5分でわかる「テロ等準備罪と金融機関への影響」

5分でわかる「テロ等準備罪と金融機関への影響」

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平成29年7月11日、テロ等準備罪を新設する改正組織犯罪処罰法が施行された。これを受けて発効したTOC条約により多くの国々が日本に捜査共助の要請を行うことが予想され、金融機関の対応も必要となるだろう。本稿ではテロ等準備罪の構成要件などの概要から、金融機関への影響まで、弁護士がわかりやすく解説する。

  1. テロ等準備罪の施行
  2. テロ等準備罪とは
  3. テロ等準備罪が金融機関に与える影響

テロ等準備罪の施行

犯罪を計画段階で処罰する「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法が平成29年6月16日に成立し、同年7月11日に施行された。

テロ等準備罪等が新設されたことを受けて、各国と組織犯罪の捜査情報を円滑に共有できる国際組織犯罪防止条約(正式名:国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約、以下、「TOC条約」)を含む4つの国連条約を締結することが可能となり、平成29年7月11日、政府は、これら条約を締結した。なお、締結によりこれら条約の効力が発生するのは平成29年8月10日となる。

なお、政府によれば、TOC条約は、テロを含む組織犯罪を未然に防止し、これと戦うための条約であり、既に187の国や地域が締結しているが、国連加盟国(193か国)で未締結の国は、平成29年6月現在、我が国を含めて11か国のみであると指摘されていた。

また、警察庁は全国の警察本部に適切な運用を求める通達を発令し、また法務省も、全国の検察庁に、改正法の趣旨、内容等を踏まえた適切な運用を求める通達を発出している。

テロ等準備罪とは

テロ等準備罪とは

テロ等準備罪の構成要件は下図のとおりである。

図1

テロ等準備罪とは、簡易にいえば、①「組織的犯罪集団」が、②2人以上で重大犯罪を「計画」し、③少なくとも1人が計画に基づき実行準備行為を行うことで成立する。ここで、テロ等準備罪の成立には、3つ要件が必要であることが分かるが、政府による各要件の説明は下図のア~クの通りである。

図2

政府は、以前3度廃案になった共謀罪とは異なり、テロ等準備罪においては、(1)犯罪の主体を組織的犯罪集団に限定することを明文で規定し、(2)対象犯罪を限定的に列挙して範囲を明確にし、(3)計画行為に加えて実行準備行為が行われたときに初めて処罰されることとしており、これらの3点が主要な違いであると説明している。

テロ等準備罪が金融機関に与える影響

テロ等準備罪が金融機関に与える影響

はじめに

上記のとおり、テロ等準備罪の成立に伴い、我が国は、今般TOC条約を締結するに至ったものである。

TOC条約とは、国際的な組織犯罪を防止し、これに対抗するために、①組織的な犯罪集団への参加、マネー・ローンダリング及び腐敗行為等の犯罪化のほか、②犯罪収益の没収、③組織犯罪に関する犯罪人の引渡し及び ④捜査共助等について定めた条約である。

今後、TOC条約の締結により、多くの国々が我が国に対して捜査共助の要請を行うことが予想され、それに伴う我が国の金融機関への影響等について検討していく。

捜査共助とは何か

捜査共助とは、ある国の捜査機関が外国にある証拠を収集する場合、主権の関係上自ら外国で捜査を行うことができないため、その国に対して刑事事件の捜査に必要な証拠の提供を要請することをいう。

この捜査共助の方法の1つに、相手国との間で、捜査共助に関する刑事共助条約や協定を締結し、相互に捜査共助の窓口となる「中央当局」を設置することで、中央当局同士で捜査共助の要請をする方法がある(中央当局制度)。

この方法によれば、締結国が自国の捜査機関を中央当局に指定することによって、各国の外務当局を通すことなく、各国の捜査機関同士で捜査共助の要請を行うことができる。

我が国は、これまでに、アメリカ、韓国、中国、香港、ロシア及びEUとの間で、捜査共助に関する刑事共助条約・協定を締結し、互いに指定した中央当局との間で捜査共助の要請を行ってきた。

