与信プロセスの高度化
金融サービスを取り巻く状況と主要トピック

【講演者】
SAS Institute Japan株式会社
Risk Solution本部
担当部長
奈良原 洋一 氏

<金融サービス業界を取り巻く環境>

近年金融業界を巡る情勢は目まぐるしく変化している。

世界の総人口の6割以上がインターネットユーザーとなり、金融サービスの世界も、テクノロジーを起点とする新サービスが続々と登場している。さらに、コロナを初めとするパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻のような突発的な戦争が起こるなど、世界的に不確実性が高まり、将来が予測しづらくなっている。

こうした不確実な時代の中で、金融サービス分野で取り組むべき課題は多い。特に、与信プロセスを高度化していくことは重要だ。どのようなアプローチで取り組んでいけば良いか、4つの側面から考えてみた。

<1:与信ノウハウ外販とAPI>

他業種の企業が金融サービスに取り組み始めるようになり、業界内の競争が激化。同時に、金融機関は与信のノウハウを外販することで、新たな収入源を得ることになった。

テクノロジー起点での金融サービスが登場して、既存金融サービスとの競合と共存が進行。オンラインで完結するエコシステムに連なるために、システム間の連携が大前提となる時代へと移り変わった。

APIによる連携

システム間の連携も、基幹・フロントシステムと融資管理の基幹システムで金融サービスが完結した時代には、与信モデルはフロントシステムに組み込まれていたので、個社別にインタフェースを構築する個別対応の連携となり、準備に膨大な時間を要した。

時代と共に、効率化を図るためにAPI連携に変化。審査に必要な機能をAPIの形式で開放することで、システム側の処理を共通化し、コストカットや連携に要する時間を短縮するなどの効率化を進めた。

SASが提供する「SAS Intelligent Decisioning」では、基幹系のシステムでAPIを呼び出して審査を申し込むと、各社に対応する連携モデルを構築できる。

例えば、リテールの金融機関でAPI連携を実施した事例では、SAS言語で作成した信用モデルをもとに基幹系に実装するため二重プロセスとなっていた処理を、APIで呼び出すアーキテクチャに変更し、開発後のモデルを実行環境へと投入することで解消。結果として開発期間を数ヶ月から数週間に短縮させることができた。

2:モデルの精緻化、マイクロ化

これからは、より緻密でコンパクトなモデルが求められると予測されるが、その実現にあたって懸念される課題がある。

・モデルの再推定または調整に必要なデータの不足、モデル化された関連性の変化でデータの有効性が失われている
・不確実要素が多いため、事象や経済の進展に対して将来予測が立てづらい
・政府による広範囲な (必要以上の) 介入が影響を及ぼし、適切なリスク予測が困難に
・経済状況と消費者行動に関する構造の長期的な変化により、構造変化に追いつけない

不確実性の高い中でのスピードアップを実現するには、カードの利用データや購買データなど更新頻度が高い行動データを使って分析データを補完したり、人的な意思決定プロセスを排除し、システム間で連携してシームレスに自動化したりするなど、新たなアプローチが必要になるだろう。

オルタナティブデータの利用も有効ではないかと考えられている。これまでは信用調査の結果や申し込みの情報に基づいて融資の与信を算定していたが、ソーシャルメディアのデータや公共料金の支払い情報、行動情報なども判断材料に加えることで、よりきめ細やかな審査ができ、与信に影響させることができるのではないかという考え方だ。

消費者の約70%は、自分の信用スコアが上がるのなら追加情報を提供してもよいと考えているという調査結果もある。この状況を生かせば、モデリングの課題の解決につながると考えられている。

AIやマシンラーニングを採用する上での主な課題

AIやマシンラーニングの活用にも、次のような課題がある。

・利用するデータの質にムラが生じ、バイアスが含まれる可能性
・人材およびデータの理解
・モデルの解釈が難しい
・テクノロジーの変更、配備、メンテナンスが複雑になる
・費用対効果(効果が出るまでのコストと時間)

実際にAIやマシンラーニングを導入した場合、期待する効果が出るのはある程度時間が経ってからだと見込まれている。そのため、モデル配備の自動化やモデルをモニタリングする仕組み、モデルをガバナンスする仕組みなどを用意して、期待する効果が出やすい状態にしていくことが必要だ。

