- 情報技術を活用した新たな農業
- 農業ITサービス隆盛の背景① 農業界を取り巻く環境の変化
- 農業ITサービス隆盛の背景② IT分野の技術革新
- IT活用事例① 水田に関する環境データの自動計測
- IT活用事例② 小型ドローンによる生育監視・薬剤散布
- IT活用事例③ GPSやGISを活用した先進農業機械
- 農業ITサービスの提供時に参照すべきガイドライン
情報技術を活用した新たな農業
スマート農業、AI(AgriInfomatics/農業情報科学)農業、ICT農業、またはAgriTech(アグリテック)といった言葉を耳にする機会が増えているのではないだろうか。各用語の一般的な定義は、以下のとおりであるが、これらの用語の普及が示すとおり、農業分野への情報技術の導入が急速に進んでおり、農業ITサービスを提供するAgriTechベンチャーが増えている。
スマート農業
ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業。
AI農業
Agri Infomatics(農業情報科学)を応用した農業。今後急速に失われていく可能性のある篤農家の「匠の技」(暗黙知)を、ICT技術を用いて「形式知」化し、他の農業者や新規参入者等に継承していく新しい農業。
ICT農業
一般的に、Information and Communication Technology(情報通信技術)を活用した農業のこと。
AgriTech
一般的に、農業全般におけるテクノロジーを活用した先進的な取り組みのこと。
近時、農業ITサービスに関連するビジネスがにわかに注目を浴びているが、その背景には、農業界を取り巻く環境の変化と、IT分野を中心とする技術革新という2つの側面がある。以下、それぞれ解説する。
農業ITサービス隆盛の背景① 農業界を取り巻く環境の変化
離農、農業従事者の高齢化
農業の現場では、若手・中年労働者層を中心に離農が増加し、農業従事者の高齢化が進展している。農林水産省の統計によると、平成27年時点で、基幹的農業従事者の平均年齢は67.0歳となり、65歳以上が占める割合は約64%にも上っている。
そのため、農業の担い手不足が喫緊の課題となっており、新たな農業の担い手の発掘および作業の効率化や生産性・品質の向上が求められており、大規模農家を中心に農業ITサービスへの関心が高まっている。
企業の農業参入
農地法の改正により、法人による農地賃借については平成21年から、農地所有についても平成28年から規制が緩和されたため、法人による農業参入の機会が大幅に増大し、法人農業経営体数は一貫して増加傾向にある。
近年、流通業界のプライベート・ブランド化の流れを受けて、イオングループやセブン&アイ・ホールディングスグループのように大手流通企業が自ら農業に参入するケースが増加している。また、製造業界や医療業界等農業とは関係のない分野からの新規参入も進んでいる。
法人による農地所有に対しては、農業関係者の保有する議決権の合計が総議決権の2分の1超を占める必要がある等依然として厳しい要件が課されており、企業が自ら農地の所有権を取得し農業経営を行うことには高いハードルが残されている。
しかしながら、平成28年6月2日に閣議決定された「日本再興戦略2016」において、2014年時点で1万5300である法人農業経営体数を2023年までに5万にすることが目標として掲げられており、今後も法人の農業参入を促すため、規制緩和の流れが進み、法人農業経営体数は一層増加していくものと予想される。
こうした法人農業経営体は、これまでの農家による農業運営に比べ、人件費や生産管理費等のコスト管理を重視する一方で、安定した生産体制の確立、生産性・品質の向上を目指すことから、一般的に農業ITサービスの導入に積極的である。
弁護士が解説する農地法改正 – 農地法が農業ビジネスに与える影響
農業ITサービス隆盛の背景② IT分野の技術革新
農業ITサービスを支える技術革新は多様であるが、主なものとしては以下の点を挙げることができる。
- インターネットへ繋がるスマートフォン・タブレット等のモバイル端末の普及
- 農業用センサネットワーク技術の進化
- 安価かつ高性能の小型ドローン開発
- 人工知能(AI)関連技術の発達
