規制業種における独禁法上の企業結合審査のあり方 ~諸外国の例を参考に


金融庁レポートにて、金融機関の経営統合に対する競争の観点からの審査について、現在のシステムは経営統合を用いた地域貢献の余地を狭め、地域金融インフラの確保や金融仲介の質の向上に負の影響が懸念されると示された。今後のあるべき銀行の企業結合審査とは何か。諸外国の法制にも目を配りつつ、論じる。

  1. 新たな銀行企業結合審査制度の可能性と考慮すべき要素
  2. 諸外国における「公共の利益」の企業結合審査での考慮の方法
  3. 諸外国分類事例① 南アフリカ型
  4. 諸外国分類事例② ドイツ型
  5. 諸外国分類事例③ EU型
  6. 諸外国分類事例④ 米国型
  7. 各制度の分析と日本における新たな企業結合審査制度の可能性
  8. まとめ
目次

新たな銀行企業結合審査制度の可能性と考慮すべき要素

現在の我が国の企業結合審査制度の下では、企業結合を認めるか否かの決定は公取委の専権とされており、事務総長の平成30年7月4日付定例会見においても、企業結合審査の際、業所管官庁から必要なデータを提供してもらったり説明を受けたりすることはあるが、処理方針等について他省庁と調整を行うことはないとの姿勢が明確に示されている。

これに対し、金融庁レポート(※1)では、金融機関の経営統合に対する競争の観点からの審査について、公取委と金融庁がそれぞれに審査を行う現在のシステムの下で「競争当局が長崎県の事例において従来の判断枠組みに基づき経営統合の是非を判断するならば、他の金融機関による経営統合を用いた地域貢献の余地を狭め、地域金融インフラの確保や金融仲介の質の向上に負の影響が懸念される」(※2)と述べる。

そして、「地域金融機関の経営統合については、金融庁による事後的なモニタリングが 有効であることを踏まえ、競争当局と金融庁が連携し、地域金融の産業構造や特性を踏まえた審査や弊害への対応を実施することを通じ、地域金融機関による、地域金融インフラの確保と、金融仲介の質の向上を後押ししていくことが必要である」(※3)とし、「日本経済の変化を踏まえた総合的な競争政策のあり方を政府全体として議論・検討する必要があると考えられる」(※4)と結ぶ。

かかる提案に対し、公取委の事務総長も、今年4月18日の定例会見で、「そうした検討を行う場ができるということであれば、競争当局としては、議論には参加させていただきたい」と述べ、議論に前向きな姿勢を示している。

また、全国地方銀行協会も地方銀行の経営戦略上の選択肢を拡大する観点から、地域金融分野の企業結合審査に関する運用指針を新設することを求める要望書を内閣府に対して提出たとのことである。(※5)

さらに、安倍首相が議長を務める政府の「未来投資会議」の今年6月4日の会合において、地域における人口減少等による需要減少や、グローバル競争の激化等、 経済・社会構造そのものが大きく変化する中、地域にとって不可欠な基盤的サービスの確保、地域等での企業の経営力の強化、公正かつ自 由な競争環境の確保、一般利用者の利益の向上等を図る観点から、競争の在り方について、政府全体として検討を進めることが話し合われたようである 。

銀行業における企業結合審査における競争当局と規制当局の最適な役割分担の在り方については、特に金融機関の倒産によるシステミックリスクが現実化した2008年の金融危機以降、世界的にも大きな議論の的になっている。

例えば、2017年12月に行われたOECDの競争政策ラウンドテーブルにおいても金融危機後の競争当局と金融当局の協力の在り方が議論されている。また、それに先立つ2016年6月には同じくOECDにおいて、企業結合審査において金融の安定化を含む政策目的(いわゆる「公共の利益」)をどのように考慮するべきかについても議論されている。

これらの国際会議において提示・議論された内容によれば、この問題に対する制度的な対処方法は国・地域により異なっており、いまだベストプラクティスが定まっているとはいい難いようである。

