生産性向上特別措置法(前編) ~規制のサンドボックスとは何か

生産性向上特別措置法(前編) ~規制のサンドボックスとは何か

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2018年6月6日、生産性向上特別措置法(以下、「法」という。)が施行された。同法は、我が国における規制の在り方を根本的に変え得る「規制のサンドボックス」(Regulatory Sandbox)制度を創設するものとして注目を浴びている。本稿では、規制のサンドボックス制度に加え、同法が規定するデータ共有・連携のためのIoT投資減税等及び中小企業の生産性向上のための設備投資の促進の各制度のポイントについて弁護士が解説する。

  1. 規制のサンドボックス制度創設の背景
  2. グレーゾーン解消制度の問題点
  3. 企業実証特例制度の問題点
  4. 規制のサンドボックス制度の概要及び意義
  5. 規制のサンドボックス制度の具体的スキーム
  6. 新技術等実証計画の記載事項
  7. 規制のサンドボックス制度の利用方法
  8. 最後に

規制のサンドボックス制度創設の背景

IoT、ビッグデータ、AI等の新たな情報技術の社会実装が世界規模で加速している。これらの社会実装に当たっては、既存の規制との抵触が問題となるものも少なくないが、当該技術がより創造的、革新的であればあるほど、既存の規制と正面から抵触する可能性も高くなる。

このような創造的、革新的な新技術の社会実装に当たっては、まずは既存の規制環境に適合するか否かを意識することなく、トライ&エラーを繰り返し行える環境を確保し、新たな規制の策定に当たり参考になるデータを取得するためにも、社会実証を積み重ねることが不可欠である。新技術等による社会実証を許容し、積極的に推進する制度として諸外国において近年導入されているのが、公的機関による規制のサンドボックス制度である。

我が国においても、次に述べるとおり、現行の制度においては、トライ&エラーを実践できる環境は確保されておらず、各規制当局による縦割りの規制も障害となり、新技術によるイノベーションの社会実装をスピーディに行うことは極めて困難であった。そのため、新技術や新事業を推進し、国際競争力を確保するためにも、規制のサンドボックス制度を導入すべきとの声が高まっていた。

グレーゾーン解消制度の問題点

企業単位の規制改革を推進する制度としては、グレーゾーン解消制度や企業実証特例制度があるが、規制のサンドボックス制度が導入された後も、これらの制度は引き続き存在する。それでは、なぜ、グレーゾーン解消制度や企業実証特例制度があるにもかかわらず、新たな規制のサンドボックス制度が導入されるのか。

グレーゾーン解消制度とは、事業者が、現行の規制の適用の有無及び範囲が不明確な場合においても安心して新事業の展開ができるよう、具体的な事業計画に即して、あらかじめ規制の適用の有無を確認できる制度である。規制の適用が不明確(グレー)な場合に、それを明確にして解消する制度なので、グレーゾーン解消制度と言われているが、制度趣旨からも明らかなとおり、規制の適用があることが明確な場合には、利用することができない。

グレーゾーン解消制度について詳しく知りたい方はこちら 活用が進むグレーゾーン解消制度とは?利用メリットと留意点

企業実証特例制度の問題点

企業実証特例制度とは、事業者が安全性等を確保する措置を講ずることを前提に、企業単位で規制の特例措置を適用する制度である。企業実証特例制度とは、事業者の技術力等の向上により安全性等の確保ができ、規制の特例措置を認めても弊害が少ない場合に、全国一律の規制改革に先駆けて、事業者主導による規制改革を実現することを目的とするものである。

そのため、規制当局が特例措置を認めても弊害が少ないと判断できるだけのデータが揃っていない場合には、特例措置が認められず、世界に先駆けて導入する技術やサービスの社会実装には制度的に対応ができていなかった。

企業実証特例制度について詳しく知りたい方はこちら 企業実証特例制度とは? メリット・利用方法・事例を総解説

規制のサンドボックス制度の概要及び意義

規制のサンドボックスは、主務大臣が革新的事業活動評価委員会に意見を聞いた上で、革新的な技術やビジネスモデルの実証計画を認定し、参加者や期間を限定すること等により、既存の規制にとらわれることなく迅速な実証やデータ収集を行うことができる環境を整備する制度である。

規制のサンドボックス制度が画期的なのは、これまでのような既存の規制にどう適合し得るかを審査・確認するアプローチとは決別し、既存の規制にとらわれずに実証を可能とする、「まずやってみる」(Try First)の考え方の下に策定された制度である点であり、大袈裟に言えば、規制当局による規制の在り方におけるパラダイムシフトと評価し得るものである。

当然、既存の規制にとらわれずに実証を可能とすることは、一定のリスクと伴うことになるが、基本的には、参加者に対して実証内容とリスクを説明した上での同意確認(インフォームドコンセント)の下に実証を行うことによりリスク管理を行うことが想定されている。

