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平成28事務年度 金融行政方針が金融実務に与える影響<前編>

平成28事務年度金融行政方針では、日本版スチュワードシップ・コードの改訂、フェア・ディスクロージャー・ルールの導入など、金融実務への影響が予想される項目が示されている。本稿は、金融行政方針に関する全3回連載の第2回として、平成28事務年度金融行政方針に掲げられた項目のうち「Ⅲ.活力ある資本市場と安定的な資産形成の実現、市場の公正性・透明性の確保」の中で述べられている重点施策について解説する。

平成28事務年度 金融行政方針が金融実務に与える影響<前編>
  1. 活力ある資本市場と安定的な資産形成の実現、市場の公正性・透明性の確保
  2. 顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)の確立・定着
  3. 日本版スチュワードシップ・コードの改訂
  4. 会計監査に関する取組み
  5. フェア・ディスクロージャー・ルールの導入に向けた検討
  6. その他の主な重点施策

活力ある資本市場と安定的な資産形成の実現、市場の公正性・透明性の確保

平成28事務年度金融行政方針の「Ⅲ.活力ある資本市場と安定的な資産形成の実現、市場の公正性・透明性の確保」では、解決すべき課題として、以下4点などが挙げられている。

  • 家計の安定的な資産形成
  • 販売会社の顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)の確立・定着と金融機関の行動・商品の「見える化」
  • 機関投資家の運用の高度化
  • 運用機関による実効的なスチュワードシップ活動

そして、金融庁としては、これらの課題を解決していくことにより、経済の持続的な成長に資する、より良い資金の流れを促進し、国民の安定的な資産形成の実現を目指すとしている。

同時にその前提となる市場の公正性・透明性を確保するため、市場監視機能の強化、会計監査の質の向上、開示及び会計基準の質の向上、市場のインフラ・システムの頑健性の確保に積極的に取り組んでいくことも述べられている。

その上で、「活力ある資本市場と安定的な資産形成の実現」と「市場の公正性・透明性の確保に向けた取組みの強化」に分けて、具体的重点施策をまとめている。

以下、「活力ある資本市場と安定的な資産形成の実現、市場の公正性・透明性の確保」の観点から具体的重点施策としてあげられている事項のうち、金融実務への影響が予想される主な項目を解説する。

▼筆者:有吉尚哉氏の関連著書
FinTechビジネスと法 25講―黎明期の今とこれから―
資産・債権の流動化・証券化(第3版)

顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)の確立・定着

顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)の確立・定着

「活力ある資本市場と安定的な資産形成」の実現に向けた重点施策の中で、金融機関等に対する取組みとして、金融機関等による「顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)」の確立と定着が掲げられている。

平成28事務年度金融行政方針での提言

フィデューシャリー・デューティーは、平成27事務年度金融行政方針でも言及されていた考え方であるが、平成27事務年度金融行政方針では金融庁がどのようにフィデューシャリー・デューティー概念を捉えているか必ずしも明確ではなかった。

これに対して、平成28事務年度金融行政方針では、「顧客本位の業務運営」とも言い換えた上で、「金融機関等が、当局に目を向けるのではなく、顧客と向き合い、各社横並びではない主体的で多様な創意工夫を通じて、顧客に各種の情報を分かりやすく提供するなど、顧客の利益に適う金融商品・サービスを提供するためのベスト・プラクティスを不断に追求することが求められる」と説明されており、フィデューシャリー・デューティーの意味する(と金融庁が考えている)ところが理解しやすくなっている。

英米法の概念であるfiduciary duty

この点、元々英米法の概念であるフィデューシャリー・デューティー(fiduciary duty)とは、「信認義務」あるいは「受託者責任」などと訳されることがあるが、判例法理の積み重ねにより形成された考え方であり、明確に定義をすることは難しい概念である 。

たとえば、タマール・フランケル著=溜箭将之監訳『フィデューシャリー-「託される人」の法理論』(弘文堂、平成26年)では、信認関係とそれに伴う信認義務を成立させる要素として、次の4項目があげられている(同書6~7頁)。