モデリングのライフサイクルを支援するツールの導入

組織のモデル開発業務の促進には、そのライフサイクルを支援するツールの導入が有効だ。モデルの開発には、データが欠かせない。オルタナティブデータを扱うようになると、データを活用できる形式に整えるための準備が重要だ。

総合的なモデル開発ソリューションとして「SAS Risk Modeling」なら、データ準備の負荷を減らす機能があり、モデル開発から実装、モニタリングまでのライフサイクル全てを広範囲でカバーできる。時間効率が上がるので、マシンラーニングを導入した際にも費用対効果が得やすくなるだろう。

<3:Z世代顧客の取り込み>

これからの金融サービス分野の中心顧客となるのはZ世代になることは間違いない。マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によると、Z世代の若者には次のような特徴が見られるのだという。

・子供の頃からインターネットが身近にある環境で過ごしてきたデジタルネイティブなのでモバイルやソーシャルメディアに精通し、インターネットでの調べ物も得意
・ ソーシャルメディアに依存している一方で、人との関わり方には慎重な姿勢
・みんなが着ているようなブランドよりも、個性を主張できるブランドを好む
・商品選びには、動画コンテンツの影響を大きく受ける
・環境に対する意識が高いと見られたいけれど、ESGに対するコスト負担には後ろ向き

金融サービス分野の取り組み

Z世代相手のビジネス戦略を考えるなら、次のような傾向を踏まえておくことが重要だ。

■チャネル
チャネルの主力がスマートフォンになることは明白なので、顧客として囲い込むにはアプリ利用に誘導する仕組みを構築し、UI/UXを向上させる取り組みを続けることは必須。

■商品性
商品購入時は、インターネットでリサーチして比較検討する世代なので、常に競合を上回るような条件の提供を目指していかなければならない。

■スピード
タイムパフォーマンス(時間の効率性)を重視するため、サービス提供のスピードが極めて重要になる。

与信という側面から考えると、次のような対策も必要になるだろう。
・薄利多売の収益管理が見込まれるため、債務者のカテゴリーを細分化した評価が必要
・審査スピードの向上が求められるため、人手を介さないプロセスの用意が必要
・若年層だけに貸倒れリスクも高いので、モニタリングや検知でのリスク管理の仕組みを自動化して早いうちに手を打てるように備えておくことも必要

<4:モデルのガバナンス>

今や多くの企業の経営判断には、モデルが重要な役割を果たしている。金融機関では年間で10%から25%程度使用されるモデルが増加しているという調査結果もあり、今後もその傾向は強まると想定される。

モデル活用の増加に伴い、モデルの誤用や古いモデルの不適合により、多大な損失を引き起こす事例も発生している。これを予防するために、モデルのリスク管理の重要性が指摘されている。

モデルリスク管理の高度化へのロードマップ

SASでは、初期段階から統合的なモデルリスク管理を実現するまでに、段階を踏んでステップアップすることで、モデルリスク管理の高度化を図れると考えている。

初期段階の「オペレーショナルリスクアプローチ」では、使用モデルを1カ所に集中。関連部署全てが共有で使用するワークフローに従ってモデリングのライフサイクルを管理することで、ガバナンスを担保するベースを確立する。

2段階目では「定性的なモデルリスク管理アプローチ」としてモデルに関連する情報やルール、使用目的などの情報をひも付けて管理し、モデルリスクを参照・分析しやすくする。

3段階目には「定性に加え定量的なモデルリスク管理アプローチ」に発展。モデル自体のリスクプロファイルを把握して、どのような精度で運用されるのが望ましいのか、精度が下がった場合は評価し直したり、細分化したりするなど、モデルの修正をして手を打つ。

最終形として目指すところは、統合的なモデルリスク管理を図り、管理のPDCAサイクルを確立させることだ。業務フローを見直して、モデルリスク管理のフローが陳腐化してきた場合は、新たな部署も加えることを検討するなどして、モデルリスク管理自体のエコシステムを確立していく。

SASのモデルリスク管理のソリューションでは、一元的な業務管理を実現するワークフロー機能を搭載し、モデルリスク自体を俯瞰するようなダッシュボードなどの機能も提供、リスク管理に関して可視化しながら管理ができる。プロセスの自動化や省力化にもつながる解決策になりえると自負している。

◆講演企業情報
SAS Institute Japan株式会社:https://www.sas.com/ja_jp/home.html