「働き方改革」とは
昨今、「働き方改革」というテーマが頻繁にメディア等で取り上げられ、人々の目にするところとなっている。この「働き方改革」という言葉は、狭くは長時間労働の是正や正規・非正規社員の格差是正の取り組みを示す場合もあれば、これに柔軟な働き方を可能とする環境整備やダイバーシティーの実現が加わったり、改革を実現するための事業戦略・組織戦略・人事管理戦略の見直しを含んだり、さらには、労働生産性向上のためのICT(情報通信技術)やAI(人口知能)の導入施策まで含める場合もあるなど、かなり広範かつ多様な意味を持つ用語として使われている。
そのため“「働き方改革」って一体なに?”、“どこまでが「働き方改革」なの?”という疑問を持っている方も多いのではないかと推測するが、それは「働き方改革」という言葉が様々な場面で様々な使われ方・捉えられ方をされているからであろう。
このように「働き方改革」という言葉が広範かつ多様な意味を有する以上、「働き方改革」とは何か、という問いに一言で答えるのは難しいし、その輪郭を捉えること自体はそれほど実益がないようにも思う。
他方で、企業に雇用され働く側として、あるいは従業員を雇用する立場の経営者として、「働き方改革」との関係で最低限おさえておかなければならないのは、政府が主導し現在進めている「働き方改革」の内容と、それが企業に与える影響ではないかと考える。
安倍内閣のもとで進められている「働き方改革」と、それに伴い今後予定される労働関係法令の改正は、労働法分野では近年でも突出した大改正となるからである。
そこで、以下では、安倍内閣が主導する「働き方改革」の施策と今後予定される法改正の概要を説明する。
政府主導の「働き方改革」の全体像
これまでの労働政策との違い
安倍内閣では、一億総活躍社会をスローガンとし、その実現のための最大のチャレンジは「働き方改革」であると位置づけ、平成28年9月26日、内閣官房に「働き方改革実現会議」を設置した 。
これまでの労働政策は、厚生労働省の労働政策審議会が主導して議論が行われていたが、「働き方改革」では総理自らが議長を務めた「働き方改革実現会議」がイニシアティブをとり、労働界・産業界の意見を集約していったというトップダウン型の改革である点、社会政策的な意味合いだけでなく経済政策的な意味も有する点に特徴がある。
「働き方改革実行計画」の内容
「働き方改革実現会議」では、関係閣僚、労使代表、学者、企業の担当者等が議論を重ね、その成果として、平成29年3月28日、「働き方改革実行計画」を決定した。
「働き方改革実行計画」は、日本の労働制度と働き方に存在する課題として、①正規・非正規の不合理な処遇の差、②長時間労働、③単線型の日本のキャリアパスの3つを掲げ、これらの課題を解決するために以下の対策が必要とする。
- 非正規雇用の処遇改善
- 賃金引上げと労働生産性向上
- 長時間労働の是正
- 柔軟な働き方がしやすい環境整備
- 病気の治療、子育て・介護等と仕事の両立、障害者就労の推進
- 外国人材の受入れ
- 女性・若者が活躍しやすい環境整備
- 雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、格差を固定化させない教育の充実
- 高齢者の就業促進
「働き方改革実行計画」ロードマップ(工程表)の29頁目参照
「働き方改革実行計画」の中では、上記を実現するためにさらに細分化された19の施策が示され、そのそれぞれにつき、平成38年度までにどのような具体策をいつ実行するかを定めたロードマップ(工程表)が作成されている。
法改正の概要・時期
施策の中には、直ちに法改正に向けて進めるものと、法改正ではなく運用面で実行していくもの等、様々なものが含まれているが、直近では本年1月中旬頃の召集が検討されている次期通常国会で大きな法改正が見込まれている。
すなわち、「働き方改革実行計画」を受けて、厚生労働省は「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」を作成し、平成29年9月15日に労働政策審議会より「概ね問題ない」との答申を得た(ただし、「高度プロフェッショナル制度」の導入等については、労働者代表から反対の意見が述べられている。)。
つまり、同要綱は、重要な労働政策の実質的判断を行う労働政策審議会から概ねお墨付きを得たということであり、概ね同要綱の内容どおりの法律案が次期通常国会に提出されるものと予想される。
この法律案要綱では、以下の改正が予定されている。
- 働き方改革に係る基本的考え方を明らかにする雇用対策法の改正
- 長時間労働の是正及び多様で柔軟な働き方の実現等のための労働基準法等の改正
- 雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保のためのパートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の改正
これらの改正点のうち、「働き方改革」における施策のなかでも二つの柱と考えられるのが、以下に述べる労働時間に関する制度の見直し(時間外労働の上限規制等)、及び同一労働同一賃金の2点である。