  • 受認者は主にサービス(通常は社会的に望ましいもので、専門性を必要とすることが多い)を提供する。
  • これらのサービスを効率的に実行するために、受認者に対し財産または権限が託される必要がある。
  • 託す人は、託すことによって、受認者が信頼に値しないかもしれないというリスクを負う。
  • 次のような可能性がある。(a)託す人が、信認関係に伴うリスクに対して自衛できない。(b)市場が、託す人をそうしたリスクから守れない。(c)受認者が自らのことを信頼に値すると示すのにかかる費用が、信認関係からもたらされる利益よりも大きい。

その上で、信認義務を忠実義務(託された財産と権限に関わる義務)と注意義務(受認者がサービスを提供する際の質と注意に関わる義務)に分類し、このうちの忠実義務に基づく義務として、以下があるとしている(同書109頁)。

  • 託された財産もしくは権限について、託す行為に伴う指図に従い、これを遵守する義務
  • 受認者がサービス提供時に誠実に行動する義務
  • 受認者の提供すべきサービスを他者に委任しない義務
  • 会計報告義務と、関連する情報を託す人に開示する義務
  • 託す人が複数いる場合に、その人々を公平に扱う義務

金融庁が提言する「フィデューシャリー・デューティー」とは

金融庁の説明は顧客本位という観点に焦点を当ててフィデューシャリー・デューティーを捉えるものであり、英米法のfiduciary duty概念そのものと完全に一致するものではないように思われる。

そのため、英米法のfiduciary dutyの考え方を参考にしつつも、金融行政方針で求められるフィデューシャリー・デューティーは英米法とは独自の概念と割り切って捉える方が、金融行政方針に則した実務対応を行いやすいのではないかと思われる。

平成28事務年度金融行政方針では、フィデューシャリー・デューティー概念を前述のように「顧客本位の業務運営」として説明した上で、金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等のインベストメント・チェーンに含まれる全ての金融機関等において、顧客本位の業務運営を行うべきとのプリンシプルが共有され、実行されていく必要があると指摘している。

そして、金融審議会において、顧客本位の業務運営を確保する観点から、どのようなプリンシプルを確立し、それをどのような枠組みで定着させることが適当かについて検討することが述べられている。今後、平成28年5月に設置された「市場ワーキング・グループ」での審議を通じて、フィデューシャリー・デューティーを果たすために求められる対応について、より明確化・具体化が図られるものと思われる。

日本版スチュワードシップ・コードの改訂

スチュワードシップ・コードの改訂

日本版スチュワードシップ・コード

日本版スチュワードシップ・コードは、平成26年2月26日に、金融庁が設置した日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会によって策定されたものであり、機関投資家がスチュワードシップ責任を果たすに当たり有用と考えられる諸原則を定めるものである。

日本版スチュワードシップ・コードには、おおむね3年ごとを目処として定期的な見直しが期待される旨が明記されており、平成29年の前半が見直し時期に当たることになる。

日本版スチュワードシップ・コードにおいて、スチュワードシップ責任とは、機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味すると説明されている。

「活力ある資本市場と安定的な資産形成」の実現に向けた重点施策の中で、機関投資家に対する取組みとして、このスチュワードシップ・コードの改訂が言及されている。

「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」での検討

平成28事務年度金融行政方針では、平成27年9月より設置されている「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」において、以下の点について、検討を進め、その結果を踏まえて必要な改訂を行うとしている。

  • 運用機関とその系列親会社等との関係から生じ得る利益相反の管理や運用機関のガバナンスの強化
  • 議決権行使結果の開示の充実
  • パッシブ運用におけるエンゲージメント(対話)の促進
  • 運用機関によるスチュワードシップ活動に係る自己評価の充実
  • 資産保有者による運用機関のスチュワードシップ活動強化に向けた実効的な働きかけ・チェックの実施

具体的な検討内容として、平成28年11月8日に開催された第10回会議において、同フォローアップ会議の意見書の案となる「機関投資家による実効的なスチュワードシップ活動のあり方(案)」が審議されている。

