「auじぶん銀行が考えるCX戦略」
- 特別講演
【講演者】 - auじぶん銀行株式会社
IT戦略統括本部 DX本部 CX企画推進部長
兼 マーケティング戦略本部 マーケティング部長
清水 健太 氏
<はじめに>
auじぶん銀行は2008年、通信キャリア・KDDIとメガバンク・三菱UFJ銀行が共同で設立したインターネット専業銀行である。設立に参加したKDDIが通信キャリアということもあり、すべての銀行取引をスマートフォンで行えるようになっているのが特徴だ。現在は8割以上のお客様がスマートフォンで取引を行っており、その多くがKDDI提供のauブランドの携帯キャリアユーザーだ。もっともauユーザー向けの優遇は行っているものの、サービス自体は他キャリアのお客様にご利用いただけるような仕組みになっている。
当行の特色は、キャッシュカードがなくてもATMを利用できるスマホATMをはじめとした先進的なサービス提供に積極的に取り組んでいることだ。さらに、ダイバーシティの取り組みや若者支援、環境保全といった企業の社会的責任を全うするための活動にも力を入れている。
今回は、当社がこれまで取り組んできたCX推進の取り組みについてお話ししたい。
<CX推進部について>
当社でCX推進を担当しているのは、私も所属するCX企画推進部という部署である。CX企画推進部の主な役割は、商品サービスの担当者がこれまで仮説ベースで行ってきた商品開発や改善活動に対して顧客目線でアドバイスを行うことだ。各担当者がよかれと思って、サービスの企画・改善を行っていたとしても、お客様の潜在的なニーズや期待を正しく考察・分析していなければお客様に満足してもらうことは難しい。
そこで、CX企画推進部では、商品開発やCX改善施策についてファクトベースの企画立案ができるように各商品担当部門をサポートしている。また、本部ごとに、商品開発時のアドバイザー役となるCXエバンジェリストを任命する試みも行っている。
<CX向上は、徹底した顧客理解から始まる>
お客様の満足度を考える上で重要となるのが、お客様の期待値である。事前の期待値を超えることが、感動レベルの顧客体験につながるからだ。逆に、サービス内容が事前の期待値を下回ると「期待値未満」となり、お客様の不満につながる。お客様の期待に応えるためには、お客様の期待値がどのあたりのラインにあるかを正確に把握しなければならない。もっとも、お客様の期待値というのはお客様1人1人によって異なるものだ。したがって、サービスを提供する側としては、自社にとって一番大切にしたいお客様が誰かを見極めた上で、そのお客様の期待値を把握する必要がある。
そこで、当社はCX向上の取り組みにあたり、徹底的に顧客理解をするところから始めた。まずお客様の期待値を把握するために、外部機関の満足度ランキングの分析を行い、自社の強み・弱みを把握して担当部門に改善を促すようにした。さらに、的確な改善アクションにつなげるべく別途、自前でNPS調査を行っている。NPS調査のメリットは、年代別、利用している商品別といった細かなセグメント別にデータを分析できることだ。また、自由記入欄のコメントをテキストマイニングで分析し、その傾向から打ち手を考えるといったことも行っている。
他にも、VOCの全社的共有、改善策を誰もが提案できる目安箱制度、商品サービスの担当部署を対象としたカスタマージャーニー作成のワークショップ実施といった試みを行い、全社的にCX推進、顧客理解に向けた機運を高めている。
<期待値の基準となるロイヤル顧客の把握>
お客様の期待値を把握していく過程で、当行では今後増やしていきたい「ロイヤル顧客」の定義付けをも行うことにした。当行の定義するロイヤル顧客は、商品利用数と1商品あたりの利用金額がどちらも高いお客様である。実際にロイヤル顧客を対象にインタビューを行い、顧客のインサイトの深い部分を理解する試みも行った。
一般的には、会社としての収益が高い、利用金額の高い顧客をロイヤルと定義することが多いだろう。しかし、こういった顧客は外から入ってくるパターンが多く、当行への愛着はそこまで強くない。他の金融機関がよい条件を出せば、すぐに出て行ってしまう傾向がある。
その真逆に位置するのが、利用金額は少ないものの複数の商品を利用しているお客様である。我々は「このタイプのお客様は当行を気に入っており、他の金融機関に浮気しにくい傾向にあるのでは」と考え、時間をかけて育成すればロイヤル顧客になりうる存在、中長期的に会社の収益につながる存在と結論づけた。つまり、我々としては、こうした顧客に受け入れられるようなマーケティング戦略を考える必要があるということだ。
<auじぶん銀行のCX戦略と、これまでの取り組み>
リサーチによって顧客理解を深めたことは、当社のマーケティング戦略やCX戦略にとって大きな転機となった。ここから先は顧客理解をもとに、当行が実際に取り組んできたCX戦略について紹介したい。
顧客体験の向上に取り組むにあたり、我々は自分たちの目的を「お客様の顧客体験をプラスのものにしてファンを増やし、会社の収益向上につなげること」と設定した。お客様の苦情処理や不満に対応するといったお客様のマイナスな印象をゼロにする対症療法だけではなく、優れた顧客体験の提供によってお客様にプラスの印象を持ってもらうということが重要である。長く使ってもらうことを考えた場合、顧客体験の向上が我々にとっての最終ゴール達成に最適な手段であると考えている。顧客の不満解消にとどまらず、潜在的なニーズを先回りしてサービス・商品の企画をしていくという強い意気込みをもって取り組んでいる。
CX戦略のゴールはあくまでも収益増加や経費削減である。しかし、業績が上がれば、従業員のモチベーションがアップするだけでなく、お客様を大切にする文化も自ずと生まれてくるだろう。それが優れた顧客体験の提供につながり、さらなる業績向上に結びつく。こうしたポジティブなサイクルを生み出していきたい。
<これからの銀行に求められる顧客体験とは>
最後に、これからの銀行に求められる顧客体験について、今考えていることをシェアできればと思う。
現在ネットバンキングは市場が成熟し、流行感度がそこまで高くない「一般的な人々」が使うものになってきていると考えている。これが何を意味するのかというと、これまでネット銀行を使ったことがなかった初心者がお客様になる時代が来るということだ。したがって、我々としてはわかりやすく使いやすいサービス、そして安心感のあるサービスを提供することが重要だと考えている。特に、お金の預け入れ先としての安心感は重視するべきポイントだ。
コロナの影響もあって、これまで対面のサービスを利用していたお客様が一気にデジタル化した。彼らは環境変化によってやむなくデジタルを選んだお客様で、アナログに近い思考を持っている。我々としては今後のターゲット層がそういうお客様であることを意識し、こういった方々に安心して使ってもらえるサービスを作っていかなければならないと考えている。
<おわりに>
金融業界におけるCX向上には、まだまだ正解というものがないと考えている。しかし、1つ言えることはコロナ禍で急速にデジタル化が進み、今まで意外とアナログな世界だった金融業界にも変革の時が訪れているということである。
これからも同じ金融業界で働く者同士、金融業界の顧客体験価値を創造するためにお互い知恵を出し合い、日本の金融を盛り上げていけたら幸いだ。