これまでは、実証であるか否かにかかわらず、既存の規制に抵触するのであれば、基本的には、必要な規制改革(法改正)がなされるまで待つしかなかったが、規制のサンドボックス制度の下においては、実証を実施しようとする者は、仮に実証が既存の規制により制限又は禁止するものであったとしても、既存の規制に係る特例措置の整備を求めることができる。

事業者からの求めを受けた主務大臣(事業所管大臣及び規制所管大臣)は、革新的事業活動評価委員会の意見も踏まえて、当該特例措置を講ずる必要があるか否かを判断することとされており、省庁横断的な推進体制が確保されている。

規制のサンドボックス制度の具体的スキーム

規制のサンドボックス制度の具体的スキームを図示すると、以下のとおりとなる。ここでのポイントは以下の4点である。

  1. これまでの縦割り行政の弊害を回避するため、事業者が事前相談・申請を行うことができる窓口を一本化し(リンク:新技術等社会実装推進チーム(規制のサンドボックス制度 政府一元的総合窓口)及び革新的事業活動評価委員会ウェブサイト、同窓口が事業者に伴走して支援
  2. 評価委員会において専門的・科学的観点から新しい技術等について議論・意見を行い、評価委員会は、内閣総理大臣を通じて主務大臣に対して勧告することができること
  3. 参加者等の同意を得て、期間を区切って実証を許容すること
  4. 実証により得られたデータを踏まえた、既存の規制の見直しが想定されていること

なお、①の一元的窓口においては、事業者からの提案を受けて、規制のサンドボックス制度以外のグレーゾーン解消制度、企業実証特例制度、国家戦略特区、規制改革推進会議の規制改革ホットライン等の制度の活用の可能性についても確認し、適切な制度を紹介することとされている。

新技術等実証計画の記載事項

2018年6月15日、政府は、法第8条第1項に基づき、新技術等実証の総合的かつ効果的な推進を図るための基本的な方針(以下、「基本方針」という。)策定し、公表した。

規制のサンドボックス制度の利用方法

規制のサンドボックス制度が対象とする「新技術等実証」とは

規制のサンドボックス制度を利用する事業者は、新技術等実証に関する計画(以下、「新技術等実証計画」という。)を作成し、主務大臣に提出して、認定を受けることになるが、「新技術等実証」とは、以下のいずれにも該当するものを言うとされる(法第2条第2項第1号及び第2号)。

上記①で言及されている「新技術等」の定義は以下のとおりである。

なお、基本方針において、「著しい新規性を有する」新技術等とは、「当該分野において通常用いられている技術や手法と比して新規性を有し、実用化や事業化の議論が生じている技術や手法」のことを指すとされ、「AI・IoT・ビッグデータ・ブロックチェーン等に関連した技術や手法は、これに該当する。」と明示されており、少なくともAI・IoT・ビッグデータ・ブロックチェーン等に関連した技術や手法は、「著しい新規性を有する」新技術等に該当すると判断されるが、これら以外の技術や手法が「著しい新規性を有する」と判断されるかは、現時点では明確ではない。

「革新的事業活動」の定義は以下のとおりである。

新技術等実証計画の記載事項

事業者が策定する新技術等実証計画の記載事項は、法第11条第3項各号に規定されているが、基本方針を踏まえて整理すると以下のとおりとなる。

新技術等実証計画の認定基準

主務大臣は、以下のいずれの基準をも満たす場合には、新技術等実証計画を認定するものとされるが、主務大臣は、認定に当たっては、革新的事業活動評価委員会の意見を聴くものとされている(法第第11条第4項)。

新技術等実証計画の認定の流れ

主務大臣は、新技術等実証計画の提出を受けた日から原則として1カ月以内に、革新的事業活動評価委員会に送付し、意見を聴くものとされている。同意見を踏まえ、新技術等実証計画の認定の可否を審査し、認定する場合には、革新的事業活動評価委員会から意見が述べられた日から原則として1カ月以内に、すなわち、新技術等実証計画の提出から原則2カ月以内に、事業者に認定証を交付するとともに革新的事業活動評価委員会に通知する(生産性向上特別措置法施行規則第2条第3項、第4項)。

最後に

規制のサンドボックス制度は、これまでの規制の在り方を根本から変革し得る制度である一方、3年間の時限立法に基づき制定された、現時点では時限的な制度である。そのため、3年の間に同制度を利用した新技術実証がどれほど行われ、結果としてイノベーションの社会実装にどの程度結び付いたのかによって、恒久的な制度となるか否かが決まることとなる。

事業者によるイニシアティブを前提とする制度であるだけに、本稿により事業者による理解が少しでも進み、一つでも多くの事業者が同制度を活用することを望む。

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