2018年コーポレートガバナンス・コード改訂の7つの重要ポイント

2018年コーポレートガバナンス・コード改訂の7つの重要ポイント

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上場会社にコーポレートガバナンス・コードの適用が開始されてから3年が経過した2018年6月1日、コーポレートガバナンス・コードの一部改訂が行われた。上場会社は、改訂後のコードの内容を踏まえて更新したコーポレート・ガバナンス報告書を、2018年12月末日までに提出する必要がある。本稿では、2018年コーポレートガバナンス・コード改訂のポイントをわかりやすく解説する。

  1. 我が国のガバナンス改革と2つのコード
  2. なぜ今コーポレートガバナンス・コードの改訂なのか
  3. 改訂ポイント① 「経営環境の変化に対応した経営判断と投資戦略・財務管理の方針」
  4. 改訂ポイント② CEOの選解任と後継者計画
  5. 改訂ポイント③ 経営者の報酬決定
  6. 改訂ポイント④ 独立した諮問委員会の活用
  7. 改訂ポイント⑤ 独立社外取締役の活用と取締役会の多様性等
  8. 改訂ポイント⑥ 政策保有株式
  9. 改訂ポイント⑦ アセットオーナー
  10. 最後に

我が国のガバナンス改革と2つのコード

我が国では、安倍政権の下、成長戦略としての上場会社のコーポレートガバナンス改革が推進されており、2014年の「『責任ある機関投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》」(以下、「スチュワードシップ・コード」という。)の策定、2015年のコーポレートガバナンス・コードの策定など、各種施策が矢継ぎ早に行われてきた。

コーポレートガバナンス・コード

このうち、コーポレートガバナンス・コードは、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたものであり、①株主の権利・平等性の確保、②株主以外のステークホルダーとの適切な協働、③適切な情報開示と透明性の確保、④取締役会等の責務、⑤株主との対話の5つの章に分けて、ベストプラクティスとして示される複数の原則(基本原則・原則・補充原則)によって構成されている。

ただし、法令とは異なり、法的拘束力を有する規範ではなく、その実施に当たっては、いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン」(原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説明するか)の手法が採用され、上場会社は、それぞれの自社の個別事情に照らして各原則を実施しない場合には、その理由を説明することとされている。

コーポレートガバナンス・コードにおける「コーポレートガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、「透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」を意味すると定義されており、コーポレートガバナンス・コードが、我が国の成長戦略の一環として、経営者の迅速・果断な意思決定を促し、我が国上場企業の「稼ぐ力」を取り戻させるための「攻めのガバナンス」の強化を意図していることが示されている(※)。

太子堂厚子「コーポレートガバナンスとは?企業価値を高める仕組み 入門編」参照。

スチュワードシップ・コード

一方、スチュワードシップ・コードは、機関投資家が、建設的な対話を通じて投資先企業の中長期的な成長を促し、適切に受託責任を果たすための原則である。コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードは、いわば「車の両輪」として相互に機能し、企業の中長期的な企業価値の向上と投資リターンの拡大(国民の安定的な資産形成)を実現し、ひいては、日本経済全体の好循環を実現して国民生活を豊かにすることにつなげていくことが意図されており、このことが成長戦略とされる所以である。

スチュワードシップ・コードについて詳しく知りたい方はこちら 日本版スチュワードシップ・コード改訂 7つの重要ポイント

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Q&A監査等委員会設置会社の実務

なぜ今コーポレートガバナンス・コードの改訂なのか

両コードの下で、上場会社においては、コーポレートガバナンス・コードの各原則に対応した取組みを推進する動きが見られ(わかりやすい例としては、コーポレートガバナンス・コード原則4-8は、上場会社は独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきであるとしているところ、独立社外取締役を2名以上選任する東証一部上場企業は、コーポレートガバナンス・コード導入前の2014年には21.5%であったが、2018年には91.3%に達している。(※)、機関投資家においても、投資先企業との建設的な対話を実践する動きが広がった。

