リブラと仮想通貨をめぐる日本の法整備~問われる政府・金融機関のブロックチェーン活用の技量~


仮想通貨の存在感が増している。日本では関連法制の整備が進む一方、グローバルでは米フェイスブックが発行を予定している「リブラ」への注目度と警戒感が高まっている。そこで、国内外の現状と今後の方向性について、全3回にわたって3人の有識者が解説していく。今回は、リブラが現在直面している国際金融規制の圧力と、リブラに対して抱いている各国の懸念点を整理したうえで、日本の金融機関が実行可能な対策やデジタル通貨活用の道を考察する。

  1. 既存の通貨体制崩壊の恐れから金融規制の圧力をかける
  2. 日本の金融機関も積極的に仮想通貨技術の応用を
目次

既存の通貨体制崩壊の恐れから金融規制の圧力をかける

─現在のリブラに対する各国政府の反応はどうか。

山岡 世界各国の政府は非常に警戒的だ。リブラに対し、ECB(欧州中央銀行)のクーレ専務理事は「ウェイクアップコール(=警鐘)」、金融庁の氷見野良三金融国際審議官は「アラームクロック(=目覚まし時計)」と称している。世界の金融当局が危機感を抱くのは、リブラが既存の「近代国家の枠組みに基づく通貨体制への挑戦」と言うべき影響力を持ち得るからだ。現在、当局がフェイスブックに取っている対応は、急速に事が進まないよう、そして自ら規模を縮小してほしいという願望も込めて圧力をかけている状況だ。

リブラは、様々な金融規制の高いハードルを満たすように要求されている。例えば、KYC(顧客の身元確認)では、顧客からお金を預かる際、本人確認を万全に行うことが求められる。AML/CFT(マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策)では、送金が犯罪などに使われるリスクに対し適切な施策を行っているかどうかが問われる。米議会は、これらの規制基準を高く設定し、満たさなければリブラを発行させないと表明している。当局の立場からは当然予想される反応だ。リブラは、既存の通貨秩序にどの程度の影響をもたらすのか、あるいは自壊するのかが予測できない“パンドラの箱”だからだ。

─なぜ政府は他の仮想通貨ではなく、リブラを恐れるのか。

山岡 2009年に最初の仮想通貨ビットコインが誕生したが、その後登場した他の仮想通貨を含め、価格変動の激しさやユーザーの少なさなどを理由に、日常の決済手段にはほとんど使われず、もっぱら投機対象となった。ビットコイン誕生から10年間、既存通貨を凌ぐほどの仮想通貨が現れなかったため、各国当局は、「国家を超えるマネー」という、仮想通貨の本質的問題に直面せずに済んできた。

しかし、2019年に計画が公表されたリブラは、これまでの仮想通貨の課題点の克服を図ったがゆえに、本当に広く使われかねない初めての仮想通貨になってしまった。発行体に参加するフェイスブックは、世界で20億人超のユーザー数を誇る巨大SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)企業だ。その大規模なネットワークは、リブラ普及に大きな強みとなる。圧倒的ユーザー数を背景に、既存通貨に代わって日常の支払決済に用いられる可能性が出てくる。

さらに、リブラは、これまでの仮想通貨の最大の問題であった価格変動の問題も、複数の先進国通貨建ての国債など、安全資産を100%裏付けとする「ステーブルコイン」とすることで、解決を図っている。このため、リブラの価格はSDR(特別引き出し権)と同様、「複数の主要通貨のバスケット」に連動することになる(図表1)。

─リブラの裏付け資産の構成比率と、各国政府に与える影響は。

山岡 フェイスブックは、リブラの裏付け資産の約50%を米ドル建てとし、残りは信認の高い他の先進国通貨で持つと表明している。この比率が各国に与える影響は大きい。米政府は米ドルを、全世界の外為取引の8割以上、外貨準備の6割以上を占める「世界の基軸通貨」と自認している。この中で、リブラの裏付け資産の約50%が米ドル建てと言われても、米国当局にとっては、米ドルの基軸通貨としての地位を脅かす存在に映る。

加えて、リブラの発行・管理を行うリブラ協会が裏付け資産の比率を変えれば、為替市場に大きな影響が及ぶ。そうした重大な決定を、リブラ協会という私的団体に行わせて良いのかという議論にもなる。また、欧州は1999年以降、ユーロを米ドルと並ぶ世界通貨に押し上げるべく努力を重ねてきた。リブラの裏付け資産の「半分は米ドル、残り半分は他通貨」という配分は、欧州にとっても受け入れがたいだろう。

さらにリブラに批判的と考えられるのは中国だ。中国は近年、「人民元国際化」という国策に沿って、2016年には人民元をSDR入りさせるなどの方策を進めてきた。この中でフェイスブックが2019年7月の議会証言で、「リブラの裏付け資産に人民元は入れない」と明言したことは、中国には到底受け入れがたいはずである。

