定型約款とは
定型約款については、次のとおり、3つの条文が新設された。
- 民法548条の2(定型約款の合意)
- 民法548条の3(定型約款の内容の表示)
- 民法548条の4(定型約款の変更)
定型約款という用語が登場した経緯
定型約款という用語は、債権法改正前から使われてきた「約款」という用語と区別するために、法制審議会での議論の終盤に登場した用語である。
従来から使われてきた「約款」については、「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項」という共通理解があり、保険約款、運送約款、預金規定のように、約款であることが疑問視されないものがある一方で、「約款」の外延については、論者によっても文脈によっても異なっていた(金融法務研究会報告書『金融取引における約款等をめぐる法的諸問題』2015年12月金融法務研究会1頁・中田裕康「約款の定義」参照)。
法制審議会での議論が始まった時点では、「約款」についてルールを設けることが目的とされていた。そこでは、当事者が約款の内容を必ずしも認識していないという約款取引の特徴を踏まえ、①なぜ、個々の契約条項について合意がない(場合によっては、認識すらない)のに約款の契約条項に拘束されるのか、および、②約款に含まれる不当な条項や相手方が想定できないような条項(不意打ち条項)が含まれうる場合の救済について判例・裁判例はあるものの明確なルールがないという課題が設定され、「約款」に関する新たなルールの議論が開始された。
しかし、経済界を中心に、「約款」という用語の示す範囲が曖昧であり、上記の約款取引の特徴が当てはまらないものも規制対象になってしまう等の懸念が示されたことを受け、規制対象を定義しその範囲を明確化することになった。
中間試案第30・1では、規制対象である「約款」を「多数の相手方との契約の締結を予定してあらかじめ準備される契約条項の総体であって、それらの契約の内容を画一的に定めることを目的として使用するもの」と定義したが、約款という用語そのものに対する反発もあったことから、別の用語を用いることとされ、最終的に、定型約款という用語が登場した(部会資料83-2・37頁)。
定型約款の意義
従来の「約款」という用語とは区別される、定型約款の意義は、民法548条の2第1項に定められている。これによると、「①定型取引において、②契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」をいう。
定型約款の範囲
約款の意義
定型約款とは、「①定型取引において、②契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」をいう(民法548条の2第1項)。
定型取引とは
①の定型取引とは、「(a)ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、(b)その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」をいう(民法548条の2第1項)。
定型取引の典型例として想定されているのは、「多数の人々にとって生活上有用性のある財やサービスが平等な基準で提供される取引や、提供される財やサービスの性質や取引態様から、多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することがビジネスモデルとして要請される取引」である(部会資料75B・10頁、部会資料78B・15頁)
(a)「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引」の要件は、「不特定多数の者を相手方として行う」という表現により、相手方の個性に着目する取引を定型取引から除外することを目的として設けられた(部会資料86-2・1頁、債権法改正部会第98回議事録・1頁松尾関係官の発言)。その前提として、定型約款の規制対象が「契約内容を画一化することについて相手方も何らかの利益を直接間接に享受していると客観的に評価することができるようなもの」であり、「相手方の個性に着目することなく行われる取引であることが必要」とされている(第192回国会・法務委員会 第15号における小川政府参考人の答弁)。
(b)「その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」の要件は、事業者間取引における契約書ひな形を規制対象から除外することを目的として設けられた。かなりの変遷(中間試案第30・1および中間試案補足説明・365頁、部会資料75B・9~10頁、部会資料78B・15頁、部会資料81B・16頁、部会資料83-2・37頁)、があったが、「契約書のひな形」が定型約款に当たらないことは、国会答弁でも確認されている(第192回国会・法務委員会 第15号における小川政府参考人の答弁)。
