PayPay銀行におけるCS・CX向上に向けた取り組み

特別講演
【講演者】
PayPay銀行株式会社
CX統括部長
川上 雅也 氏

<1.  PayPay銀行について>

2000年に日本初のインターネット専業銀行として開業したジャパンネット銀行は2021年4月、PayPay銀行へ社名変更した。現在はYahoo、PayPay、などのZホールディングスグループ各社との連携を強化し、PayPayブランドの強みを活かした、より便利なサービスを展開・推進している。CX本部には、カスタマーセンターとCX統括部があり、私は統括部に所属している。2006年のジャパンネット銀行入社時から所属しているが、CX統括部の役割は年々変化している。今回紹介するVOC・NPS、サポートチャネルの対応以外にも、センター部門が利用するCRM・コールセンターシステムの企画も担当している。

PayPay銀行では、CRMにおいてはSalesforce、コールセンターシステムにおいてはAmazonコネクトを採用している。PayPay銀行は以下のミッション・ビジョン・バリューを掲げている。

ミッション=金融サービスを空気のように身近に
ビジョン=大切な人に勧めたい銀行になる
バリュー=「支持される価値」「何事も自分ごと」「変化を活かす」

CX統括部では、その実現に向けて、ミッションではサービス利用における摩擦、ストレスの削減、ビジョンにおいてはNPS向上、バリューではCS・CXに関する社内意識の醸成を言葉にして部内で共有して、一人一人の行動に繋がるように取り組んでいる。次は、実際にミッション、ビジョン、バリューをどのように実践しているか解説したい。

<2. エフォートレス・ノンボイスチャネルの推進>

(1) サービス利用における摩擦、ストレスの削減

カスタマーセンターに寄せられる顧客の声の約半数は、キャッシュカードやトークンの紛失、再発行、パスワードや登録情報の変更など各種手続きに関するものだ。カスタマーセンターに声が寄せられるまでの、顧客の行動パターンは、大きく2パターンに分かれる。

・手元にあるメールや郵送物を見る
・WebのFAQや商品案内ページを見る

アンケートの結果、半数近くの顧客は問い合わせ前にWeb画面を見ていないことが分かった。電話番号の確認方法も同様に半数近くはWeb画面を見ないという結果になった。以上の結果から、

・Webを見ない顧客に対してはWeb以外の解決手段の充実を図る。
・Webを見る顧客に対してはWeb上で自己解決の方法を知らせる。

という改善策が考えられた。しかし、そもそも問い合わせが発生しない状況にしなければならない。サービス利用の摩擦やストレスの削減に向けて、サービス利用を4段階に整理した。

サービス利用において「疑問、困りごとがない」がないことが一番だが、疑問が生まれた場合でも、「自己解決できる」こと。自己解決できない場合は、「時間と場所を問わず解決する」こと。それでも駄目な場合は、最終的に「企業に問い合わせて解決する」となる。以上の4段階に対して、「疑問、困りごとがない」状態には、CXの改善。「自己解決」と、「時間と場所を問わず解決する」に対しては解決チャネルの整備。「企業に問い合わせて解決する」に関しては有人対応を効率化するという改善策を実行している。

(2) 摩擦削減の取り組み、サポートチャネルの活用

CXの改善はCX部門だけが取り組んでも、できることは限られている。サービス、事務、Web制作をする部門などとの横断的な連携が必要だ。CX統括部では、顧客影響等を鑑み、商品・サービスのリリース前に、行動観察調査とインタビューを行うケースがある。PayPay銀行では機動性等を重視し、内製で行っている。インタビュアーだけでなく、ユーザー役も社員が行っているが、設定するペルソナにより社内に適切な人物がいない場合は、グループ会社の社員に協力を求めるときもある。その結果は社内のイントラや会議等で共有して、商品・サービスの改善を横展開で活かしている。

行動観察は顧客の潜在意識、インタビューは顕在意識を把握できる。インタビューでは顧客が実際に銀行を利用する上での、選択や思考、背景について深く掘り下げている。VOC、操作ログ、アンケートなどの定量的な調査だけでは、CSやCXの改善は費用対効果の面からもなかなか実現できないことがある。定性調査を行うことによって、課題や解決策を見出し、社内理解を深めることができる。

自己解決できる状態を作るために、Visual IVRとチャットボットに取り組んだ。Visual IVRは問い合わせチャネルの可視化に貢献した。顧客がカスタマーセンターに電話をすると、Visual IVRのガイダンス画面になり、SMSから回答のページに移る。Visual IVRで現れるメニューは最新の問い合わせ傾向を踏まえて、臨機応変に変更している。導入してから約4年半が経過したが、導線を拡張し、どんどん利用が進んでいる。Visual IVRは、新商品やサービスのリリース時、障害発生時などにも対応する。Visual IVRの導入により、SMSを選択した数は6.5%から58.4%になり、SMSの過去最大の選択率は72.6%だった。2020年4月から5月の新型コロナウイルスによる緊急事態宣言発令時の業務縮小時には13,000件にご利用いただいた。