一般的に、企業結合審査において、純粋な競争政策以外の政策目的を考慮することについては、届出当事者となる企業にとって望ましくない以下のような効果をもたらしうることが実務家から指摘されている。第一に、考慮すべき公共の利益の内容(例えば金融の安定性)は多様な解釈を許すものであり、かつその時々の政策により左右されうることから、企業結合審査の法的安定性及び当事者の予測可能性を低下させる恐れがある。

第二に、競争政策と公共の利益を同時に審査することになる結果、審査の複雑化をもたらし、当事者の負担が増加するおそれがある。第三に、企業結合の承認にあたって、その企業結合による競争上の影響と直接関係しない問題解消措置が課される可能性がある。これらは、企業に企業結合を行うことを委縮させる効果を持つ可能性がある。企業結合審査において、公共の利益を考慮する制度を採用する際には、これらの点を考慮に入れた慎重な制度設計が望まれる。

注釈 ※
※1 金融仲介の改善に向けた検討会議「地域金融の課題と競争のあり方」
※2 金融庁レポート26頁。
※3 金融庁レポート26頁。
※4 金融庁レポート27頁。
※5 未来投資会議(第17回)配布資料4-2「未来戦略投資2018」(素案)本文(第2「具体的施策」)

諸外国における「公共の利益」の企業結合審査での考慮の方法

以下に見る通り、諸外国においては、それぞれの国・地域ごとの社会的、文化的、あるいは政治的な差異に基づき様々な制度がとられている。もっとも、審査の主体及び手続きという観点からは、大きく次のように分類することができるように思われる。

  1. 競争当局が、競争上の影響だけでなく、各業界において重視される公共の利益をも考慮に入れて審査を行う制度(例:南アフリカ、ニュージーランド、台湾、カナダ等)(以下「南ア型」)
  2. 競争当局は競争上の影響についてのみを審査を行うが、競争当局が競争上の悪影響を理由に企業結合の実施を禁止した場合に、別の監督官庁が競争政策以外の公共の利益について審査を行い、競争上の悪影響を上回る公共の利益が認められる場合には企業結合を認める制度(ドイツ、英国、オランダ、シンガポール、オーストラリア、ポルトガル、ノルウェー(既に廃止)、ベルギー(既に廃止))(以下「ドイツ型」)
  3. 競争当局は競争上の影響のみのみ審査を行うが、各加盟国は、公共の利益を保護するため、一定の必要な措置をとることができるとする制度(EU)(以下「EU型」)
  4. 競争当局が競争上の影響について、監督官庁が公共の利益について、それぞれ並行して審査を行う制度(例:米国(※6)、日本(※7)等 )(以下「米国型」)

上記の分類にしがって、OECD加盟国のうちいくつかの国において企業結合審査において金融の安定性その他の公共の利益がいかに考慮されているかについて制度の概要と事例を挙げつつ以下の通り整理した。また、米国における銀行同士の合併に関する手続きについては、やや詳細な解説を末尾に加えている。(※8)

注釈 ※
※6 ただし、米国において、銀行の合併については、後述のとおり、一定の場合には、金融当局が、競争当局の判断を覆すことができる特殊な制度が設けられている。
※7 日本では、銀行の合併については上述の公取委によるクリアランスの他、銀行法に基づく金融庁の認可が必要とされている(銀行法第30条)。他の規制業種においても、企業結合につき公取委のクリアランスに加えて規制官庁の許認可を要することがある(保険会社等)。
※8 各国・地域の記載のうち、米国以外の記載については、Summary of Discussion of the Roundtable on Public Interests Considerations in Merger Controlにおける各国・地域からのdelegatesの発言を参照した。

