日本企業の法的観点から見るBrexit対応の現状と留意点

日本企業の法的観点から見るBrexit対応の現状と留意点

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英国が2020年1月31日にEUを離脱し、移行期間に入った。本連載の第2回目となる今回は、法的側面からBrexitに対する日本企業の対応のポイントについて、金久直樹氏が解説する。

  1. はじめに
  2. Brexitによる法的枠組みの変更
  3. 各業界の対応

はじめに

2020年1月31日に英国はEU(欧州連合)から離脱した。同年2月1日から移行期間となり(6月末までに延期が合意されない限り)、12月31日まで移行期間が継続し、現状の英EU関係が継続するため、この間はビジネス環境に変化はない。しかし、移行期間内にEUとの間で離脱後の英EU間の関係に関するFTA(自由貿易協定)などが締結されない限り、英国・EU間で関税発生など、「合意なき離脱」と同様の状況に陥るリスクは続く。

英国・欧州に拠点を有する日本企業は、これまでに合意なき離脱に備えた対応策を講じてきた企業も多いが、現状のリスクもふまえた日本企業のBrexit(英国のEU離脱)対応と留意点を解説する。

Brexitによる法的枠組みの変更

英国に適用される法律には、英国議会で制定された英国法と、EUで制定され英国にも適用されるEU法が存在し、移行期間中は従前通りEU法も適用される。移行期間後、原則ではEU法が適用されないことになるが、2018年に制定された英国のEU離脱法に基づき、当面の間は既存のEU法はそのまま英国の国内法として適用される。したがって、英国内の活動に適用される法律のコンプライアンス体制などについては、移行期間後も一定期間は大幅な変更が生じず、対応が不要である分野も多い。

(1)従業員の雇用

EU加盟国間においては人の移動の自由が保障され、EU国民であれば他の加盟国でビザ無しで就労することが可能である。しかし、移行期間後は英国で新たな移民政策が導入されるため、業種を限らず英国拠点でのEU国民の雇用およびEU拠点での英国民の雇用について対策が必要となる。すでに英国に居住しているEU国籍の従業員については一定の条件のもと、永住権の申請が可能であるが、それ以外のEU国民は移行期間後は新たに導入される移民手続きに従い、非EU国籍の従業員と同様のビザ手続きが必要になると考えられる。EU各国で就労している英国籍の従業員については、各国の要件を確認する必要がある。

(2)個人情報保護法制

英国内での個人情報保護法制について、移行期間後はGDPR(EU一般データ保護規則)の直接の適用はなくなるが、EU離脱法の下で同内容の「UK GDPR」が適用されることになる。ただし、英国がEUから見た第三国となることにより、英EU間の個人データの移転については変更が生じる可能性がある。

移行期間中に、EUが英国のデータ法制について十分性認定を行えば、従前通りEEA(欧州経済領域)から英国への個人データ移転が可能であるが、なされない場合は、英・EU拠点においてSCC(標準契約条項)の締結などが必要となる可能性がある。また場合によっては、EU拠点にGDPRに基づく代理人を任命しなければならない可能性がある。

一方、日本から英国へのデータ移転については、個人情報保護委員会の告示に基づき、また、英国から日本へのデータ移転については、十分性認定の効果を維持するための英国の関連法令の手続きの完了により、いずれも移行期間後も円滑な個人データ移転が確保されるため、Brexitによる影響はない。

各業界の対応

(1)製造業

英国に製造拠点を有する企業については、FTAの有無にかかわらず、移行期間終了後は英・EU間で通関手続きが発生するため物流や税関が混乱し、サプライチェーンが寸断されるリスクがある。そのため、在庫の積み増しを行うなど、物流ルートの変更を検討している企業も多い。自動車業界では、部品メーカーも含め英国からの撤退や事業の縮小を決定している企業も存在する。

FTAが締結されない場合、2021年1月以降は英EU間で関税が発生する。また移行期間中は、日EUのEPA(経済連携協定)は英国に適用され、日英に輸入される産品は同協定に基づく税率の適用対象となるが、移行期間期間終了までに日英のEPAを締結・発行できない場合は、関税の減免が受けられなくなる。関税発生も考慮の上、サプライチェーンなどの見直しが急務だ。

(2)金融業の対応

移行期間終了後は、英国で金融業のライセンスを有していればEU域内どこでも営業ができる「単一パスポート」が失われる可能性が高いが、多くの日系金融機関はフランクフルトやアムステルダムへの拠点移転やライセンスの取得を済ませ、事業が継続できる体制を整備している。

寄稿
渥美坂井法律事務所・外国法共同事務所
パートナー ロンドンオフィス代表
在英日本商工会議所理事
金久 直樹 氏
主な取引業務は、金融取引法務、金融規制法、FinTech、M&A、
クロスボーダー取引ほか。
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