PayPay銀行は2017年11月にLINE、2019年3月にWebのchat botをリリースした。当初は銀行のマークをロゴにして顧客とコミュニケーションを取る予定だった。運営サポート企業のアドバイスによってモネというキャラクターを起用した。銀行は保守的なアプローチも多いが、当時は、思いきったキャラクターかな、と個人的にも思った。親しみがもてる銀行、認知向上の拡大、若年層の訴求の観点において成功したと考えている。LINE版は当初chat botだけの機能だったが、残高照会、取引明細を追加し、chat botで解決できない問い合わせには有人チャットと連携する機能をリリースした。LINE版はちょっとした問い合わせの回答に適しているという印象だ。当初は有人チャットを使用していなかったが、電話の問い合わせを利用しない顧客もおり、その場合、問題が解決できないまま、口座を利用されなくなるケースがあった。有人chat botによって、顧客離脱を防ぐことができた。

chat botに関してはLINEの友達数が約33万人になった。月間UU、リクエスト数は2019年にはWeb版がLINE版を逆転した。2020年4月から5月の緊急事態宣言発令時には、利用者数がVisual IVRと共に利用者数が大幅に増加した。chat botのUU数はカスタマーセンターの入電数を大きく上回った。導入後5年が経過したチャットボットだが、課題もある。正しい回答率も低くなり、また正しい回答をしても顧客満足度が伸び悩む状態になっている。顧客にパーソナルな回答を出さないと納得できない状況、チャットボットの回答の精度がより求められていることが理由だと考えられる。

<コンタクトボード>

コンタクトボードはWebの取引画面からLINEのやりとりのような問い合わせができるものだ。ログイン後の画面から新規の問い合わせや、問い合わせ履歴の確認ができる。個人・法人両方が利用可能で、問い合わせ回答が行われるとメールで通知がくる。問い合わせ以後のやりとりはログイン後の環境で行われ、メールと違い安全な環境でコミュニケーションが可能だ。メール以上に安心して対応できると考えている。また過去の問い合わせ履歴も一定期間見ることができ、利便性の高いチャネルになっている。コンタクトボードは時間や場所を問わず問い合わせに応えることができる。24時間対応できることは、顧客にとっては利便性があり、運営側にとってもCSの効率化ができる。コンタクトボードはまだ導入して約半年で、まだまだこれから磨かれていく部分も多い。しかしながら、電話の3倍以上の処理効率を記録できている。また有人チャットや電話対応と違いリアルタイムの対応にならないので、オペレーターの心理的負担も軽くなっている。

「企業に問い合わせて解決する」方法ではSMSを活用し、有人対応の効率化を実現した。カスタマーセンターに寄せられる各種手続きなどにおいて、複雑な案内などは、終話後、具体的な手続きが掲載されたURLをSMSで送信する。通信費がかかっても、応対時間の短縮、再入電の抑制が期待でき、費用対効果がある。

<3. VOC・NPSの活用・取り組み>

ここでは顧客の声や心の満足度に対する取り組みを紹介する。顧客の声=VOCは社内のイントラや定例会議で共有している。一件でもVOCが発生すると、翌営業日に連絡を行ってきた。現状は運用法を変更し、日々試行錯誤しながら改善している。その中で変わらず行っているのが「CS・品質委員会」である。CS・品質委員会は社長を委員長とし、各本部長が出席する月例会議だ。その中でCSに関する事項の協議を行う。VOCは多くの企業と同じようにカテゴライズして管理している。カテゴリーは商品サービスの内容をふまえて、大きく4分類で管理している。VOCの取り組みで特に意識しているのが「ログインUU数」「口座申込数」に対する「有人応対数」をKPIの1つに設定している点だ。有人対応数はチャット、コンタクトボードの比率、いわゆるテキスト比率もKPIとしている。顧客の声の中でも、重要性・緊急性が高く、経営に影響を与えるものを「重大な苦情」、顧客保護の観点から関係各部に情報共有すべき案件を「要管理苦情」として管理する。定量視点以外でも、強弱をつけ管理して、社内向けに発信している。

PayPay銀行がNPS=顧客の心の満足度の向上に取り組みはじめたのは、ここ3、4年のことである。なぜCX統括部がそれを推進しているのか?NPSは全社で取り組むべきことだ。しかし、CS・CXとセールスでは立場が違うこともあり、なかなか足並みが揃わないことがある。NPSがファクトベースで社内の共通言語になることを期待して、CX統括部が担っている。PayPay銀行では、年に1回の全体調査をはじめ、月次調査、それを踏まえた深掘り調査などを実施している。昨年からはグループ会社全体でNPS調査を開始し、横断的な取り組みを行っている。NPSの取り組みを社内で成功させるには、少しでも小さな成功体験を積み重ねることが大事だ。CX本部は顧客対応したアフターコールアンケートにもNPSの項目を加えて、PDCAを回す。

PayPay銀行はジャパンネット銀行から社名変更したときに、リレーショナル調査として実施する全体調査で数値に大きな変動があった。そこから深掘り分析をしてきたという経緯もある。NPSの調査は「いつ、誰に、どのようなサイクルで調査をしていくか」が重要になり、これを間違ってしまうと、そのあとの判断などに大きな誤り、誤解が生まれることになる。NPSに関しても部門を横断し、全社的に取り組まなければならない。

<4. 今後の課題と展望>

問い合わせは「パーソナル」な回答が求められてきている。一般的な回答ではなく、個人に踏み込んだステイタスを示さないと顧客満足度が上がらない。たとえば残高照会、取引明細のやり方だけを教えても満足度は低い。その場でその数字を出せるようになって、満足度が向上した。カスタマーサポートは解決チャネルが多様化してきたが、まだまだ応答率を重要な指標として位置付けている企業も多いが、解決チャネル全体をみて、最適なKPI設定が必要になる。生成系AIの活用が進んできているが、なかなか無人化対応までにはハードルが高いようだ。まずは、応対内容の要約、応対支援が比較的導入しやすい分野と考えている。同時に急速に技術が進んでいるので、日々確認しながら推進していきたい。