金融機関における不祥事の予防・発見の実務対応~近時の不正事例から心理的安全性を考える


日本における不祥事対応・危機対応の実務として、第三者調査委員会や社内調査委員会を設置し、不祥事の事実関係や原因、関係者の処分、再発防止策等について検討を行ったうえで、調査報告書を開示するという実務が始まってから10年以上が経過した。このような実務は、ある程度定着したと考えてよい。しかしながら、それにもかかわらず、現在においても、大きな不祥事が後を絶たない。不祥事が発生した場合には、その内容によっては経営者は経営責任を問われ、場合によっては法的責任まで問われることになるのである。そのため、多くの経営者は、内部監査部を設置し、内部通報制度を導入し、コンプライアンス研修に力を入れるなど不祥事の発生を防止し、また、発生してしまった場合でも早期に発見しようとしている。それにもかかわらず、なぜ、大きな不祥事が発生しているのであろうか。

  1. 近時に発生した不祥事件の傾向
  2. 不祥事発生のメカニズム
  3. 内部統制とその限界
  4. 正当化と組織風土
  5. 心理的安全性
  6. 心理的安全性の高め方
  7. よりよい組織風土の構築に向けて
目次

近時に発生した不祥事件の傾向

近時の金融機関の不祥事としては、①大手証券会社における相場操縦事案が報道されている。現在進行中の事案であるため、その詳細は分からないものの、会社の経営陣を含め組織的に相場操縦がなされていた疑いが報道されている。仮に報道されている通りであるとすると、証券会社の経営幹部の認識のもとで、複数の銘柄に関し、複数回に渡り、相場操縦等がなされていたことになる。このような経営陣が関与する不祥事は、下記に述べる「内部統制の限界」のため、内部統制により防止することは困難である。複数の経営陣が関与していたことを考えると、個人的な問題というより、組織風土上の問題が強く懸念される。

また、金融機関ではないものの、2021年に大きく報道された不祥事としては、②品質不適正問題があった。日本を代表する複数のメーカーにおいて、長期間にわたり、組織的に、品質不正が行われていた。調査報告書によると、古いものでは1980年代以降から行われてきたとされており、単独の部署ではなく、複数の部署で、組織的かつ継続的に行われていた。したがって、担当者間において、さまざまな方法で引き継がれており、世代を超えて、不適切行為が承継されていた。また、調査報告書によると、不適切行為を行った現場の作業員の中には、そのような不適切行為がいわば当たり前になってしまい、製品の安全性への影響がないような場合にはとりわけ、一種の必要悪のような形で承継されていたものと考えられる。このような組織的な不正に対しても、後述のように、内部統制は無力であり、組織風土上の問題が強く影響している。

このように、近時、発生した不祥事は、いずれも、経営の根幹をも揺るがすほど大きいものである。そして、その特徴としては、個人による横領等のように内部統制により防止できるものではなく、組織風土上の問題が大きな影響を与えている事例であると考えられる。

本稿は、①、②の事例のように、コンプライアンス経営が叫ばれる現時点においても、なぜ、経営の根幹を揺るがすような大きな不祥事が発生するのか、なぜ、それを防止できなかったのかを検討する。②は金融機関において発生した不祥事ではないものの、例えば、アパートローンに係る不正融資事案は、まさに、組織風土から発生した経営の根幹を揺るがす問題であり、そのような問題が、未だ明らかにされずに隠されている可能性は否定できない。金融機関以外で発生した不祥事も含めて、不祥事の要因を分析することは、金融機関の不祥事を防止する観点からも有用である。

不祥事発生のメカニズム

不祥事の原因分析においては、クレッシーによる「不正のトライアングル」が有名であり、多くの調査報告書の原因分析においても取り上げられている。不正のトライアングルとは、不正が発生するのは、①動機、②機会、③正当化の3つの要素が重なったときであるとするモデルである。

①動機とは、不正を起こす直接的な要因であり、例えば、多重債務を負っており、生活資金が足りなかった、遊ぶ金が欲しかった、営業成績をあげたかった、このままでは組織がなくなってしまうと思った等である。この例のように、個人的な動機もあれば、組織的な動機の場合もある。

②機会とは、不正を起こすことができるような状況を指す。例えば、本来、複数名で対応しなければならないはずの現金の管理とその記帳の業務を1人で担当していた場合などである。不正の機会をなくすのには、有効な内部統制を整備・運用することが有用であり、逆に、機会があったということは、内部統制が有効でなかったことが想定される。 ③正当化とは、不正行為者の、やってはいけないと分かっていながら、その規範を乗り越える心の働きを言う。不正の行為者であっても、その行為が悪いことであり、行ってはいけないことは認識している。そのため、そのような行為を行うのには、通常は、心理的・倫理的なハードルが立ちふさがり、躊躇するものである。「正当化」とは、そのような心理的なハードルを下げるための心の中の言い訳である。例えば、「こんなにサービス残業をさせられているのだから、この程度のお金を横領しても問題ない、残業代かわりだ」「このことは、規則違反にはなるが、誰も守っていない。むしろ、会社のためになる」などであり、不正実行者は、このような都合の良い言い訳により少しでも心理的・倫理的なハードルを下げるのである。この例のように、正当化のもととなる要因は、組織的な要因もあれば、個人的な要因もある。

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金融機関における不祥事の予防・発見の実務対応

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木内 敬 氏
寄稿
三浦法律事務所
パートナー弁護士・公認会計士
木内 敬 氏
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