東京証券取引所「独立役員の選任状況」参照。

一方で、コーポレートガバナンス改革が十分な実質が伴っているかについては、様々な問題意識が述べられており、例えば、多くの企業において、なお経営陣による果断な経営判断が行われていないのではないか、投資家についても、企業との対話の内容が依然として形式的なものにとどまっており、企業に「気づき」をもたらす例は限られているのではないか、といった指摘がなされていた。

こうした指摘を踏まえ、2017年10月以降、金融庁・東京証券取引所に設置された「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(以下、「フォローアップ会議」という。)において、コーポレートガバナンス改革の進捗状況についての検証が行われ、2018年3月、コーポレートガバナンス改革をより実質的なものへと深化させていくことを目的として、コーポレートガバナンス・コードの改訂と、機関投資家と企業の対話において重点的に議論することが期待される事項をとりまとめた「投資家と企業の対話ガイドライン」の策定が提言された。

これを受けて実施されたのが、今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂である(※)。

コーポレートガバナンス・コードの改訂に合わせて、「投資家と企業の対話ガイドライン」も確定し、金融庁により公表されている。

以下では、コーポレートガバナンス・コードの改訂ポイントを解説していく。

改訂ポイント① 「経営環境の変化に対応した経営判断と投資戦略・財務管理の方針」

現状、日本企業においては、経営環境の変化に応じた事業ポートフォリオの見直しなどの果断な経営判断が行われていないとの指摘がある。そして、その背景として、経営陣の資本コスト(一般的には、自社の事業リスクなどを適切に反映した資金調達に伴うコストであり、資金の提供者が期待する収益率を指す。)に対する意識が未だ不十分であるとの指摘がなされている。

そこで、改訂後のコーポレートガバナンス・コードの原則5-2では、経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、自社の資本コストを的確に把握することが求められることとなった。

また、資本コストに見合うリターンを上げていくためには、事業ポートフォリオの見直し(事業の選択と集中)のほか、設備投資・研究開発投資・人材投資等が重要であることから、コーポレートガバナンス・コード5-2において、従前から株主に対して説明が求められていた「経営資源の配分等」の中に、事業ポートフォリオの見直しや、設備投資・研究開発投資・人材投資等が含まれることが明確化された。

改訂ポイント② CEOの選解任と後継者計画

我が国においては、かねてより、取締役の指名の決定プロセスに客観性・適時性・透明性が欠ける場合が多いことが、コーポレートガバナンス上の問題として認識されてきた。

すなわち、取締役会において、経営トップを含む取締役の人選は、定時株主総会の招集決定の中で、取締役選任議案の承認等として形式的な審議にとどまることも少なくなく、実質的に、取締役に昇格する者の決定権が、社長などの現(元)経営トップに集中しており、その決定プロセスは客観性・透明性に欠けると指摘されてきた。

また、現(元)社長の強い影響を受けた取締役会の構成であるために、現社長が十分な経営上の成果を上げられなくても、これを適時に交代させるメカニズムに欠けていることが、日本企業の低収益性の1つの原因となっているのではないか、との指摘がなされていた。

このため、コーポレートガバナンス・コードにおいては、改訂前の当初より、経営トップを含めた取締役の指名プロセスの客観性・適時性・透明性の確保は重要なテーマとなっており、例えば、取締役会は、経営陣幹部の選解任は公正かつ透明性の高い手続に従い適切に実行すべきであるとする原則(補充原則4-3①)や、取締役会は最高経営責任者等の後継者計画(プランニング)について適切に監督を行うべきであるとする原則(補充原則4-1③)が盛り込まれていた。

もっとも、これらの原則は、我が国の取締役指名の実態を大きく転換しようとするものであると同時に、経営の根本的な部分に関わるものであり、コーポレートガバナンス・コードが目指す姿が本質的に根付くまでには、もとより時間を要する事柄であったといえる。