一方で、捜査共助に関する条約や協定を締結していない国々との間では、我が国は、我が国の捜査機関から、相互の外務当局を通じて、相手国の捜査機関に対して捜査共助の要請を行っている(外交ルート)。

しかし、この「外交ルート」の場合、外務当局が介在するため、捜査共助の結果が得られるのに時間を要する上、捜査共助の要請が拒否されてもこれを制裁する規定がないため、捜査共助の要請を拒否された場合、証拠の収集が進まず、捜査が暗礁に乗り上げてしまう可能性があるという問題点があったことは否定できない。

我が国は、アメリカなど限られた国や地域との間でしか捜査共助に関する条約・協定を締結していなかったために、締結国以外の国々との間で犯罪捜査の協力を行うことが必要となった場合、原則として外交ルートによらざるを得ず、必ずしも効率的で実効的な捜査共助が行われていたとはいえなかった。

TOC条約で何が変わったか?

そのような中、TOC条約の締結により、我が国は、同条約を未だに締結していないイラン、ソマリアなどの10か国を除き、世界187か国との間で中央当局制度による捜査共助を行うことが可能となった。

さらに、TOC条約では、捜査共助の要請を拒否した締結国は、拒否の理由を明示しなければならないと規定されているため(TOC条約第18条第23項)、捜査共助の要請を受けた締結国は、事実上、捜査共助の要請を拒否しにくくなったといえる。

すなわち、我が国は、TOC条約を締結したことで、従前より効率的で実効性のある捜査共助を要請することが可能になったといえるであろう。

我が国の金融機関に求められる対応

それと同時に、今後、我が国においても、他の締結国からの捜査共助の要請に対する十分な対応を行うことが求められるようになったといえる。

TOC条約によれば、他の締結国からの捜査共助の要請に基づき我が国で捜査を行う場合は、我が国の国内法に従って捜査を実施することとされている(TOC条約第18条第17項)。

すなわち、他の国から捜査共助の要請があった場合、我が国の刑事訴訟法等の手続法に則って捜査が行われることになるが、この点は、TOC条約締結の前後でも変わらず、金融機関が行うべき対応に現時点で劇的な質的な変化が生じたわけではない。

ただし、今後、多くの国々からの捜査共助の要請が増えることが見込まれ、それに伴い、我が国の捜査機関から我が国の金融機関に対する捜査協力の要請も増加することが考えられる。

たとえば、他国からの捜査共助の要請を受けて我が国の警察が行っていた銀行口座照会の数は、今後さらに増えるものと思われる。

この警察からの口座照会は、一般的に、捜査関係事項照会と呼ばれる方法によって行われることが多いものの、この方法は任意の回答を求めるにすぎないため、金融機関が業務又は顧客情報管理上の秘密保持を理由として回答を拒否した場合、捜索差押等の強制捜査が実施される可能性はあるものの、回答を拒否した金融機関に罰則が科されることはなかった。

ところが、TOC条約は、締結国が銀行による秘密保持を理由として捜査共助の要請を拒否することを認めておらず(TOC条約第18条第8項)、同条項の実効性を図るために、今後金融機関の秘密保持等を理由とした回答拒否に対する国内法に罰則規定が設けられる可能性も否定できない。

現時点においては、秘密保持を理由とした照会拒否についての罰則は設けられていないものの、このような可能性には十分に留意する必要がある。

さいごに

TOC条約の締結国には、条約を実施するための国内法の整備など様々な対応が求められているが、法整備が遅延又は実施されない場合、国際社会から、国際的な組織犯罪防止に対する姿勢が疑問視され、国際金融活動への支障が懸念されるため、今後、我が国において、TOC条約実施のための法整備が進められ、金融機関に対する義務や義務違反に対する罰則が規定される可能性がある。

我が国の金融機関においては、こうしたTOC条約の内容を十分に理解した上で、法整備の状況をキャッチアップしていくことが必要になっていくと思われる。

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