日本の金融機関も積極的に仮想通貨技術の応用を

─フェイスブックの狙いとは何か。

山岡 フェイスブックがリブラを開発した目的は、新興国の人々や移民、出稼ぎ労働者などの生活を助けたいということである。例えば、母国の家族を養うために、先進国に出稼ぎに来た新興国の人々にとっては、海外送金にリブラを使えれば、手数料もかからず簡単に送金ができる可能性がある。フェイスブックは新興国市場でもユーザー数が急伸しており、そのアプリでリブラが使えるようになれば、手軽な送金手段として浸透しやすいだろう。

また新興国では、ベネズエラやジンバブエのように、自国通貨への信認が低いケースもある。この中でリブラが普及すれば、政府の政策や金融政策を信頼できない国民は、持っている自国通貨をリブラに移せるようになる。リブラへの資金の移転は、銀行の窓口に行く必要もなくオンラインで可能なため、このような国々では、自国通貨に代わってリブラが広く流通する「リブラ化」が起こり得る。

そうなると、政府が自国通貨の流出を防ぐことは不可能になるため、通貨への信認の低い新興国などでは、ユーザーと政府の利害は真っ向から対立する。人々にとってリブラは、便利かつ自国政策の信認低下によるインフレから身を守る手段となり得る。しかし政府にとっては、自国からの資金流出を止められないことを意味するからだ。

─政府はリブラに対して、どのような対策を準備しておくべきか。

山岡 「マネー・ロンダリングなどの犯罪の温床になる」、「犯罪の手口が高度化する」などの懸念は、特にリブラだけの問題ではないし、リブラを取り扱う機関の対応により解決可能な問題である。金融機関が送金に際し行っているマネー・ロンダリング対策は、リブラに対しても同様に行えるはずだ。現在、FATF(金融活動作業部会)が国際的に取りまとめている対策の下、金融機関の国際送金の窓口では、「同じ人が短期間で大口の送金を頻繁に行っていないか」といった不審な点を定量的に点数化する「スコアリング」によるリスク管理が行われている。

リブラのようなブロックチェーン技術に基づく仮想通貨は、確かに匿名性を持ち得るが、現金はもともと、それ以上に匿名性が高い。したがって、現在、銀行が現金の取り扱いの際に行っているAML/CFTやKYC、これに伴うスコアリングなどは、リブラによる送金にも適用できる。真の問題は、これまでのお金がリブラになることではなく、厳格に監視されている銀行とは別の主体が、送金サービスの提供主体になることである。そうだとすれば、規制監督面での法整備などにより、リブラを取り扱う主体に銀行同様のコンプライアンスを求めることで、対応は可能なはずだ。

各国の真の懸念は、自国通貨からリブラへの資金流出が金融不安を招くことだ。前述のような新興国に限らず、先進国でも、人々が自国の金融システムや政策に不安を覚えれば、手持ちの自国通貨をスマホを通じてリブラに換えるかもしれない。とはいえ、信認低下はリブラの責任ではない。金融システムや政策への信認を確保することは、もともと政府や当局の当然の責務である。ただ、リブラのような仮想通貨が出てくると、金融システムや政策が信認を失えば、銀行休業など力づくの手段では資金流出を止められなくなる。この可能性も踏まえ、各国は「信認の確保」に、さらに緊張感を持って取り組まなければいけないということだ。

─日本の金融機関の今後の展望は。

山岡 リブラのようなグローバルな仮想通貨は、現段階では実現に時間がかかる。しかし、いくら時間を引き延ばしても、いずれリブラ同様のサービスは出てくるだろう。そうだとすれば、リブラより範囲や条件を狭める形で、金融機関が進んで仮想通貨の基盤技術を応用すれば、ステーブルコイン類似の機能が提供できるはずだ。例えば、預金にブロックチェーン技術を応用したり、裏付け資産が100%日本円で構成されるデジタル資産を発行すれば、金融政策や金融システムに影響を及ぼすことなく、顧客の利便性を高められるかもしれない。また、用途を貿易金融など大口の支払決済に限定したデジタル資産を発行することも考えられる。実際、既に日本でも、三菱UFJフィナンシャル・グループが、実質的に円建てのMUFGコインの計画を発表するなど、各国の主要金融機関はデジタル技術の応用に取り組んでいる。また、いくつかの中央銀行はデジタル通貨の検討を進めている。リブラのブロックチェーン技術は目新しいものではないし、デジタル通貨開発も、もはや特段難しい技術ではない。日本の政府や金融機関は、仮想通貨の基盤技術を上手に活用する技量が問われている。

講師

フューチャー
取締役
山岡 浩巳 氏

1986年東大法学部卒。
90年カリフォルニア大バークレー法学大学院卒。
米NY州弁護士。
IMF日本理事代理、日銀金融市場局長、同決済機構局長などを経て現職。

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