諸外国分類事例① 南アフリカ型

競争当局が、競争上の影響だけでなく、各業界において重視される公共の利益をも考慮に入れて審査を行う制度

南アフリカ

競争法上、競争当局は企業結合審査に当たって一定の公共の利益を考慮するものとされており、具体的な考慮の枠組みについてもガイドラインで定められている。

Wal-MartとMassmartの統合案件では、競争法上の懸念はなかったものの、人員削減、労働組合の権利の侵害、中小の納入業者に対する悪影響等の懸念が生じたことから、2年間の人員削減の禁止、地元納入業者を支援するためのファンドの設立等が統合を認める条件として課された。

ニュージーランド

競争当局は、当事者が公共の利益を理由に企業結合の承認を求めた場合、公共の利益を考慮することができる。かかる要求があった場合、企業当局は、企業結合により競争を実質的に制限する効果が生じると判断した案件について、競争上の悪影響と公共の利益を比較考量し、後者が上回ると判断した場合には、企業結合を認めなければならない。

ここで考慮される公共の利益及び競争上の悪影響は可能な限り定量的に評価される。2014年の羊毛大手のCavalierによるNZWSIの事業及び資産取得案件では、当局は、これにより競争の実質的な制限が生じる可能性があると判断したが、他方で、もたらされる公共の利益がそれを上回ると判断し、取引実行を認めた。

台湾

競争当局は、企業結合による全体の経済的利益が競争上の害悪を上回る場合には、企業結合を禁止することはできない。

2014年の台湾の預託決済機関であるTDCCと株式事務代行会社であるTISSCの統合では、統合により株主の電子投票プラットフォーム市場において独占状態が生じるものと考えられたが、競争当局は、統合はより安全な投票システムを通じた金融の安全性向上をもたらし、また、価格上昇を防止するための十分な価格監督メカニズムが存在するという金融当局の意見も聞いたうえで、最終的に全体の経済的利益が競争上の害悪を上回るとして統合を認めた。

カナダ

競争法上、当事者が、企業結合によりもたらされる効率性向上効果が企業結合による競争制限効果を相殺し又は上回り、かつ、こうした効率性向上効果が問題解消措置によっては実現できないことを説得的に示した場合には、反競争的な企業結合であっても認められることとされている。

Superior Propane及びTervitaのケースでは、これにより競争の実質的制限が生じ、国内における独占的地位が維持されることになると判断されたが、効率性向上効果を理由に企業結合が認められた。

諸外国分類事例② ドイツ型

競争当局は競争上の影響についてのみを審査を行うが、競争当局が競争上の悪影響を理由に企業結合の実施を禁止した場合に、別の監督官庁が競争政策以外の公共の利益について審査を行い、競争上の悪影響を上回る公共の利益が認められる場合には企業結合を認める制度。

ドイツ

競争当局は競争の観点からのみ企業結合審査を行う。競争当局が企業結合を認めなかった場合、当事者は大臣(Minister)に対して公共の利益を根拠として企業結合を認めるよう求めることができる。大臣は、企業結合により経済全体にもたらされる利益が競争に対する制限を上回る場合、又は企業結合が公共の利益により正当化される場合には、企業結合を認めることができる。

考慮すべき公共の利益の内容は法定されておらず、大臣に広い裁量が認められている。もっとも、競争法上、大臣による承認は例外的な場合にのみ与えられるものとされている。1973年の制度施行以来、22の当事者から承認が求められたが、承認が認められたのは9件のみであり、そのうち、無条件の承認は3件にとどまる(その他は部分的承認が1件、条件付き承認が5件)。

大手スーパーマーケットEDEEKAによるKaiser’s Tengelmannの小売店の取得案件では、競争当局は、これにより地域の消費者の選択肢が制限され、また市場の占有度が高まることを理由として取引実行を禁止したが、大臣は、雇用や労働者の権利の保護といった点を考慮し、案件の実行を条件付きで承認した。

英国

競争当局は競争の観点からのみ企業結合審査を行うが、Secretary of Stateが一定の公共の利益(安全保障、メディアの多様性及び金融システムの安定性等)に関する検討が必要と判断した場合には、競争当局の判断に介入できるものとされている。もっとも2002年の制度施行依頼、かかる介入がなされたケースは、安全保障を理由とするものが6件、メディアの多様性を理由とするものが3件、金融システムの安定性を理由としたものが1件のみである。