画一的であることにより、契約コストが下がり、相手方も利益を享受できるという関係がある場合にこの要件を満たすことになる。一般論としては、画一的であることにより、契約コストが下がり、相手方も利益を享受できるという関係がある場合に、(b)の要件を満たすことになるが、その判断は容易ではない。国会において、銀行取引約定書は、個別に交渉して修正されることもあり、その意味では、画一的であることが合理的であるとは言いがたいとされる一方で、住宅ローン契約書・消費者ローン契約書が定型約款に該当するとされたこと(第192回国会・法務委員会 第15号における小川政府参考人の答弁)等を参考に検討することになるだろう。
なお、「取引の内容の全部又は一部」とされているのは、全部が画一的でなければ定型約款に該当しないという解釈を排除する趣旨であり(債権法部会第96回議事録・38頁)、「重要な部分が画一的であるという意味」である(第192回国会・法務委員会 第15号における小川政府参考人の答弁)。従って、ごく一部が画一的であっても定型約款には該当しない。
次に②「契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」について見ていこう。
「契約の内容とすることを目的として」とは、約款に記載された部分を含めて契約内容としようとする目的を持つことを意味する。付随的条項だけでなく、価格・料金のような中心条項も定型約款に含まれる。
多くの事業者間取引のように、「通常の契約内容を十分に吟味し、交渉するのが通常であるといえる場合には、仮に当事者の一方によってあらかじめ契約書案が用意されていたとしても、それはいわゆるたたき台にすぎないが、このような場合には契約の内容はお互いに十分に認識することが前提であり」契約の内容とすることを目的とするとはいえない(部会資料83-2・38頁)。
また、大企業が使用するひな形のように、交渉力の格差により事実上交渉の余地がないケースもあるが、その場合でも、「プロ同士の取引であって、画一的であることが両当事者にとって合理的といえないのであれば」定型約款には該当しない(部会資料83-2・38頁)。
契約書ひな形に関して、経済界からは、事業者間取引について定型約款の規制から外すよう要請が行われていたが、事業者間取引であるという理由だけで定型約款から除外されることにはならなかった。上記のように定型取引の要件解釈を通じてのみ適用が除外される点には留意する必要がある。
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定型約款の組入れ
契約は契約の内容を示して締結されるのが原則である(民法522条1項)。
これに対し、定型約款については、①定型取引合意があり(民法548条の2第1項本文)、かつ、②(a)定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき(同項1号)、または、(b)定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき(同項2号)のいずれかを満たす場合に、定型約款に含まれる個別の条項に合意したものとみなされ、契約が成立する。
①の定型取引合意は、上述した定型取引を行うことの合意を意味する。例えば、預金契約を締結するとか、保険契約を締結するといったレベルの合意である。
②「(a)定型約款を契約の内容とする旨の合意」は、定型取引合意に際して、定型約款を契約の内容とする旨を明示的に合意することを意味する。例えば、預金契約締結に際して「預金規定を承認の上で申し込む」旨記載された申込書を作成した場合のように、特定の定型約款を定型取引に関する契約の内容として組み入れることに合意した場合を指す。
②「(b)定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき」は、相手方に定型約款の組入れがあらかじめ表示されていたという事実を前提に、黙示的に組み入れが合意されたといえる場合を指す。「表示」は「相手方に」なされる必要があり、公表では足りない。国会答弁では、取引を実際に行おうとする際に顧客である相手方に対して個別に面前で示されていなければならず、ホームページなど、そういったところで一般的にその旨を公表しているだけでは「表示」とはいえない。約款そのものの表示まで求められるわけではないが、定型約款の内容についての具体的な表示が必要とされ、表示の方法は対面であれば言葉で発信するのが一番適切とされている(第192回国会・法務委員会 第13号における小川政府参考人の答弁)。
また、相手方が異議を述べたときはそもそも定型約款を内容とする契約は成立しないから、組入れも起こらない(部会資料81B・16頁の「異議を述べないで」という要件が削除された趣旨の説明を参照)。
なお、従前の約款に関する議論においては、約款に含まれる個別の条項を契約に組み入れて拘束力を認める要件として、約款の内容(個別条項)の開示ないし契約相手にとっての約款の内容の認識可能性が必要であるとする見解が主流と評価されていた(金融法務研究会報告書『金融取引における約款等をめぐる法的諸問題』2015年12月金融法務研究会19頁・沖野眞已「約款の「組入れ」、「開示」」の28頁参照)が、改正法では、開示と拘束力の問題が切り離されることとなった。
