- 「5年間で千葉銀行の「働き方」はどのように変わったのか?」
株式会社千葉銀行 柴田 秀樹 氏 - 「戦略的DXの効果的な促進とは ~部分最適化と全体把握の上下流からの攻略~」
ABBYYジャパン株式会社 前田 まりこ 氏 - 「顧客の利用実態からみたリモートワーク基盤の導入と運用のポイント」
シトリックス・システムズ・ジャパン株式会社 岩佐 真幸 氏 - 「戦略的なAI活用で金融業界を変える~AI導入の実情と事例~」
株式会社シナモン 新井 恒希 氏 - 「従業員エクスペリエンス – ISO30414対応を見据えて」
クアルトリクス合同会社 東田 真樹 氏 - 「あおぞら銀行におけるデジタル人材育成に向けた取り組み」
株式会社あおぞら銀行 楠田 佳嗣 氏
「5年間で千葉銀行の「働き方」はどのように変わったのか?」
- 基調講演
【講演者】 - 株式会社千葉銀行
デジタル改革部 部長
柴田 秀樹 氏
<千葉銀行が実現した「働き方改革」>
長年、紙と印鑑に依存した業務を続けて来た千葉銀行。非効率な働き方を改善するためには大幅な働き方改革が必要と考え、2015年から業務のデジタル化計画が始動した。
DX化を促進したのは「業務運営」「顧客向けサービス」「人材」という三つの柱。まずは業務の効率化を図り、能力を発揮しやすい環境に改善することで、顧客サービスや新しい戦略分野に対する人的資源の最適配分を考えた。そしてサービスの質向上を図ることで、ステークホルダーに新しい体験と価値を提供することを目指した。
コロナ禍の影響を受けながらも一定の成果を収めた千葉銀行の働き方改革は、どのようなものだったのか。具体例とともに、その実践事例を紹介する。
<働き方改革で「解放」された3つのストレス>
千葉銀行が働き方改革の方向性として重視したのは、「ダイバーシティ」「やりがい」、そして「ストレスフリー」。仕事の楽しさや充実感を得られる職場環境を実現させるには、業務のシンプル化、ペーパーレス化、自動化の促進が重要と考え、「3つの解放」に取り組んだ。
1.「仕事をする場所的な制約」からの解放
2.「定型的なつまらない仕事」からの解放
3.「過去のルール・仕組み」からの解放
それぞれを実現するために行った施策の事例を一つずつ紹介する。
1.「仕事をする場所的な制約」からの解放
働き方改革に取り組み始めた当初、全ての業務は書類を中心に進められていた。ファイルロッカーは書類であふれ、書類のないところでは事実上仕事ができない状態だった。
この状況を抜本的に変革するため、2017年頃から紙と印鑑の完全廃止に着手し、2020年2月に営業融資支援システムが完成したことで、審査業務とオペレーション業務では完全ペーパーレス化を実現した。これによって在宅勤務で融資業務が可能になり、仕事をする場所の制約から解放された。
まさにそのタイミングで新型コロナウイルス感染症が世界を席巻し、緊急事態宣言の発令により全国規模での外出制限が始まったが、システム稼働後で在宅で審査決裁処理を進めることが可能となっていた当行では、火急な資金を必要とする顧客のニーズにスピーディに応えることができた。
預金業務についてもシステム開発で受付から後続までペーパーレス化したことにより、業務の「場所的な制約」からの開放を実現した。今後は書類保管場所の削減による店舗の軽量化や、銀行をまたいだバックオフィスの共同化も視野に入れている。
2.「定型的なつまらない仕事」からの解放
次に解放したのは機械的で裁量の余地がない仕事で、いわゆる「定型的なつまらない仕事」だ。例えば新規の口座作成で情報登録がルールどおりに正しく行われているかのチェックでは、登録情報を1件ずつ人の目で突合させていた。単調な仕事だけに人的ミスも起こりやすい状態だった。
これらの仕事はRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入して、誤登録の疑いがある情報のみ抽出したリストについて最終チェックを行う体制に変更することにより、90%を自動化した。この結果、年間にして1500時間もの業務量が削減。ケアレスミスも減少した。働き方改革を始動させてから削減された業務時間の累計は、業務プロセスの見直しで削減された時間と合わせて計35万時間以上に及んでいる。
次に問題の多かった業務が融資の契約書などの手書き書類だ。これらの書類では記入漏れや書き間違いなどの不備によって、書き直しや印鑑の押し直しといった事態が多発しており、非効率なだけでなく顧客にも不便を強いていた。