2008年のLloyds銀行による大手銀行HBOSの買収案件では、当時企業結合審査を担当していたOffice of Fair Tradingが競争上の懸念を示したが、Secretary of Stateが、同案件がもたらす金融システムの安定化の要請が競争上の懸念を上回ると判断した結果、買収が認められた。なお、金融システムの安定化は当時、競争法上考慮できる公共の利益として明示されていなかったが、本件を契機に法改正が行われ、明文化された。

オランダ

競争当局が企業結合を禁止した場合、当事者は4週間以内に大臣(Minister)に対し、企業結合の承認を求めることができる。大臣は、企業結合によりもたらされる公共の利益が競争に与える悪影響を上回る場合には企業結合を認めることができる。公共の利益として何をどのように考慮することができるのかは法定されていない。

シンガポール

競争法上、特定の公共の利益を企業結合審査において考慮することが認められている。競争当局は、競争についてのみ審査を行うことができ、公共の利益については通商産業大臣が審査を行うものとされている。考慮される公共の利益は、国家・公共保障、国防及びその他大臣が定めるものとされている。

オーストラリア

オーストラリアでは企業結合はACCC、Competition Tribunal、及び(例外的に)Treasurerが企業結合の審査を行う。このうちACCCは消費者厚生の観点から実質的な競争制限の有無について審査を行い、公共の利益の考慮は行わない。当事者はこれに代えて又は追加してTribunalの承認を求めることができ、Tribunalは企業結合によりもたらされる消費者、株主及び生産者に対する利益と、企業結合による弊害を考量して審査を行う。

Tribunalは幅広い利益を考慮できるものとされており、ACCCはTribunalによる審査をサポートするため、報告等を行う。Treasurerは一定の外資企業による買収案件において、それが国家的利益に反すると判断した場合には、その案件を禁止する命令を出すことができる。

電気小売大手のAGL Energyによる国有発電事業者Macquarie Generationの資産取得案件では、ACCCはこれにより競争の実質的制限がもたらされるとして反対する姿勢を公表した後で、当事者がTribunalに対し取引の承認を求めたところ、Tribunalは取引により公共の利益がもたらされることを理由に、条件付きで取引実行を認めた。

ポルトガル

競争当局は競争の観点からのみ企業結合を審査し、公共の利益は考慮しない。もっとも、競争当局が企業結合を禁止した場合、当事者はCouncil of Ministersに対し、公共の利益を理由に異議申し立てを行うことができる。Councilは、国家経済の基本的な戦略上の利益が企業結合によりもたらされる競争上の弊害を上回る場合には、企業結合を認めることができる。これに対し競争当局が承認した企業結合に対する異議申し立ては認められていない。この制度はドイツの制度を参考に2003年に導入された。

2006年の、高速道路を運営するBRISAとAEAの合併案件では、競争当局は、これにより高速道路市場における独占的地位が創出又は強化され、価格及び品質における競争が消滅することを理由に合併を禁止した。これに対し当事者は、当時の異議申立て先であったMinistry of Economyに異議申し立てを行った。

Ministryは、①BRISAの国家経済に占める存在の大きさ、②国に対する研究開発及び革新的なサービスにおける重要な貢献、③両当事者の規模及び経験と国際的な高速道路市場に参入する能力、④国際市場において競争するための規模の拡大の必要性、⑤他のEU加盟国における他の事業者と比べ、合併後の市場シェアが低いこと(55%)等を考慮し、条件付きで合併を認めた。

ノルウェー

競争法上、競争当局による企業結合の禁止決定を、政府が社会の利益を理由に覆すことができるという制度が2004年に導入されたが、この制度は2例で使われたのみで、2017年1月に廃止された。

