常陽銀行のDX戦略ロードマップと現在の取り組み状況

特別講演
【講演者】
株式会社めぶきフィナンシャルグループ
経営企画部 DX統括グループ 担当部長
株式会社常陽銀行
経営企画部 副部長 兼 DX戦略室長
丸岡 政貴 氏

めぶきフィナンシャルグループと常陽銀行

常陽銀行は茨城県をメイン地盤とする地方銀行。栃木県の足利銀行と経営統合し、めぶきフィナンシャルグループを形成している。北関東は首都圏に比べると決して大きなマーケットとはいえないが、地銀系のフィナンシャルグループとしては全国3番目の規模を誇り、常陽銀行単体としても、預金量ベースで全国5番目の規模を維持している。

第3次中期経営計画について

2022~2024年度の3年間を中期経営計画の対象期間として、2030年を見据えたバックキャストで計画を策定。「地域を支えるビジネスモデルを追求」「持続可能な経営基盤の構築」「人材の育成・活躍促進」とした3本の基本戦略は、いずれもDXに関する視点も包含した内容となっている。

2030年には、総合金融サービスや新事業領域の収益の成長により、伝統的な銀行業務からの収益は全体の半分程度となる計画。DX分野では、自社の業務効率化やデータ利活用はもちろん、地域や取引先のDX支援にも積極的に取り組み、総合的な金融サービスで収益を上げていく。同時に、新事業の創出を図り収益の種を育てていく。

常陽銀行におけるDXの全体戦略

DX戦略は企業によって様々な定義があり、人によって目指す方向性や解釈が異なる。行内での認識を揃え、全員が同じ方向を向いて進めるよう、常陽銀行ではDXに関する考え方を戦略ストーリーとして定義し、2022年11月に公表した。以下はその概要である。
・お客さま・行員・職員を煩わしさから解放
・情報へのアクセスを容易に。データ利活用を高度化
・人が人ならではの活動を通じ、地域に新たな価値を提供
この戦略ストーリーは、行内だけでなくベンダーの方々とも認識を共有している。こうすることで、常陽銀行が目指す方向性に見合った提案を提供いただけるよう促している。

DX戦略ロードマップの概要

主な取り組み事項と目指す姿(To-Be)を明らかにするために、戦略ストーリーをカテゴリごとに具体化したロードマップを策定。行内ではより詳細なロードマップを展開しているが、公表ベースではそれぞれの内容や目指す方向性が行外の方でも理解しやすいよう、表形式で文章化した内容とした。

常陽銀行のDX(トランスフォーメーション)

常陽銀行のトランスフォーメーションの一例として「全店コンサルステーション化」がある。既に全店舗の40%以上をリテールステーション、ビジネスステーション、クイックステーションという店舗形態に変更し一定の成果を達成しているが、この思想を全店に拡大する。セルフやセミセルフ取引にできる業務をデジタル技術によって合理化し、営業店を事務の場から相談の場に変えていくことで、コンサルティング営業や相談業務の活性化を図る。

デジタル化を促進していけば、取引の履歴やログデータが蓄積されるため、顧客行動の傾向や顧客ニーズの解像度が上がる。こうして得られたデータをもとに、次の営業アクションやタイムリーな提案、マーケティング活動へとつなげていくことを目指す。

DXを実現する組織体制

常陽銀行のDX戦略企画や推進活動は、一つの専門部署が担うわけではなく複数の部署で連合的に推進する体制をとっている。こうすることで、各部署が自分事として主体的にDXに取り組めるほか、各DX企画が現場実態を的確に反映した内容になる。

DXは、DX専門部署だけが精力的に取り組めば進むというものではない。関係各部と持ちつ持たれつの意識を持ち、相互にサポートし合いながら取り組むことが重要である。

DX分野における2022年度の取り組み内容・事例・実績(個人向けサービス分野)

最も注力しているバンキングアプリは、導入から1年10ヶ月で100万ダウンロードを突破した(常陽+足利の合計値)。着実に顧客への浸透は進み、2023年3月末現在での実利用者は85万人を超え、MAU(月間のアクティブユーザー数)も80%を超えている。

このほか、無担保ローンのWeb契約が全体の95.4%。新規口座開設時のWeb口座作成率も95.2%となっており、これまで接点確保が難しかった就労層との顧客接点が順調に拡大している。こうした取り組みは、店頭の勘定系端末やサーバーの削減など、経費削減への波及効果にもつながっている。

DX分野における2022年度の取り組み内容・事例・実績(法人向けサービス分野)

法人インターネットバンキングでは、与信先に対する契約シェア71.2%、MAU82.5%。電子契約率88.8%という状況。事業性融資も高い電子契約率になっている点が特長で、現場の声を着実に拾い、対象帳票を拡大するなどして改善を進めた。このほか、取引先DX支援としてのDXコンサル商談件数が前年比4倍となるなど、DX支援の活動も活発化した。

常陽銀行では、一度に手を広げていくことよりも、一つ一つを徹底して浸透させていくことにこだわっており、導入したものは着実に浸透させていく。これがDX戦略ロードマップで目指す「デジタル浸透度」の所以である。