なお、これらの改正法の施行日は、平成31年4月1日が予定されている(※)。
ただし、中小企業における割増賃金率の見直しは平成34年4月1日、中小企業におけるパートタイム労働法・労働契約法の改正規定の適用は、平成32年4月1日が予定されている。
労働時間に関する制度の見直し
労働基準法は、原則的な労働時間を1週40時間、1日8時間と定め(労働基準法32条)、これを超える時間外労働を行わせるためには、労働者の過半数が加入する労働組合又は労働者の過半数代表者との間でいわゆる「三六協定」を締結し、労働基準監督署へ届け出ることを必要としている(同法36条)。
もっとも、三六協定により許容される時間外労働の時間数については、通達がその上限を定めているものの、通達に強制力はなく、また、臨時的な「特別の事情」があるときは、通達の上限を超えて時間外労働をさせる旨を三六協定に定めることも可能であった。
このような三六協定により許容される時間外労働につき、労使の合意によっても上回ることのできない絶対的な上限を定め、かつ、その違反は原則として罰則の対象とするのが、今回の法改正の要点である。その法改正として、具体的に予定されている内容(上記第2で述べた法律案要綱の内容)は、以下のとおりである。
【原則】
- 三六協定により労働時間を延長して労働させることができる時間は、当該事業場の業務量、時間外労働の動向その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において、限度時間を超えない時間に限る。
- 上記の限度時間は、月45時間、年360時間とする。ただし、次の要件を満たす必要がある。
- 坑内労働等の健康上特に有害な業務については、1日の時間外労働が2時間を超えないこと。
- 休日労働を含んだ1ヶ月の時間外労働が、100時間未満であること。
- 直近6ヶ月の時間外労働の平均が月80時間を超えないこと。
【特別条項】
- 三六協定においては、当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に上記の限度時間を超えて労働させる必要がある場合、次の限度において、延長して労働させる時間を定めることができる。
- 休日労働を含んで、1ヶ月の時間外労働は100時間未満、1年間の時間外労働は720時間を超えないこと。
- 1ヶ月の労働時間が45時間を超える月は、1年に6ヶ月以内であること。
【罰則等】
- 上記の要件に適合しない三六協定は無効となり、労働基準法32条等の違反を構成する。
- 上記の上限規制に違反した場合は、所要の罰則を科す。
【中小企業に対する1ヶ月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率の適用】
- 中小企業について、1ヶ月60時間を超える時間外労働に対する50%以上の割増率の支払義務を猶予する規定を廃止する。
【主な適用除外】
- 自動車の運転業務:改正法の施行の5年後に、年960時間以内の上限規制を適用する。
- 建設事業:改正法の施行の5年後に、一般事業・業務と同じ上限規制を設ける(ただし、復旧・復興の場合を除く。)。
- 新技術、新商品等の研究開発の業務
- 医師:改正法の施行の5年後に、医療の提供の状況等を勘案し厚生労働省令で定める者については、上限時間を厚生労働省令で定める。
同一労働同一賃金
いわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差を解消することを目的とし、同一労働同一賃金の実現に向けた法改正が予定されている。
この点、現行法においては、短時間労働者については、パートタイム労働法8条により、正規雇用労働者との間の均衡待遇(業務内容や責任の程度等を考慮して、不合理な待遇差を禁じること)が定められているのに加え、同法9条により、均等待遇(職務の内容が正規雇用労働者と同一である場合、差別的取扱いを禁じること)が定められている。他方で、パートタイム労働法の適用がない有期フルタイム労働者については、労働契約法20条により均衡待遇が定められるのみであり、派遣労働者については均衡待遇・均等待遇の規定がいずれも存在しなかった。
今回の法改正においては、有期雇用労働者及びパートタイム労働者について、基本給・賞与等の個々の待遇ごとに、当該待遇の性質・目的に照らして適切と認められる事情を考慮して、その待遇の差が不合理であるか否か(均衡待遇に反するか否か)を判断する旨を明記すること、有期雇用労働者について均等待遇規定を創設することが予定されている。
また、派遣労働者については、派遣先の労働者との均衡・均等待遇を確保するか、もしくは、一定の要件を満たす労使協定により定める待遇を確保することのいずれかを実施することを義務付けることが予定されている。
ただし、均衡待遇については、法改正の内容はあくまで枠組みの提示に止まり、それだけでは、具体的にいかなる待遇差が不合理なものであり、いかなる待遇差は不合理でないかを判断することは困難であるため、定型的な具体例を示したガイドラインを制定することが予定されている。
