保険業界における顧客接点へのデジタル活用
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【講演者】
- 日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング 保険・郵政グループサービス事業部
シニア・マネージング・コンサルタント
増田 健一 氏
<営業における課題解決の方向性>
近年はテクノロジーの進歩やコロナの影響により、営業を介さずに直接保険に加入することができるようになっている。しかしながら、依然として営業職員や代理店などの人を介した募集による加入が主流である。顧客の傾向の変化により保険営業も変化することが求められている。今までの営業手法であれば、顧客を掴んでいる成績優秀者やベテランは問題ないが、頑張っているのに成績が出ない、入ったばかりで経験もノウハウもないなどの営業職員にはデジタル活用によって支援する必要がある。
顧客接点へのデジタル活用には、デジタルで関心を高める、顧客のライフイベントを捉える、LTVを高めるという3つのポイントで説明したい。
<デジタルで関心を高める>
まず「デジタルで関心を高める」だが、顧客との面談は顧客の予定に合わせて調整しなければならない。そのため面談は夜や休日など、顧客と営業職員どちらにも負荷が高い。デジタルを活用すれば、面談がリアルとバーチャルで時間を意識せずに、どこでも行えるようになる。たとえば勤務中に保険会社から健康アドバイスを受け取り、帰宅後に気になるところをリモートで保険会社と面談、このままだと将来どうなるかVR上でシミュレーションできる。それらを介して、対面でより詳しい説明を受けて納得した上で保険に加入する。このようなシナリオが考えられる。
AIの活用について触れたい。テクノロジーの進化によって大量のデータにラベル付けしてAIを育ててきた時代から、少ないデータ量でAIを育てることができるようになってきている。生成AIは機械学習モデルから学習し、新しいデータや情報を生成できる能力を持つAIだ。これは自然言語生成や画像生成、音声生成などに利用される。生成AIは与えられた入力に基づいて、新しいコンテンツを生成する。得意分野は長い文章の要約、単語ではなく意味によるQAの対応、ドラフトの作成などが挙げられる。生成AIの利用場面としては2点挙げられる。たとえば、顧客に対してメールで考える場合は文書の書き出しや構成など考えることが多く、何かと手間と時間がかかる。とはいえ、コピペメールであれば顧客への訴求力が下がってしまう。生成AIに顧客氏名、オファー内容を入力するだけでメール文面を作成してくれる。以前の担当者から引き継いだばかりで馴染みのない顧客に対しても、顧客に寄り添った文面を作成できる。また顧客とカスタマーセンター職員とのやりとりの音声を要約することで、顧客の真意を外さずに短時間で理解できるようになる。生成AIはビジネスの生産性向上だけでなく、人への寄り添いに強みがある。
「バーチャル・エージェント」はAI技術を適用し、様々な場面での営業支援が可能だ。「ターゲティング支援」や「商品提案レコメンド」は顧客の状況に応じて、ニーズ喚起するタイミングで、適切な商品を提案することができる。「照会応答支援」では顧客との面前の対応のような即時性が求められる対応をAIが支援する。会社として営業を支援していることを見せることができる。「営業戦略支援」では、顧客との関係に応じてアイスブレイクになる話題やビデオ教材、ロールプレイを提供することで顧客へのアプローチ法の示唆を提示できる。
このように、営業担当個人の努力や技量に頼っていた営業の知見を、AI活用することで、類似する契約者情報の活用、提案時の実データ活動範囲の拡充、状況に応じた推奨情報の把握などで、顧客との接点が持ちづらい営業担当の背中を押すソリューションだ。
またAI技術を営業話法のスキル向上に活用することも考えている。話法を手軽に繰り返し、練習・習得できる機能を提供するとともに他の営業のうまい発言など、ノウハウを収集活用する仕組みも取り入れることで対面営業を支援する。まず営業職員がロープレを実施し、それに教育担当の評価を加えることで、「良いコメント 」「残念なコメント」を発言例として 話法コーパスに追加登録する。この一連の流れを繰り返すことで発言例を蓄積する。ベテラン教育担当のナレッジを組織のナレッジとして活用できる。
