金融機関における不祥事の予防・発見の実務対応~近時の不正事例から心理的安全性を考える


日本における不祥事対応・危機対応の実務として、第三者調査委員会や社内調査委員会を設置し、不祥事の事実関係や原因、関係者の処分、再発防止策等について検討を行ったうえで、調査報告書を開示するという実務が始まってから10年以上が経過した。このような実務は、ある程度定着したと考えてよい。しかしながら、それにもかかわらず、現在においても、大きな不祥事が後を絶たない。不祥事が発生した場合には、その内容によっては経営者は経営責任を問われ、場合によっては法的責任まで問われることになるのである。そのため、多くの経営者は、内部監査部を設置し、内部通報制度を導入し、コンプライアンス研修に力を入れるなど不祥事の発生を防止し、また、発生してしまった場合でも早期に発見しようとしている。それにもかかわらず、なぜ、大きな不祥事が発生しているのであろうか。

目次

心理的安全性

多くの調査報告書においては、再発防止策として、組織風土の改善、とりわけ、風通しのよい組織風土を構築することがあげられている。これに関連して、近時、「心理的安全性」を高めることが組織風土の改革にとって重要であるとの指摘がなされている。「心理的安全性」とは、「チーム内で、他のメンバーが自分の発言に対して罰したり拒絶したりしないという信頼を持てる状態」であり、1999年にハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授によって提唱された用語である。エイミー・エドモンドソンは、その著書「恐れのない組織『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」(英治出版株式会社)の中で、「複雑で不確実な世界で成功するために必要なものの」の一つとして、心理的安全性を挙げている。

同書においては、アメリカのウェルズ・ファーゴ銀行による不祥事や東日本大震災時の原発問題等を掲げたうえで、これらの問題は、心理的安全性に問題があったと論じている。例えば、ウェルズ・ファーゴ銀行の営業の不正事例では、2002年から2016年にかけて顧客に無断で口座やクレジットカードを作るという不正が行われていたが、これは、同書によると、「特定の売上を達成することで特別手当が支給され、トップの管理職の年間賞与に影響した。」ことや、「支店の職員は、無謀ともいえる販売数を割り当てられたうえ、進捗状況を毎日念入りに追跡された」ことが、その要因の一つであったとされている。(以上、「恐れのない組織『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」より。)

このような、環境下においては、従業員は、無理をしてでも売上を上げねばならず、上司に意見や異論などいえず、極めて「心理的安全性」が低い状態であったと考えられる。 このように、心理的安全性の低い職場では、従業員が上司や周囲の者に、率直に意見を述べることができず、おかしいと思うことをおかしいと言えずに、不適切な行為が継続的に行われてしまうことがある。とりわけ、日本は、同質性の高い文化と言われており、上司や前任者が当然に行っていた行為に対しては、必要悪として罪悪感もなく行ってしまい、それを後任の者や周囲の者、部下に広めてしまうことがある。このような組織において、不祥事を防止するのは、内部統制では十分ではなく、正しい企業風土、とりわけ心理的安全性を高めることが必要である。

心理的安全性の高め方

心理的安全性を高めるためには、組織のリーダーの行為が重要な役割を果たすとされている。同書では、リーダーの心構えとして、①「感謝を表す」、②「失敗を恥ずかしいものではないとする」、③「明らかな違反に制裁措置をとる」、の3つが重要であるとしている(※)。

①「感謝を表す」は、部下が行った行為に対して耳を傾け、また、アイデアや疑問を話してくれる人に対して感謝を伝えることである。このような感謝を伝えることにより、部下は、間違っているかもしれない疑問点についても率直に話せるのである。

②「失敗を恥ずかしいものではないとする」は、不確実性やイノベーションには失敗は受容できないものではなく、当然に発生するものであるとの認識を共有することである。失敗から学び、その学びを共有することにより周りにも好影響を与えるのである。そのため、失敗を回避することを目標とするのではなく、失敗を通じた素早い学習を促進することを目標とする必要がある。これにより、素直に話し合い、素早く学び、イノベーションを起こすことができるとされている。

③「明らかな違反について処罰する」は、組織において、非難されても仕方がない行為が何かを示したうえで、それに部下が違反した場合には、制裁措置をとることである。場合によっては、懲戒解雇をすることも含まれるとされている。明らかな違反行為については、明確な処分をすることにより、心理的安全性は高まるとされている。

本稿では、心理的安全性を高めるための方法として、同書のごく一部しか紹介できない。興味のある方は、ぜひ、同書を読まれることをお勧めする。

よりよい組織風土の構築に向けて

近時発生している経営の根幹を揺るがすような大きな不祥事は、いずれも、内部統制によって防止できるものではなく、組織風土に根ざしている。組織風土に問題がある場合、組織風土を改善しない限り、どんなに内部統制を強化しても、内部監査を行っても、内部通報体制を整備しても、不正はなくならない。むしろ、継続的・組織的な不正が、組織の奥深くで脈々と行われている可能性もある。心理的安全性を高め、風通しのよい組織風土を構築することは、そのような不正を防止するための不可欠な要素である。

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金融機関における不祥事の予防・発見の実務対応

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寄稿
三浦法律事務所
パートナー弁護士・公認会計士
木内 敬 氏
2006年長島・大野・常松法律事務所、2011年から金融庁検査局に出向、2019年から現職。金融機関・事業会社の不祥事調査等を専門とする。三菱電機ガバナンスレビュー委員会委員。
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