こちらも、営業融資支援システムと連動させる形で電子契約を導入することにより、契約のプロセスのペーパーレス化を実現した。稟議のシステムからボタン操作一つで情報がアップロードされ、顧客はオンライン上で契約内容の確認や認証を行うため、契約書の記入や捺印の手間もなくなった。
契約後のオペレーションも営業融資支援システム導入によって、ペーパーレスオペレーションが可能となり、営業店から本部集中部門にすべて集約した。
その結果、オペレーションに関わっていた約100名分の余力が生まれたため、新たな業務へと人員を最適配分できた。
3.「過去のルール・仕組み」からの解放
ミスを生まないためのチェックは重要だが、その意識が行きすぎると、不必要なルールが誕生しがちだ。慣例的にルール化されている業務を見直してみると、非効率で意味のない負の遺産で、現場は不満を抱えていることもある。
こうした現場の不満と真摯に向き合い、改善案につなげている。現場の意見の吸い上げには、職員が投稿可能な「提案・要望掲示板」をリニューアルして活用している。単なる苦情にすぎない意見もあるが、本部では気付かなかった納得の意見を含め、リニューアル後は年間800件の投稿が集まった。最も高評価を得た提案は経営陣から賞品付きで表彰するなど、より意見を出しやすい仕組みづくりを構築している。
デジタル改革部が全ての所管部の全ての改善活動を網羅的に見渡すのは現実には難しいため、各部内で自発的な改善意識が高まるように、「やめるプロジェクト」を始動した。まずはその仕事の「よしあし」を評価することなく、外部と紙でやり取りしていたり情報を手入力したりしている業務をリストアップしてもらうことで、現状を把握するとともに可視化。このリストをもとに、自動化、効率化できる業務を洗い出している。
<変革の過程で遭遇したボトルネック>
結果的に一定の成果をあげた千葉銀行の働き方改革も、全てがスムーズに進んだわけではない。代表的なボトルネック事例をいくつか紹介する。
デジタルへの苦手意識、変わることの不安
まずはデジタルへの苦手意識、変化を不安視する声だ。
職員の意識をデジタルに向け、ついて来られない人が出ないように底上げを図るという両面の施策が必要となった。「ITスキル等の底上げ」施策としては、デジタル初心者向けにメールマガジンを発刊。一読すればすぐに使えるお得情報を継続的に提供し、今では行員の9割以上が読者になっている。
さらに、デジタル人材を育成するためのDX認定制度も設立。デジタルのキャリアパスを可視化することでやる気を刺激し、全体的なスキルの底上げを図った。
変革を担おうとする人材の不在
責任を負いたくない、自分の仕事が増えるのが嫌といった理由から、自分で何かを変えようとしてくれる人材は多くない。さらに、システム開発の経験者が少ないことも問題だ。エンジニア側と十分な意思疎通ができていないまま開発を進めてしまい、後日仕様変更が多発という大きな痛手につながりやすい。社内で地道に人材を育成していくことが、内製化の近道になる。
システム開発のためのコストと人的負荷
デジタル改革を進めるほど、システム開発に掛かるコストや人的負担は膨らみやすい。多くの業務用システムを同時並行で開発することになり、大がかりな対応になるからだ。
この課題に対しては、デジタル改革部が開発計画の妥当性や進捗を一元的に見ることで、PMOとしてプロジェクト全体の調整役を担っている。さらに、全10行の地方銀行による国内最大規模の広域連携の枠組み「TSUBASAアライアンス」を活用し、事務・システムを共同化。開発費用の分散負担、共同開発による稼働圧縮などのメリットを享受している。
<新たな領域への挑戦に向けて>
DX戦略の目的の一つは、ビジネスを変革する経営資源を生み出すことにある。限られた資源をフルに活用して職員が能力を全て発揮して働けるように、今後も業務効率化を中心としたDX戦略を通じて、「新たな取り組みのための人材」を捻出していく。
顧客の行動や価値観、職員の働き方に対する価値観の変化により、銀行ビジネスは旧来の体制では対応できない転換期を迎えている。この変化を機会ととらえ、チャンスに変えることで銀行のビジネスモデルを変えていくことを目指している。働き方改革により有意義で面白い仕事ができる環境になることで行内のモチベーションが高まり、新たなビジネスモデルを構築する原動力になる。従業員の満足度が高まることで、顧客エンゲージメントも高めていくことを目指していく。