ベルギー

ポルトガルと類似した異議申立て制度が1991年に導入されたが、一度も使われることなく2013年に廃止された。

諸外国分類事例③ EU型

競争当局は競争上の影響のみ審査を行うが、各加盟国は、公共の利益を保護するため、一定の必要な措置をとることができるとする制度

EU

EUでは、競争当局は企業結合審査において競争の側面からのみ審査を行うものとされている。ただし、各加盟国は、供給の確保、メディアの多様性、プルーデンス・ルールその他の正当な利益を保護するため、EU法の原則と適合した必要な措置をとることができるものとされている(※9)。

News CorpとBSkyBの統合案件では、競争当局は統合を認めたものの、英国におけるメディア多様性の観点の審査に従うことを明確に示し、英国当局は最終的に統合を禁止した。

注釈 ※
※9 EU Merger Regulation Art. 21(4).

諸外国分類事例④ 米国型

米国

米国では、競争上の影響については、競争当局であるDOJ又はFTCが審査を行い、他の監督官庁が存在する業界については、原則として、当該監督官庁が独立・並行して審査を行うこととされている。この結果、例えば、通信の分野では、通信業界の監督官庁であるFCCと、DOJ/FTCによる合併審査が同時並行で行われることとなるし、電気業界においても同様に、監督官庁であるFERCとDOJ/FTCが同時並行で審査を行うこととなる。もっとも、銀行の分野については、これらの分野とは異なる法制度が取られている。

すなわち、銀行の合併については、銀行合併法(the Bank Merger Act)が反トラスト法の特則を定めており、競争当局である司法省と金融当局(銀行の種類により、FRB、OCC、FDICが審査権限を有する。)がそれぞれ反トラスト法及び銀行合併法に基づき競争上の影響について独立に審査を行うこととされている。

金融当局は、銀行の企業結合について承認する前に、原則として、司法省に対し競争法上の影響について報告を受けることが求められている(※10)。例外的に、企業結合の当事者の倒産を防止するために即時の措置が必要な場合又は企業結合が、関連会社同士で行われる場合にはかかる報告要請は不要とされている(※11)。

その上で、金融当局は、①独占を生じさせる企業結合、又は②その他競争を実質的に制限するような企業結合を承認してはならないとされている(※12)。もっとも、②については、その企業結合によって生じる利便性及びニーズが企業結合による反競争効果を上回る場合を除くものとされており(※13)、司法省から競争法の懸念が示された場合でも、金融当局は、企業結合を承認することができると解されている(※14)。

但し、司法省は、金融当局による承認から原則として30日以内に限り、取引の中止を求めて裁判所に提訴することができるものとされている(※15)。なお、銀行持株会社の企業結合については銀行持株会社法(the Bank Holding Company Act)において上記と類似した手続きが定められている。

米国では、上記の通り、競争当局と金融当局による別々の審査を受けなければならなくなることから、企業結合当事者の負担を軽減し、両当局の審査プロセスを迅速化することを目的として、司法省、連邦準備理事会(FRB)及び通貨監督庁(OCC)が、銀行の企業結合審査に関する共同ガイドラインを公表している。さらに、2014年10月には、DOJとFRBの連名で銀行の企業結合審査に関するFAQを公表しており、届出当事者の予測可能性を確保するための方策がとられている。

同FAQによれば、司法省と金融当局の企業結合の審査手法は大方において一致しているものの細部で異なっており、例えば、地理的市場について、司法省はFRBの定める市場画定に拘束されず、事案ごとに適切な市場画定を行うものとされる。また、役務市場の画定についても、FRBが銀行の役務をサービス群(cluster)として捉えるのに対し、司法省は、通常、リテールバンキングサービスと中小企業向サービスを区別する。また、貯蓄銀行や信用組合の預金をHHIの計算に参入する際の重みづけについても違いがみられる。

注釈 ※
※10 12 U.S.C §1828(c)(4)(A).
※11 12 U.S.C §1828(c)(4)(C).
※12 12 U.S.C §1828(c)(5).
※13 12 U.S.C §1828(c)(5)(B).
※14 後述のDOJ/FRBによる回答集36参照。
※15 12 U.S.C §1828(c)(7)