メタバースについても触れてみたいと思う。Z世代やミレニアム世代において、現実とデジタル空間のシームレス化が進むと予想される。IBMの調査結果では、「デジタル化の進展は顧客との長期的な関係構築に新たな複雑さをもたらしている」「消費者は物理空間とデジタル空間をシームレスに行き来することを求めている」「セキュリティに精通したデジタルネイティブな消費者の信頼を獲得する必要がある」と分析している。国内・海外共にメタバース事業に取り組む事例が増えている。顧客向けには商品体験やサービスを仮想体験してもらうための「Meta-Showcase」や「Meta-Branch」、病院内を仮想体験することで入院前の不安を軽減する「Meta-Twins」従業員向けには、営業活動を支援する「Meta-Assist」や、職場体験ができる「Meta-Workplace」などがある。
<ライフイベントを捉える>
顧客接点で得た情報は顧客との関係強化に重要だ。特に顧客との関係が長くなる保険会社は、契約後も顧客のライフステージに関する情報を集め、理解し、必要となる対応策を講じると同時に、情報を有効活用しなければならない。ライフイベントを予測し、AI活用による差別化を行う。音声認識とAI活用で顧客から聞き出した有用な情報を埋もれさせることなく活用できる仕組みができる。
カスタマーセンターでの連絡内容を通じて顧客情報や関心事を抽出し、それを営業に伝えることで、顧客に応じた対応が可能になる。またこれらのやりとりを蓄積することで、担当者が代わっても保険会社として一貫したサービスを提供できる。たとえば住所変更でも、結婚、出産などのライフイベントと関連している場合が多い。会話の中でも取得できる情報もある。住所変更をただの事務手続きではなく顧客接点と捉えることで、営業活動に活用できる。
<LTV(ライフタイムバリュー)を高める>
日々の生活で保険加入の満足度を向上するには、顧客が保険会社とのつながりを実感できるサービス提供が必要となる。保険契約後は、病気や事故に遭わないかぎり、保険会社と契約者には接点がないのが従来の姿だった。保険だけでなく、健康アドバイスや事故を起こさない予測的なアドバイスを提供する。蓄積データからサービスをレベルアップして、顧客がつながりを実感し関係性を深めることができる。
LTVを高めるため顧客に気づきを与える新たなサービスが広がると予想される。保険会社では顧客が直面するリスクに即した情報を提供することで、顧客と結びつくと考えている。生保サービスではカメラやデバイスによって健康リスクの注意喚起や運動を促す。また気候変動による発病リスクを考慮した保険サービスの提供などを行う。損保サービスでは位置情報を元に、事故の注意喚起をして回避行動を促したり、旅行保険などの提案をしたりする。デバイスから受けた大量のデータを、サービス加入者に対して分析結果を提供するだけではなく、保険会社の財産としてデータ活用した分析が広がっていくだろう。
営業における課題解決の方向性として最後に伝えたいのが、AIは「顧客を最もよく知る最善の執事」ということだ。「最善の執事」とは顧客を最も理解している人を指す。顧客に気づきを与える情報を提供しても、相談相手として顧客に選択してもらえなければ意味がない。顧客接点は1つだけでなく顧客が選択できる仕組みを作ることが重要だ。保険会社には様々な部門で人々が顧客を支えている。顧客にとって最善の執事であることを認識し、それに貢献することでLTVを高めることができる。
<カスタマーセンターにおける課題解決の方向性>
カスタマーセンターには今までの効率化を追求した運営に留まらず、データを活用した提案型オペレーションを行い、セールスへの貢献がこれまで以上に求められ、必要とされるスキルもより高度になっている。恒常的にコスト削減やCXの向上を行いつつ、販売機会の創出を行うという困難な状況にある。またデジタルチャネルの増加や利用拡大、コロナ禍などの環境の変化に伴い、より顧客のニーズに沿った対応が求められるようになった。短いサイクルで商品・サービス・キャンペーンが変わりその都度柔軟に対応しなければならない。一方、厳しい人材難で人手不足傾向は継続している。オペレーター業務の負担軽減や従業員満足度の向上も求められている。