不当条項規制
民法548条の2第1項の要件を満たす場合であっても、「条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるもの」については、合意をしなかったものとみなされる(民法548条の2第2項)。
消費者契約法10条を参考に立案された条項であるが、利益を害するか否かの判断基準、効果(消費者契約法10条は無効だが、こちらは不合意の擬制)に違いがある。
「定型取引の態様」は、「定型取引の特質上、相手方にとって客観的にみて予測しがたい条項」(いわゆる不意打ち条項)が不当条項規制の対象となり得ることを示したものと考えられる(部会資料83-2・40頁)。
「その実情」は、個別の取引の実情を考慮するという意味である。
「取引上の社会通念」は、当事者間の公平を図る観点から、「その種の取引において一般的に共有されている常識」を示したものとされている。(以上について、第192回国会・法務委員会 第12号における小川政府参考人の答弁を参照。)
開示請求に対する定型約款の内容の開示
民法548条の3第1項は「定型約款準備者は定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。」と定めている。そして、「定型取引合意の前」にこの請求を拒んだ場合、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合を除き、民法548条の2による定型約款の組入れの効果は生じない(同条2項)。
この開示請求に対する開示義務は、「定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたとき」には適用されない(民法548条の3第1項ただし書)。電磁的記録とは、定型約款の内容を記録したデータを電子メールにより提供する方法のように、「顧客がそのデータを管理し、自由にその内容を確認することが可能な態様」によらなくてはならないとされている(参議院会議録情報 第193回国会 法務委員会 第13号 政府参考人(小川秀樹)の答弁)。この答弁は、開示請求への対応方法を検討する上でも参考になるだろう。
定型約款の変更
まず前提として、契約当事者の合意により定型約款の変更を行うことができることを確認しておきたい。
これに加えて、改正法により、合意がない場合でも、民法548条の4に定められている次の要件を満たせば、定型約款準備者が一方的に定型約款の内容を変更できることが明確にされた点が重要である。実務上「この規約は状況の変化その他の事由がある場合に変更することがあります。」等の条項(以下「変更条項」という。)を約款に入れておき、一方的に約款の内容を変更することがあるが(実例につき、金融法務研究会報告書『金融取引における約款等をめぐる法的諸問題』2015年12月金融法務研究会63頁・山田誠一「具体的ケースを素材とした約款変更の検討」参照)、民法548条の2は、このような実務にいわばお墨付きを与えるものといえる(第192回国会・法務委員会 第12号における小川政府参考人の答弁)。
定型約款の変更ができる場合
合意なしに定型約款を変更できるのは、次の2つの場合である。
- 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき(民法548条の4第1項1号)
- 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき(民法548条の4第1項1号)
①は相手方の利益に適合する変更であるため、相手方の合意が不要とされている。特定の相手方の利益では足りず、相手方一般の利益に適合しなければならない。例えば、サービス料金の値下げや、料金を据え置いたままサービスを拡充する場合がこれに該当する(参議院会議録情報 第193回国会 法務委員会 第13号 政府参考人(小川秀樹)の答弁)。
②について、変更に係る事情に照らして合理的な変更といえるか判断する場合、客観的に見て合理的なものでなければならず、相手方の事情も含めて総合的に考慮しなければならないものとされている(第192回国会・法務委員会 第12号における小川政府参考人の答弁)。相手方の事情としては、変更による相手方への不利益の程度、その軽減措置が図られているか、軽減措置の効果がどのようなものであるかといった事情が挙げられる(参議院会議録情報 第193回国会 法務委員会 第13号 政府参考人(小川秀樹)の答弁)。
預金取引約款に暴力団排除条項を追加する変更について、変更の必要性、変更による不利益が限定的であること、不利益の回避が可能であることを挙げ、変更を認めた福岡高判平成28年10月4日金商1504号24頁があり、上記②の要件の解釈において参考になるだろう。