- GPSやGISを活用した先進農業機械・技術の普及
今日の農業ITサービスの多くは、上記技術の1つまたは複数を組み合わせて活用することにより開発・提供されている。
上記を見て頂ければ分かるように、いずれも近年目覚ましく発展・変化を遂げている分野であり、これら技術革新の観点からもなぜ近年農業ITサービスの普及が進んでいるのかを理解することができるだろう。
IT活用事例① 水田に関する環境データの自動計測
水田の管理(見回り、水位・水温の確認等)は稲作における重要な作業であるが、広い敷地にわたる水田を管理する農家にとっては、多大な時間と労力を要する作業でもある。
このような見回り作業を省力化するため、農業用センサネットワーク技術を用い、水田に設置することにより、気温・水位・水温のデータ等の環境データを自動計測する装置が開発され、急速に普及が進んでいる。これらの装置を導入すると、クラウドシステムを介して、スマートフォン等のモバイル端末上で環境データを確認することが可能となる。
これらの製品により、農家は、いつどこにいても、モバイル端末を使って、水田の状況をデータで知ることができ、水田管理作業の大幅な省力化を図ることができる。環境データの自動計測を可能とする製品は、水田向けに限られず、他の農産物を栽培する農地向けの製品も存在する。製品によってはカメラ機能も搭載され、農地の遠隔モニタリングを可能とするものもある。
また、環境データはクラウド上に蓄積されるため、これら環境データと生産・栽培状況・作業内容等の情報を併せて分析することで、経験と勘に頼った農業から客観的データに基づいた農業に必要となるノウハウの蓄積や形式知化も可能となる。
そのため、これまで農家の世界で「暗黙知」や「匠の技」と言われていた熟練農家のノウハウを後継者に効率よく伝授することができるようになり、「素人レベル」での新規参入者も、就農のチャンスを得られることになる。
IT活用事例② 小型ドローンによる生育監視・薬剤散布
生育監視・薬剤散布を行う小型ドローンが開発されている。ドローンにより稲の生育状態や生育環境を田畑の上空から観察し、その観察結果のデータに基づき稲の生育ステージを推測し、品種固有の生育ステージと比較する。
その結果、生育状態に応じた薬剤散布の最適時期と最適量を知ることができ、高い位置精度で均質に薬剤散布を行うことが可能となる。
このような小型ドローンを使用したシステムを導入することで、農家は、広い田畑における薬剤散布にかかる人件費や生産管理費等のコストを抑制できる上、稲の生育状況に適した最適量の薬剤散布が可能となるため、安定した生産体制の確立、品質の向上も期待できる。
IT活用事例③ GPSやGISを活用した先進農業機械
GPS車両ナビゲーションシステムにより圃場の面積、形状、位置を正確に測定し、農作業を行う際の走行経路をガイドする、いわば「農作業用カーナビ」ともいえるシステムがある。
敷地内の耕起、整地、肥料散布、防除作業において、重複や抜けがないよう均一に走行するため、作業効率を向上させる上、無駄な肥料散布を防止しコスト抑制にも資する。
農業ITサービスの提供時に参照すべきガイドライン
政府の新たな成長戦略となる日本再興戦略2016においても、「農業のIT化や自動化を可能な限り進めていくことが重要である」として、「攻めの農業」は鍵となる施策とされており、政府を挙げて農業ITサービスの普及のため様々な取り組みがなされている。総務省が掲げている「世界最先端IT国家創造宣言」における「農業のIT化による国際競争力強化」の取組みも同様の流れに基づくものである。
これらの取組みの中から、AgriTechベンチャー等が農業ITサービスを開発・提供する際に参照すべき内閣府等によるガイドおよびガイドラインを取り上げ、その概要を紹介する。
農業ITサービス標準利用規約ガイド
農業ITサービスにおいては、サービス提供者側に提供されるデータの知的財産権の取扱い等サービスの提供に当たって整理すべき事項が存在するため、サービスの利用に先立ち、サービス提供者と利用者との間で双方の権利・義務を規定した契約を締結することになるが、多くの場合、サービス提供者の利用規約への利用者の同意により契約が締結される。