フォローアップ会議の議論においては、特に、経営トップ(CEO)の選解任について、企業にとって最も重要な戦略的意思決定であり、客観性・適時性・透明性ある手続を確立していくことの必要性が強調されるとともに、CEOの選解任の基準は未だ整備が進んでおらず、後継者計画についても、取締役会による十分な監督が行われている企業は少数にとどまっている状況にあるとの指摘が行われた。

そこで、改訂後のコーポレートガバナンス・コードでは、取締役会は、CEOの選解任について、客観性・適時性・透明性ある手続に従い、十分な時間と資源をかけて、資質を備えたCEOを選任すべきであるとする原則(補充原則4-3②)、CEOがその機能を十分発揮していないと認められる場合に、CEOを解任するための客観性・適時性・透明性ある手続を確立すべきであるとする原則(補充原則4-3③)が新設された。

また、最高経営責任者等の後継者計画における取締役会の役割について、取締役会がその策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきであることが強調された(補充原則4-1③)。

このほか、経営陣幹部の選任だけでなく「解任」の方針と手続も開示するべきとされる改訂も行われている(原則3-1(ⅳ))。

改訂ポイント③ 経営者の報酬決定

役員報酬の決定プロセスについても、かねてからの我が国のガバナンス上の課題とされている。すなわち、かつて、株主総会決議の枠内での取締役の報酬の具体的な配分は、取締役会決議により社長に一任されることが殆どであり、また、多くの会社では社長(と人事担当役員ないし人事部長)のみが報酬の支給の基準を知っており、他の取締役は自己の報酬がどのように決まるのかを全く知らないことも少なくなかった。

また、株主にとっては、取締役の報酬が不当に過大でないだけでなく、報酬の内容が、会社の業績向上に向けた適切なインセンティブを与えるものになっているかも重大な関心事であるところ、我が国企業の役員報酬については、米国や欧州に比べて金額の水準は大幅に低いものの、固定報酬が占める割合が大きく、長期の業績連動報酬の割合が低いため、業績向上に対するインセンティブが弱いとの指摘がなされていた。

このようなことから、コーポレートガバナンス・コードにおいては、改訂前の当初より、経営陣の報酬は、持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきであるとされていた(補充原則4-2①)。

今回の改訂においては、本補充原則4-2①において、に取締役会が果たすべき役割が加えられており、取締役会は、「客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである」とされている。

改訂ポイント④ 独立した諮問委員会の活用

コーポレートガバナンス・コードにおいては、改訂前の当初より、取締役の指名・報酬の決定プロセスの客観性・透明性を確保するために、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり、独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきであるとされており、このための取組みの例示として、独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置することが挙げられていた(補充原則4-10①)。

我が国において、指名・報酬に関する任意の諮問委員会を設置する企業は年々増加しており、2018年の時点で、指名委員会等設置会社の法定の指名委員会・法定委員会を含めて、東証一部上場企業のうち、指名委員会を設置する企業は34.3%、報酬委員会を設置する企業は37.7%である(※)。

このように、近年、指名・報酬に関する任意の委員会を設置する企業は増加しつつあるものの、今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂においては、指名委員会・報酬委員会の設置・活用を更に進めていくとの観点で、監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、指名・報酬に関する任意の諮問委員会の設置を求めることとされている(これらの会社において、指名・報酬に関する任意の諮問委員会を置かない場合、補充原則4-10①はエクスプレインということになる。)。

東京証券取引所「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況、委員会の設置状況及び相談役・顧問等の開示状況」参照。

改訂ポイント⑤ 独立社外取締役の活用と取締役会の多様性等

取締役会に占める独立社外取締役の比率については、フォローアップ会議において、3分の1以上の独立社外取締役を求めるべきではないかとの意見があったものの、3分の1以上の選任を求める改訂は見送られ(原則4-8)、引き続き、独立社外取締役2名以上の選任があれば、コンプライが可能とされている。