伝統的業務のデジタル化・業務革新(個別事例)

常陽バンキングアプリ
常陽銀行のバンキングアプリは、りそなホールディングスが提供するりそなグループアプリをベースに開発。りそなホールディングスを中心に、外部の関連協力企業と協働でアジャイル開発体制を敷いており、約3ヵ月ごとのペースで複数の新しい機能を追加している。

りそなアプリと大きく違うのは、インターネットバンキングの契約を必要としない「完全なネイティブアプリ」にしていることだ。アプリストアからインストールして初期設定をするだけで利用を始められるので、余計な手続きや利用開始までの待ち時間が発生しない。営業店でも推進しやすいアプリになったと自負している。

行員向け業務アプリ1:受取書アプリ
常陽銀行では全行員に業務用スマートフォンを配布。パート行員を含む全員が利用している。水戸市内のIT企業デジタルサーブ社と業務提携し、オリジナルの業務用アプリ10種を開発。8種が行内業務用、2種が顧客向けとなっており、業務効率化や営業推進に役立てている。

例えば、受取書アプリは、預り物件をまとめて写真撮影し、最低限の入力項目を入力して電子サインをもらうだけで預り証が発行できる仕組みだ。GPS機能が搭載され、誰がどこでいつ預かったのかが分かる。ログデータを管理することでトラブルや不正防止に役立てている。こだわりの利便性が評価され、2020年にはビジネスモデル特許を取得。外販も行っており、既に他行導入実績もあるので、他の金融機関でも導入を検討いただきたい。

行員向け業務アプリ2:訪問管理アプリ
訪問管理アプリは、外回りの渉外行員の行動履歴(あしあと)をGPSで追いかけ、地図上に残せる仕組み。同じ場所に一定時間止まっていると、スタンプのようにあしあとアイコンが押されて、日報メモなどを残せる。出先で入力したメモ書きはCRM日報と連動しているので二度手間にならず、効率的に日報作成ができることも特長だ。この訪問管理アプリも外販している。

リモート対応:相続リモート受付

相続手続き業務は専門のセンター対応に集約。営業店では来店予約の管理と来店時の接続方法の案内のみを行い、具体的な相談対応や手続きはセンターへと引き継ぐ体制。すでに全店がこの体制を取り入れており、営業店における相続対応の負担が大幅に軽減。ITが苦手なお客様でもスムーズに対応できており、相続業務に精通した担当者とビデオ通話で直接話ができるため、疑問や質問の早期解消にも役立っている。

このように、対面での会話を通じて安心感を提供できるような複雑な取引については、行員と対話できる環境づくりにも注力。地域金融機関ならではの安心感や親近感の醸成を大切にしている。

ペーパーレスの徹底

ペーパーレスはDXというよりデジタイゼーションの話だが、常陽銀行ではDXの土台となる取り組みとして重視している。ペーパーレスにこだわると、デジタル上の課題が浮き彫りになり、DX課題の発見につながるというメリットがあるためだ。

紙をなくすという取り組みは、どの部署でも同じ目線で取り組めるため、DXのカルチャーづくりや行員のITリテラシー向上の意味で有用。紙が減ると目に見える変化として変革を体感できるので、DX推進へのモチベーションが上がるという効果もある。

2024年度末までに2021年度比マイナス90%を目標とし、FAXデジタル化、保管キャビネット削減、プリンター台数削減、会議資料配布レスなどの改革を進めている。

個人ローン領域における審査AIの開始

AIには過剰に学習してしまう過学習や、誤って学習してしまう誤学習などの懸念があるため、業務スキームにAIを組み込むケースでは注意が必要である。常陽銀行では、難易度が高く内製化が難しいものについては、専門のノウハウを持った企業と協力して対応。この方が、やりたいことの実現が早く運用面での安定も図れると考えている。

個人ローンの審査では、外部の総研とともに実証実験を重ね、実務導入可能なモデルを構築。これまで有人で対応してきた審査業務の7割ぐらいを自動化できる見通しで、正式導入に向けた準備を進め、2023年12月には正式に運用を開始する予定。

資金需要予測AIの実務実証

事業性融資の資金需要の発生を予測するAIは、予測系AIにノウハウを持つIT企業と協働して実証実験を進めている。すでに2年ほどの時間を掛け、営業店で実際に利用しながら進めているので、今年度中に最終実証を済ませて、問題なく運用成果が出るようであれば、来年度以降は通常運用にする構え。

DX人材育成

行内の人材は、DXリーダー、コア人材、ベース人材という三つの領域に分けて育成を促進。 中期計画の3年間での目標は初年度で達成済みなので、習得した知識を実務に生かすための研修体系へと見直すことを計画している。

今後の課題と方向性

今後の課題として強化したい取り組みは、取引先や地域へのDX支援の拡充、DXコンサルティングの活性化だ。地方では、IT企業やDXコンサルティングができる企業が必ずしも多くない。地域金融機関が地域のDXをリードし、身近なアドバイザーとして地域を支援し続けたいと考えている。