内閣官房は、「我が国の農業ITサービスの規約は、内容が統一的でなく十分でないものが見受けられる」として、平成28年3月に「農業ITサービス標準利用規約ガイド」を策定し、農業ITサービス提供者と契約者(利用者)との間の取決め(利用規約)に関する注意点を提示している。
農業ITサービス標準利用規約ガイドは、農業ITサービスを利用する生産者や生産者団体の担当者を対象として、サービス提供者と契約者(利用者)双方の権利・義務が規定されているサービス利用規約の中でも、どの点に注意して確認する必要があるかを示すものであり、必ずしも農業ITサービスがこれに従う必要があるものではなく、農業ITサービスを提供するAgriTechベンチャー等は、今後も独自の利用規約を作成し、運用することに支障はない。
しかしながら、実務上は、独自の利用規約を作成する場合であっても、農業ITサービス標準利用規約ガイドの内容を参照することになると思われる。
農業ICT知的財産活用ガイドライン
農業現場では、熟練農家や農業団体によって、栽培ノウハウや農作業データ等の知的財産が生み出されている。農業ICTはこれらの知的財産を利活用し、そこから新たな知的財産を活用しようというものである。
そのため、農業ICTにおいては、農業現場における知的財産の保有者が安心して知的財産を提供できる環境を整えることが不可欠である。もっとも、過度な保護により知的財産の普及や利活用が妨げられることのないよう配慮も必要とされる。
農業現場における知的財産の保護とのバランスを保ちながらも、知的財産の利活用を促進するため、農林水産省の補助事業「平成27年度農業IT知的財産活用実証事業」を活用して、慶應義塾大学SFC研究所が「農業ICT知的財産活用ガイドライン」を策定し、公表している。
農業ITサービス標準利用規約ガイドとの主な違いは、以下の図を見て頂ければ分かるように、農業ITサービス標準利用規約ガイドは契約者およびサービス提供者との間の取決めについて定めているのに対し、農業ICT知的財産活用ガイドラインは、知的財産提供者とサービス提供者との間の取決めについて定めていることにある。
農業ICT知的財産活用ガイドラインは、政府機関等から出されたものではないが、農業ICTサービスを開発・提供する際に、知的財産提供者とサービス提供者間で定めることが推奨される規約文例や実証事業等を通じた農業現場の知的財産の農業ITへの活用事例が提示されているため、知的財産提供者とサービス提供者との間の契約等を作成される際には、参考にされたい。
農業情報創成・流通促進戦略
「暗黙知」や「匠の技」と言われていた熟練農家のノウハウをデータとして「形式知」化する農業ITサービスのニーズが非常に高まっている流れの中で、異なる農業ITシステム間でデータを共有・比較する等、農業情報の相互運用・可搬性の確保に対するニーズも高まっている。
そこで、内閣官房は、農業情報の相互運用性等を目的として、平成26年6月に、農業関連情報(農作物や農作業の名称等)に関する表記方法の標準化の基本的な考え方等を整理した「農業情報創成・流通促進戦略」を策定した。
その他、個別ガイドライン
上記戦略に基づき、農業ITサービスで用いる農作業や農作物の名称、環境情報のデータ項目等に関する個別ガイドラインも策定されている。
- 農業ITシステムで用いる農作業の名称に関する個別ガイドライン(本格運用版)
- 農業ITシステムで用いる環境情報のデータ項目に関する個別ガイドライン(本格運用版)
- 農業ITシステムで用いる農作物の名称に関する個別ガイドライン(試行版)
- 農業情報のデータ交換のインターフェースに関する個別ガイドライン(試行版)
そのため、農業ITサービスを提供する企業、研究機関等は、システムの構築やバージョンアップを行う際に、上記個別ガイドラインに準じた用語をシステムに登録することや、利用者に対し個別ガイドラインに準じた用語の使用を推奨することが望ましい。
他方で、農業ITシステムを利用する農業経営体は、個別ガイドラインに準じた用語を使用することが望まれるだろう。
- 寄稿
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大江橋法律事務所山本 龍太朗 氏
弁護士
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大江橋法律事務所森藤 夢菜 氏
弁護士