一方、取締役会の構成については、改訂前から、多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきであるとされていたが(補充原則4-11)、我が国の上場企業役員に占める女性の割合は現状3.7%にとどまっており、取締役会がその機能を十分に発揮していく上では、ジェンダー、更には国際性の面を含む多様性を十分に確保していくことが重要であるとの価値判断から、今回の改訂において、多様性に「ジェンダーや国際性の面」が含まれることが明示されている。

改訂ポイント⑥ 政策保有株式

持ち合い株式を含む政策保有株式の存在も、ガバナンス上の課題とされている。すなわち、近年の両コードの下でのコーポレートガバナンス改革は、株主による経営監視を通じた「株主ガバナンスの強化」であるともいえるが、取引先などが安定株主として存在することは、株主による経営監視に緩みを生じさせるおそれがあるからである。同時に、政策保有株式は、企業のバランスシートにおいて活用されていないリスク性資産であり、資本管理上非効率ではないかとの指摘も行われている。

一方、近年、政策保有株式は減少傾向にあるものの、事業法人による保有の減少は緩やかであり、政策保有株式が議決権に占める比率は依然として高い水準にあると指摘されている。

このような状況において、改訂後のコーポレートガバナンス・コードにおいては、上場会社が政策保有株式として上場株式を保有する場合、「政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など」を開示することが求められることとなった(原則1-4第1文)。

また、政策保有株式の保有の適否について、より深度のある検討を求める観点から、上場会社は、毎年、取締役会において、個別の政策保有株式の保有目的や保有に伴う便益・リスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査した上で、保有の適否を検証し、開示することが求められることとなった(原則1-4第2文)。

改訂ポイント⑦ アセットオーナー

スチュワードシップ・コードの下で、機関投資家による投資先企業との中長期的な 視点に立った建設的な対話が行われるためは、企業との対話の直接の相手方となる委託先の運用機関に対する、アセットオーナーによるモニタリング等の重要性が指摘されている。

一方、アセットオーナーのうち、例えば、企業年金において、スチュワードシップ活動への関心は総じて低く、実際にこうした活動を行っているとしている企業年金も少ないことが、課題として挙げられている。また、企業年金においては、スチュワードシップ活動を含めた運用に携わる人材が質的・量的に不足しているのではないかとの指摘もなされている。

このような問題意識から、母体企業においても、企業年金の運用が従業員の資産形成や自らの財政状態に影響を与えることを十分認識し、企業年金がアセットオーナーとして期待される機能を実効的に発揮できるよう、自ら主体的に人事面や運営面における取組みを行うべきと考えられた。そこで、改訂後のコーポレートガバナンス・コードにおいては、母体企業である上場会社は、企業年金が運用(運用機関に対するモニタリングなどのスチュワードシップ活動を含む)の専門性を高めてアセットオーナーとして期待される機能を発揮できるよう、運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの人事面や運営面における取組みを行うとともに、そうした取組みの内容を開示すべきであるとの原則が新設されている(原則2-6)。

最後に

2018年のコーポレートガバナンス・コードの改訂は、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードを“車の両輪”とした我が国の上場会社のコーポレートガバナンス改革について、「形式」から「実質」への深化を図るために、両コードの下で課題として浮上した事項について、上場会社にさらなる対応を求めようとするものである。

もっとも、近時は、上場会社が“100点”を取ろうとするあまり、コーポレートガバナンス・コードの各原則について形式的なコンプライをすることの弊害も強調されている。コーポレートガバナンス改革に「実質」が伴わなくては、その実が上がることはありえない。

上場会社においては、各社の現在の実情に照らし、何か自社にとっての実効的なガバナンスであるかを見つめた上で、適切な対応と開示のあり方を模索するべきであるといえよう。

▼講師:太子堂厚子弁護士の関連著書
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