も医師以外の者が行うことは許されない 。それではどのような場合に「診断」にあたるのか。

医師以外の者が「医業」を行った場合には、3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金、又はこれらの併科となる(31条1項1号、17条)。

診察、検査等により得られた患者の様々な情報を、確立された医学的法則に当てはめ、疾患の名称、原因、現在の病状、今後の病状の予測、治療方針等について判断を行い、患者に伝達することは「診断」に該当するとされている。

例えば、血液検査を例にとると、採取された血液について検査を行い、その結果内容を判定するのみであれば「医行為」に該当しないが、直接採血をして血液検査の結果に基づいてその病名を判断する場合には医行為に該当すると解されている。

「診療所開設許可に関する疑義について」(昭和23年8月12日、医第312号、千葉県衛生部長あて厚生省医務局医務課長回答)

このような観点から考えると、遺伝子検査ビジネスにおいては、遺伝子情報を解析し、疾病に関する判断をすることが「診断」、すなわち医行為に該当する可能性があるが、実際には疾病に関する一定の情報を提供することが「診断」に該当するか等が問題となる。

医行為に該当する場合、上述のとおり医師以外の者がこれを行うことは禁止されている。もっとも、医師が診断を行うビジネススキームを採用すれば全て問題が解決するというわけでもない。

無診察診断の禁止

医師法第20条は、医師が診察を行わないで診断をすることを禁じている。そのため、「診断」が行われる消費者向け遺伝子検査ビジネスにおいて医師法を遵守するためには、医師が「診断」を行うだけでは足りず、「診察」をも行うことが必要となる。

このような規制との関係でも、医師との対面での結果交付がない消費者向け遺伝子検査ビジネスは、それが診断にあたる場合、医師法違反の可能性が出てくるのである。

消費者向け遺伝子検査ビジネスは医行為にあたるのか

現在広く行われている消費者向け遺伝子検査ビジネスは医行為にあたらないのか。消費者向け遺伝子検査ビジネスにおいて、どこまでが診断、つまり医行為にあたり、どこからがあたらないのかという判断は実はかなり難しい。

この点について、前出の厚生労働省の検討会資料において、消費者向け遺伝子検査ビジネスと診断(医行為)との関係について、一定の見解が出されていることから、まずは当該見解をご紹介したい。

厚生労働省の見解

厚生労働省の検討会内における「消費者遺伝子検査ビジネス」の資料によると、消費者の遺伝子型とともに疾患リスク情報を提供する消費者向け遺伝子検査ビジネスにおいて、以下2つの要件を満たす場合、「診断」を行っていないとされている。

  • 遺伝子要因だけでなく、環境要因が疾患の発症に大きく関わる「多因子疾患」のみを対象
  • 統計データと検査結果とを比較しているにすぎない場合

一方、消費者個人を特定して疾患リスクを予測・判断する行為は、「診断」であり、医行為に該当するとされている。

多因子疾患・・・遺伝要因だけでなく、環境要因(生活習慣、放射線や化学物質汚染等)が疾患の発症に大きく関わる疾患をいうとされる。

このような多因子疾患のみを対象とし、単一遺伝子疾患を対象とする場合を除外しているのは、単一遺伝子疾患については、遺伝子の解析結果が病気の判定に直結することから、「診断」にあたらないという整理が極めて難しいためではないかと推測される。

ただし、この資料においては、上記2要件を満たす場合に医行為に該当しないことが示されているが、それ以外の場合(もちろん「消費者個人を特定して疾患リスクを予測・判断する行為」は除く)についての明確な見解は出されていない。

そのため、上記2要件を満たさない場合に必ず医行為に該当するとされるわけではなく、そのような場合において、医行為に該当するか否かは個別の判断になる。

注意しなければならないのは、上記見解はあくまで厚生労働省としての整理を示したものに過ぎず、法的な拘束力を有するものではないという点である(すなわち、裁判所において異なる解釈が示される可能性がある。)。

しかしながら、実務上は、上記2要件を満たす消費者向け遺伝子検査ビジネスとすることで、医師法違反を問われる法的リスクは大幅に低減されることになると考えられる。

その一方、上記の厚生労働省の見解は範囲が限定されていることから、もう少し広い範囲でビジネスを展開したい場合もあるだろう。そのような場合には、経済産業省が実施するグレーゾーン解消制度を利用することも検討に値する。

グレーゾーン解消制度・・・事業者が、現行の規制の適用範囲が不明確な場合において、具体的な事業計画に即して、あらかじめ規制の適用の有無を確認するための制度である。

なお、遺伝子検査分野は日々進歩していることから、今後、遺伝子検査の精度が上がることにより、結論が変わりうる点にも注意が必要である。

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橋本 小智 氏 【 寄稿 】
大江橋法律事務所
弁護士

橋本 小智 氏

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