【連載】債権法改正と金融実務:改正の趣旨・経緯・施行日


民法が制定されて約120年、初めて大規模な改正が行われる。債権法改正と呼ばれる本改正は、金融機関への影響も大きい。本連載では、金融実務に関わる分野を中心に解説するとともに、読者が債権法改正について調査する際に読むべき資料を丁寧に紹介する。第1回では、債権法改正の背景や経緯を解説する。

  1. 本連載について:金融実務と債権法改正を読み解く
  2. 債権法改正の趣旨
  3. 債権法改正に至る経緯① 法制審議会での経緯
  4. 債権法改正に至る経緯② 国会での議論
  5. 債権法改正の施行期日
目次

本連載について:金融実務と債権法改正を読み解く

平成29年6月2日、民法の一部を改正する法律(法律第四十四号(平二九・六・二))が成立した。約120年前の1896年(明治29年)に現行民法が制定されてから初めての大規模な改正である。債権関係の規定を中心とする改正であり、一般に債権法改正と呼ばれている。債権法改正における改正項目は多岐にわたっており、金融取引を含む企業実務に広範な影響が及ぶことが想定されている。

このたび、The Financeにおいて、債権法改正に関する連載を持つことになった。債権法改正については、既に多くの媒体で良質な解説が出されているが、本連載では、金融取引に関する実務に影響のある分野を中心に、手軽に債権法改正の概要を把握してもらえるものを目指したい。

また、債権法改正についてより深く調査する際に当たるべき原資料へのリンクを丁寧に貼ることで、読者による調べ物の便宜に応えるものにしたいと考えている。

▼筆者:加藤伸樹氏の関連著書およびWeb連載
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債権法改正の趣旨

債権法改正の趣旨

まず、改正の趣旨や経緯を知る意義について、一点、補足したい。改正の趣旨や経緯は、一見、実務と関係なさそうにも思える。しかし、改正後の条文を解釈する上で重要な要素となる立法意思は、改正経緯を検討しなければ正確に理解できない。だからこそ、改正経緯における膨大な資料・議論の中から必要な事項に的確にアクセスできるよう、改正の概要を知り、どこにどのような資料が存在するのかを知っておくことは、実務者にとっても重要だと考える。

現行民法が1896年(明治29年)に制定された後、債権関係の規定についてみると、平成16年の現代語化の際に、保証制度の見直しが行われるなど部分的な改正が行われたのみで、大規模な見直しは行われていない。

しかし制定から約120年の間に、日本の社会・経済は、取引量の増大、取引内容の複雑化・高度化、情報伝達手段の発展など、様々な面で大きく変化した。債権法改正は、このような社会・経済の変化への対応を図ることを目的の一つとしている。

社会・経済の変化への対応を図るための実質的な見直しが行われた分野として、以下5点を挙げることができる(法務省民事局資料その1)。

  • 消滅時効
  • 法定利率
  • 保証
  • 債権譲渡
  • 定型約款

いずれの分野についても、改正後の条文を正確に解釈するためには、制度の見直しを行う際にどのような課題が設定され、どのような議論がなされたかを改正経緯を通じて認識することが重要といえる。

また、民法制定後、現在にいたるまで、民法の解釈に関する膨大な数の最高裁判所の判例が出され、判例法と呼ばれるルールが形成されてきた。また、最高裁判所の判例はないものの、通説として実務に広く受け入れられている取引の基本的ルールも多く存在する。

民法の条文からこれらのルールを読み取ることは、取引実務に携わる者や専門家でなければ困難であり、一般の人にとっては民法を読んでも取引の基本的ルールが分からない状態となっていた。このような状態を解消し、国民一般にとって分かりやすいものとする観点から実務で通用している基本的なルールを適切に明文化することが、債権法改正のもう一つの目的である。

基本的ルールの明文化が行われた項目は多岐にわたっている(法務省民事局資料その2)。明文化されたことにより、条文解釈上は様々な読み方が可能となるところではあるが、基本的ルールの明文化という趣旨からすると、改正後の条文の解釈にあたって、現行民法下における最高裁判例や取引の基本ルールから離れた解釈は基本的に予定されていないことを頭に入れておくべきだろう。