各制度の分析と日本における新たな企業結合審査制度の可能性

上記の通り、「公共の利益」を企業結合審査において反映させるための法制度は国・地域によりさまざまであるが、それぞれの制度設計について、以下の点を指摘できると思われる。まず、①南ア型については、競争当局のみが審査を行うことから判断の一貫性は確保できる可能性があるが、必ずしもすべての業界における公共の利益に精通しているわけではない競争当局に公共の利益を考慮した審査を求めることは当局に加重な負担を課すことになりかねない。

次に、②ドイツ型では、競争当局と監督官庁がそれぞれの専門分野である競争政策と公共の利益について、それぞれの知見を活かした審査を行うことが期待できる点がメリットと考えられる。もっとも、競争当局が企業結合の実施を禁止した場合に監督官庁に異議申し立てを行うという制度の構造上、最終的なクリアランスが得られるまでに時間がかかり、また、異なる当局に関連資料を提出しなければならない当事者の負担も大きくなる可能性がある。

③EU型は、EUと加盟国という独自の関係性から、単純に他の国と比較することは難しいが、競争当局が競争上の影響に関する審査に専念できる点はドイツ型同様メリットと考えられる。ただし、加盟国が自国産業保護を理由にMerger Regulation 21(4)を振りかざす場合には、企業結合当事者の予測可能性を奪うことになりかねない。

④米国型では、競争当局と監督官庁がそれぞれの知見を活かした審査を行うことが期待できるが、両者の作業に重複が生じ行政リソースの無駄が生じる可能性があり、また、二つの当局から資料等の提出を要求される当事者の負担も大きくなる可能性がある。さらに、両者で矛盾した判断がなされた場合にどちらの判断を優先させるべきかという問題もある。

上記の通り、いずれの類型にも一定のメリット・デメリットはありうるところである。ただ、競争上の弊害をもたらしうる企業結合であっても、かかる弊害を上回る公共の利益があると認められる場合に例外的に企業結合の実行を認めるという法制度自体は、世界的に見て必ずしも珍しいものではない。

一般に「公共の利益」といっても、その内容や保護すべき程度は、事業分野や社会状況等によって異なるものと思われる。したがって、いかなる法制度を設計するかは、当該国及び事業分野が置かれた状況に鑑みて、検討されるべきである。

この点、一般的には、競争当局と所轄監督官庁が並行して独自に審査を行う制度を取っている米国が、銀行及び銀行持株会社の合併については、金融当局に対して、競争当局の判断を覆す権限を与えていることは注目に値する。

少子高齢化の影響による地方の人口減少が加速している中、地方経済の基盤となる金融インフラを提供する地方銀行の事業再編・経営統合の動きについて、従来からの競争法上の観点のみを反映する現行の企業結合審査の枠組みが今後も本当に妥当するのか、上記のような諸外国の法制度を参考にしつつ、企業結合審査の中に競争法の観点だけでなく金融の安定性を含む一定の公共の利益の観点を反映させるような制度設計を検討する余地はあると思われる。

まとめ

今後ますます厳しい経営環境にさらされることが予想される地域銀行にとって、他行との統合・再編は今後ますます重要な選択肢となると考えられる。しかし、公取委は新潟案件及び長崎案件において同一都道府県内に基盤を持つ銀行同士の統合に対して慎重な姿勢を示した。

地域銀行及びその関係者は、今後他行との統合を検討する場合には独禁法上の企業結合審査にこれまで以上に留意するとともに、銀行の企業結合審査のあり方に関する議論の行方にも注意を払う必要があると思われる。

山田 広毅 氏
寄稿
日比谷中田法律事務所
弁護士
山田 広毅 氏
井上 俊介 氏
寄稿
日比谷中田法律事務所
弁護士
井上 俊介 氏
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