このようなガイドラインは、それ自体法的拘束力を持つものではないが、裁判において待遇差の不合理性が争われた場合に、事実上の判断基準として働くことが想定される。なお、かかるガイドラインの案として、平成28年12月20日には、既に「同一労働同一賃金ガイドライン案」 が公表されている。
その他の施策
以上で述べた労働時間制度の見直し及び同一労働同一賃金のほかに、安倍内閣における「働き方改革」において対応が予定されている施策は以下のとおりである。
労働時間に関する制度の見直し
- 労働基準法の改正により、たとえば金融商品の開発業務、アナリスト業務、コンサルタント業務等、高度の専門的知識等を必要とし、労働時間と仕事の成果との関連性が低く、平均的な労働者の3倍を相当程度上回る額以上の収入を得ている労働者について、一定期間の休暇を付与する等の要件を満たすことにより、労働基準法上の労働時間に関する規定の適用を除外する「高度プロフェッショナル制度」を導入する。
- 「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」の改正により、事業主の努力義務として、終業から始業までの間に一定の休息時間の設定を講ずる「勤務間インターバル制度」を導入するように努めることを定める。
賃金引き上げと労働生産性の向上
- 「働き方改革実現計画」においては、名目GDP成長率にも配慮しつつ、年率3%程度を目途として最低賃金を引き上げていき、全国加重平均が1000円になることを目指す。
- 平成29年10月、過去最大の全国平均25円の最低賃金の引き上げを実施。
病気治療や子育て・介護と仕事の両立
- 病気の治療をしながら働く人を支援するために、企業向けの疾患別サポートマニュアルの作成、傷病手当金の支給要件等の検討のほか、「両立支援コーディネーター」を設置し、主治医、企業・産業医、患者の三者を繋ぐサポート体制を構築する。
- 子育て・介護と仕事の両立に対する支援としては、保育士及び介護職員の人材確保のため、処遇を改善するほか、育児・介護休業法が改正され、平成29年10月1日より子を預ける保育所が見つからない場合等には、育児休業給付金の支給を2歳まで(改正前は1歳6か月まで)延長できるようになった。
テレワークに関する規定の整備
- 事業者と雇用契約を結んだ労働者が自宅等で働く「雇用型テレワーク」については、既存のガイドラインを改定し、労働時間の管理に関する法規制の適用関係や、長時間労働を防止するための対策例を示す。
- 雇用契約を結ばずに自宅等で仕事を請け負う「非雇用型テレワーク」については、過重労働や報酬を巡るトラブル等が発生している状況を踏まえ、実態を把握するとともに、ガイドラインを策定して発注のルールを明確化する。
- 厚生労働省の開催する「柔軟な働き方に関する検討会」において、ガイドラインの案が公表されている。
兼業・副業に関する規定の整備
- 原則として兼業・副業を認めつつ、兼業・副業による長時間労働を抑制することを目的として、企業による労働時間等の管理方法を定めたガイドラインを策定するとともに、原則として兼業・副業を禁止している現行のモデル就業規則を改定する。
- 厚生労働省の開催する「柔軟な働き方に関する検討会」において、ガイドライン骨子案及びモデル就業規則の改定の方向性が公表されている。
高齢者の雇用について
- 65歳以降の継続雇用延長や定年延長を行う企業への支援を充実し、継続雇用延長や定年延長の具体的な手法を紹介するマニュアルや好事例集を策定する。
- ハローワークにおいて高齢者が就業可能な求人を開拓したり、地方で働くための全国マッチングネットワークを創設する。
障害者の雇用について
- 平成30年4月より法定雇用率を引き上げるとともに、実習での受け入れ支援や、障害者雇用に関する研修の拡充、障害者雇用に知見のある企業OB等の派遣・紹介等を行う。
- 障害者の在宅就業等を促進するため、在宅就業障害者に仕事を発注した企業に特例調整金等を支給する制度の活用を促進すること等を定める。
外国人材の雇用について
- 優秀な外国人材の受け入れを積極的に行うため、政府としてマッチング支援等を進める。
- 高度外国人材の永住許可申請に要する在留期間を短縮する日本版高度外国人材グリーンカードを創設する。
まとめ
今回紹介した、安倍内閣が主導する「働き方改革」は、ロードマップ(工程表)にもあるように、平成29年度から平成38年度までの10年間に区切り、段階的な施策の実行を企図している。
すなわち、現時点では、「働き方改革」の実現に向けた動きはスタートしたばかりといえ、平成30年度通常国会で予定されている法改正以降も、随時の見直しも経ながら、様々な施策が進められていくことになる。「働き方改革」を巡る今後の動きには、引き続き注視していく必要があろう。
- 寄稿
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西村あさひ法律事務所菅野 百合 氏
弁護士
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西村あさひ法律事務所平良 夏紀 氏
弁護士