債権法改正に至る経緯① 法制審議会での経緯

債権法(民法)改正に至る経緯① 法制審議会での経緯

平成21年10月28日、法務大臣から法制審議会に対し民法(債権関係)の見直しに関する諮問(第88号)がなされた。

「民法のうち債権関係の規定」という表現から、現行民法の「第三編 債権」の規定のみでなく「第一編 総則」の規定(意思表示や消滅時効など)も検討対象に含まれることが示されている。また、「契約に関する規定を中心に」という表現から、不法行為等の法定債権に関する規定は主たる検討対象としないことが示されている。

この諮問第88号を受けて法制審議会は、平成21年11月に新たな専門部会として民法債権関係部会を設置した。同部会は、7年以上にわたり、全部で99回の会議が開催された。

部会の会議は、3つのフェイズに分かれる。

第1読会では、一通りの論点を検討し、平成23年4月12日に「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」とその補足説明を公表して、1回目のパブリックコメント手続が行われた。

第1読会終了後、1回目のパブリックコメント手続に対して寄せられた意見を踏まえた上で、第2読会において、再度各論点の検討を行い、平成25年2月26日に「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」とその補足説明を公表し、2回目のパブリックコメント手続が行われた。

第2読会終了後は、2回目のパブリックコメント手続に対して寄せられた意見を踏まえ、さらに、最終的な要項案の取りまとめを目標とする第3読会が行われた。そして、平成27年2月10日、第99回会議で全会一致をもって民法債権関係の改正に関する要綱案が部会決定された。

上記の論点整理、中間試案、要綱案のほか、部会において議論に用いられた部会資料および会議議事録はすべて法務省ウェブサイトで公表されている。全99回の会議について、検討項目・部会資料・議事録をまとめた資料も公表されており債権法改正により改正された条文の趣旨や解釈に関する、立法意思を知ることのできる貴重な資料となっている。

債権法改正に至る経緯② 国会での議論

債権法改正に至る経緯② 国会での議論

法制審議会の答申に基づいて民法の一部を改正する法律案とその整備法案である民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の2つの法案が起草され、平成27年3月31日に国会(衆議院)に提出された。

その後、諸般の事情により、継続審議の扱いが続いたが、平成28年に入り、ようやく衆議院法務委員会での審議が開始され、平成29年4月12日に、与野党の賛成多数をもって、2つの法案が可決された。これを受けて同月14日の衆議院本会議では法務委員会と同様に与野党の賛成多数をもって2つの法案が可決され、参議院に送付された。

参議院においても、まず法務委員会において審議が行われ、原案通り可決された。これを受けて平成29年5月26日、参議院本会議において与野党の賛成多数をもって2つの法案がともに可決され、成立した。

成立法案(民法の一部を改正する法律民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律)には、実務上重要な経過措置に関する規定が含まれており、ぜひ原文に当たっておきたい資料である。

また、両法案については、いずれも新旧対照表が公表されている。新旧対照表は、債権法改正について調べる際にぜひ参照すべきものといえる(民法の新旧対照表整備法に関する新旧対照表)。

議事録についても、両国会の法務委員会における議事録が公表されている(衆議院については、第192回(臨時会)の第8号~第16号)、参議院については第193回国会の第9号~第14号。国会議事録検索システムから検索可))。

さらに、衆参両院ともに、改正法による影響への配慮や、改正法の周知徹底について附帯決議を行っている。

これらの議事録や、附帯決議(衆議院参議院)も、債権法改正に関する立法意思を知ることができる貴重な資料であり、適宜参照すべきものといえる。

債権法改正の施行期日

債権法(民法)改正の施行期日

債権法改正の全面施行は、公布の日である平成29年(2017年)6月2日から3年以内の別途政令で指定される日である。法務省は、平成32年(2020年)の施行を目指して準備を進めている(法務省ウェブサイトのQ&AのQ4)。

ただし、一部の規定については、全面施行に先立って施行されることから、適切に対応することが必要である。

加藤 伸樹 氏
寄稿
和田倉門法律事務所
弁護士
加藤 伸樹 氏
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