変更条項は民法548条の4による変更の際に必須のものではなく、「変更に係る事情に照らして合理的」といえるならば、変更条項がなくても定型約款の変更が認められる。ただし、変更条項があることは、変更の合理性の判断にあたって有利な事情として考慮されることから(部会資料88-2・6頁)、定型約款に該当しそうな規定等には変更条項を入れることになるだろう。
変更条項に関して、変更を望まない相手方に解除権が付与されていることは、過大な違約金の定めにより解除が実質的に制限されているような場合を除き、合理性の判断にあたって有利な事情として考慮されるとの答弁(第192回国会・法務委員会 第11号における小川政府参考人の答弁)があり、定型約款への対応を検討する上で参考になる。
上記の定型約款の変更の要件は、民法548条の2第2項不当条項規制よりも厳しい判断となることから、民法548条の4第4項により、組入れ時の不当条項規制(民法548条の2第2項)の適用が排除されている(部会資料88-2・6頁)。
変更の周知
民法548条の4第1項により定型約款の変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない(民法548条の4第2項)。
周知にインターネットを利用する場合、インターネットを利用できない相手方がいる場合であっても個別の通知が必要になるわけではない。ただし、合理性を認める上で軽減措置が重要であり、かつ、顧客の年齢層等を考慮するとインターネットだけでは軽減措置を実行する機会が確保されないという事情がある場合には、インターネットだけでは足りず、書面による通知を組み合わせるべき場合があるとされている(参議院会議録情報 第193回国会 法務委員会 第13号 政府参考人(小川秀樹)の答弁)。
定型約款該当性を巡る紛争
定型約款に該当するか否かは、最終的には紛争において裁判所において判断される(第192回国会・法務委員会 第13号における小川政府参考人の答弁。なお、予見可能性確保のために、法務省が趣旨や具体例の周知を行っていく旨も答弁されている。)。
想定される紛争として、(1)定型約款の組入れが争われる場合(不当条項規制の適用の有無を含む)が争われる場合、(2)開示請求の効果が争われる場合、(3)一方的変更の効力が争われる場合が考えられる。
類型(3)では、一方的変更の効力を主張する事業者側が定型約款該当性を主張する構図になると想定される。これに対し、類型(1)(2)では、定型約款該当性が否定された場合に適用される従来の約款に関する議論の内容が明確でないため、どのような主張をすればどちらに有利になるのか分からない事案もあると思われる。そうすると、同じような約款であっても、紛争類型や事案の内容によって裁判所の判断にばらつきが出る可能性がある。
一方で、定型約款に該当しない場合でも、定型約款に関するルールを参照できるとの考え方もありうるところであり(民法改正記念対談シリーズ (中)「『定型約款』制度の規定化をめぐって」)、そのような考え方が支配的になれば、定型約款該当性の論点はそれほど重要でなくなるだろう。いずれにせよ、今後の実務の積み重ねを注視する必要がある。
経過規定
定型約款に関する規定は、施行日(2020年4月1日)より前に締結された定型取引に係る契約についても適用される(債権法改正後の民法附則33条1項)。
つまり、現在既に使われている約款についても、定型約款の要件を満たす限り、定型約款に関する規定が適用される。とはいえ、旧法の規定によって生じた効力を妨げないとされていることから(同項ただし書)、問題になるのは、定型約款の変更に関する民法548条の4である。事業者としては、既存の約款について、同条の適用可否を見越した対応をできるだけ早く講じておくべきだろう。
経過措置については、契約の一方当事者(解除できる者は除く)により反対の意思表示が書面でされた場合には適用されない(附則33条2項)。この反対の意思表示は、改正民法公布の日(平成29年6月2日)から1年以内の政令で定める日から施行日前までの間にしなければならない(附則1条2号)。
この反対の意思表示が行われると、改正後も、改正前の民法(従前の約款に関する議論)が適用されるが、それが反対の意思表示をする者にとって有利か不利かは判然としないことから、十分に慎重な検討を行う必要があると指摘する注意喚起が法務省からなされている(「定型約款に関する規程の適用に対する「反対の意思表示」について」)。
事業者としても、このような反対の意思表示を行った相手方との契約を、意思表示を行わなかった者との契約との関係でどのように管理するか等の問題を検討し、対応を準備しておく必要があるだろう。
(なお、平成29年12月20日付官報で公布された「民法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(政令第309号)」により、改正民法の施行日を2020年4月1日とすること等が決定された(「民法(債権関係)改正法の施行期日について」も参照)。上記の説明は、決定された施行期日による。)
- 寄稿
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和田倉門法律事務所加藤 伸樹 氏
弁護士