日本版スチュワードシップ・コードの改訂の動向を注視

日本版スチュワードシップ・コードはあくまでも趣旨に賛同する機関投資家に受け入れることを期待する諸原則であり、法的拘束力を有する法規範ではないが、主要な機関投資家の多くは既にコードを受け入れており、事実上、コードの改訂により、年金基金等の資産保有者と、投資運用会社等の資産運用者の双方を含む機関投資家の実務に影響を与えることが見込まれる。

また、その反射的な効果として機関投資家から投資を受ける企業の株主・投資家対応にも影響が生じることが予想される。そのため、市場関係者には、日本版スチュワードシップ・コードの改訂の動向を注視することが求められよう。

会計監査に関する取組み

会計監査に関する取組み

「市場の公正性・透明性の確保に向けた取組みの強化」の実現に向けた重点施策の項目の一つとして、会計監査の質の向上があげられている。この項目に向けた具体的な取組みとしては、平成28年3月8日に公表された「会計監査の在り方に関する懇談会」の提言を踏まえ、以下の取組みを進めるとされている。

  • 監査法人の経営陣によるマネジメント改革の取組みをサポートするため、平成28年7月に設置された「監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会」において、監査法人のガバナンス・コードを検討、策定すること
  • 監査法人のローテーション制度について深度ある調査・分析を実施すること
  • 監査報告書の透明化(長文化)を含む監査法人の業務運営・会計監査に関する透明性を向上させるための方策を検討すること

これらの取組みにより、監査法人に新たな制度への対応が求められるだけでなく、ローテーション制度や監査報告書の透明化の動向などについては監査を受ける企業の側にとっても、実務的な影響が生じることが予想される。

フェア・ディスクロージャー・ルールの導入に向けた検討

フェア・ディスクロージャー・ルールの導入に向けた検討

「市場の公正性・透明性の確保に向けた取組みの強化」の実現に向けた重点施策の一つとして、開示の質の向上に向けた取組みもあげられている。その中では、フェア・ディスクロージャー・ルールの導入に向けた検討を進めることが具体的重点施策として掲げられている。

フェア・ディスクロージャー・ルールとは

フェア・ディスクロージャー・ルールとは、「企業が公表前の内部情報を特定の第三者に提供する場合に、当該情報が他の投資者にも同時に提供されることを確保するルール」と説明されており、米国等で導入されているルールである。

具体的な制度内容の検討

既に平成28年4月18日に公表された金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」の報告において、フェア・ディスクロージャー・ルールの導入について具体的に検討することが必要であると提言されており、今後はルールを導入することを前提に、平成28年10月に設置された「フェア・ディスクロージャー・ルール・タスクフォース」で具体的な制度内容の検討が進められるものと見込まれる。

実際にフェア・ディスクロージャー・ルールが導入されることになると、企業の情報開示の基本的なあり方が変わることとなり、IRや資金調達などの実務に大きな影響を与えることが予想される。

開示制度に関するその他の取組み

なお、開示の質の向上に向けた取組みとしては、このほかに、証券取引所上場規則(決算短信)、会社法(事業報告・計算書類)、金融商品取引法(有価証券報告書)に基づく3つの開示制度に基づく開示内容を整理・共通化・合理化するための取組みを更に進めることもあげられている。

その他の主な重点施策

その他の主な重点施策

「活力ある資本市場と安定的な資産形成の実現、市場の公正性・透明性の確保」の中では、ここまでに取り上げたもののほか、金融実務に影響を与えることが見込まれる具体的重点施策として、現行のNISAよりも年間投資額を少額としつつ、非課税投資期間をより長期とする「積立NISA」の実現に向けた取組みを進めることがあげられている。

また、ETFを巡る課題とその改善策、市場間競争の意義やあり方、私設取引システム(PTS)における信用取引の解禁等のPTS制度の意義やあり方等の項目について金融審議会において検討を進めることが述べられており、金融実務への影響が予想される具体的な制度改正の動向として注目される。

▼筆者:有吉尚哉氏の関連著書
FinTechビジネスと法 25講―黎明期の今とこれから―
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有吉 尚哉 氏 【 寄稿 】
西村あさひ法律事務所
弁護士

有吉 尚哉 氏

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