高度化、複雑化するカスタマーセンター運営を支えるシステム構築を進めると同時に、業務負荷の軽減と対応品質の維持・向上を同時に目指さないといけない。カスタマーセンターの現状の課題とその解決の方向性を示していこう。1つ目はコールの滞留で、対応できるオペレーターと電話の内容のミスマッチによって起こると考えられる。これには音声基盤とAIサポートに業務負荷を軽減し、オムニチャネル化により他チャネルへの誘導を促すことで解決する。2つ目はカスタマーセンターからの営業アプローチだ。こちらはデジタルを活用し営業導線を整備することで解決する。3つ目は顧客の声のデータ活用で、顧客からの問い合わせ発生の背景・経緯の情報を蓄積し、提供サービスの品質評価と改善に向けフィードバックし、プロフィットセンター化を行う。
具体的な対応策として、デジタルを活用した次世代カスタマーセンターの業務基盤として、クラウドベースのカスタマーセンター・サービスおよびCRMとIBM Watsonを組み合わせることで、課題に対応した基盤を構築できると考えている。「音声基盤×AIサポートによる業務負荷の軽減」は1コール当たりの業務負荷を減らす取り組みだ。コール対応のワークフローを整備したり、音声系自動応答などのオペレーターの業務をデジタルに代替したりすることで負荷の削減を実現する。「オムニチャネル化」はコール自体の数を減らす取り組みだ。チャットボットを活用することで、メッセージ系自動応答によるバーチャルカスタマーセンター構想を実現すると共に一人あたりの業務負荷の軽減に寄与する。顧客とのタッチポイントを一元管理することで、顧客ロイヤリティ醸成に貢献するOne To Oneのきめ細かいサービスの提供や対応の高度化を実現する。
「営業のデジタル活用」ではLINEを活用して、1人の顧客に対して複数人でサポートする手厚いフォローが可能になる。また顧客の行動履歴を分析することで、顧客一人一人に沿った情報提供ができる。「顧客の声の活用」では、顧客の声を単にテキスト化しただけでは使い辛いため、いかに活用するために分析しやすいデータにしていくかが課題だ。顧客の声にタグ付けするようなイメージである。
デジタル技術を活用した自動対応等による事務負荷の軽減・効率化と対応品質の均質化に加え、組織をまたいで情報共有できるプラットフォームの構築が、カスタマーセンターが果たす役割だ。1つ1つの問い合わせに対してタグで対応していく。対応したデータを商品開発に繋げていく。また販売チャネルに情報連携することで、顧客に対してタイムリーな支援を行うことができる。
<IBMの活用事例>
バーチャル・エージェントでは顧客のタイミングに合わせて情報提供できるようになったので、成約に繋がる率が向上した。保険に関する必要なデータを迅速に提供し、様々なデバイスで利用可能にした。保険申込や処理に活用される。自動車保険の初回導入により、成約率が60%向上し、レンタカー保険の導入では成約率が40%向上した。コールセンターでは顧客との会話内容を取得し、その内容をファンデーション化し、そこから要約、アクション抽出、解約分析を行うソリューションを作った。コール内容の分析は人の手で行うのには限界がある。顧客の声をそのまま会社の成果に繋げる実例である。800万件の会話をファンデーションモデル化し、改善の結果50億円以上の成果を上げ、-30%のコールオペレーションが減少、解析されるコールログは月600万件になった。
商品・事務照会のチャネルの最適化では、会話の内容をテキスト化し、対話データから質問発話をコミュニケーターが選択し、 あらかじめ学習した商品取り扱いのFAQやマニュアル などから、最適な「質問と回答」候補をスコア順に一覧表示、トークスクリプトの自動表示などにより応対業務の効率化を実現している。照会の時間短縮や回答内容の品質や応答率の向上などの導入効果があった。
IBMがメタバースのMVP環境を提供することが出来ることも紹介したい。IBMはテクノロジーの印象が強いが、デザイン思考にも強みがある。顧客にとってよりよい体験を作り出すためには、深い顧客理解と共感し、アイデアを形とし、検証するサイクルを迅速に回し、体験価値を磨くことが大事だ。今回紹介したテクノロジーに関する課題解決策を実行し体験するのは顧客と保険会社の社員である。顧客と社員に寄り添い解決策を受け入れられるようにIBMは取り組んでいきたいと考えている。
◆講演企業情報
日本アイ・ビー・エム株式会社:https://www.ibm.com/jp-ja