生命保険会社における対応事項

それでは、これらの評価結果を受けて、生命保険会社としてはどのような措置を講じる必要があるであろうか。

まず、本審査結果の第5章では、日本における各業態の重要性とマネロン・テロ資金供与リスクの大きさ等を踏まえ、監督対象となる業態ごとに、優先度が示されている。その中で、保険会社は、「最も重要(Most significant)」と評価された銀行に次ぐ「重要(Significant)」に位置付けられている。この位置付けは、暗号資産交換業者のほか、信託銀行、金融商品取引業者等と同様である。生命保険商品自体のマネロン/テロ資金供与リスクは相対的に低いとされている(※)ものの、やはり相応の対策は講じておく必要があるということであろう。

GUIDANCE FOR A RISK-BASED APPROACH LIFE INSURANCE SECTOR

そのうえで、上記①~③について、生命保険会社として講じるべき措置を考えたい。

①事業者ごとのリスク評価の導入・実施

本審査結果は、第5章を通して、マネロン/テロ資金供与リスクの理解が限定的な金融機関が一定数存在することを指摘している。近年、マネロン/テロ資金供与対策においては、リスクベース・アプローチ(RBA)の導入・適用が進められてきているが、本審査結果はそのさらなる推進を求めるものである。改めて、一般的なマネロンの構造、すなわち、Placemen、Layering、Integrationを念頭に、自社商品がその過程でどのように利用されうるのかということについて、より具体的な検討が求められている。

本審査結果では、特に低減措置の適用に関しては、以下のような指摘があり、生命保険会社としても、改めて自社の取り扱う各保険商品について、リスク評価を行い、それに見合った低減措置を講じる必要がある。

  • リスクに応じて十分に調整することなしに、画一的な低減措置を適用している
  • 自らの業務に関連しない場合であっても、監督当局によって指摘された基本的なリスクカテゴリー(主にNRA(National Risk Assessment(犯罪収益移転危険度調査))の結論に基づくもの)を参照している
  • 一定数の金融機関が自らの業務に関連するリスクを限定的にしか理解していないことを踏まえると、リスクベース・アプローチ(RBA)の基本をどの程度理解し、リスクに応じた低減措置を実施しているかについては懸念がある

この点については、金融庁が公表した「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策に関する行動計画」において、令和4年を期限として、監督ガイドラインの更新・策定及びマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策にかかる義務の周知を行うこととされている。

他方で、この作業は決して容易なものではなく、難度の高い検証が求められる。検討にあたっては、マネロン/テロ資金供与対策に精通した外部専門家の協力も得ることが有効だが、各社の商品や顧客について最も熟知しているのは自社なのであるから、FATFによるガイダンス等も参考にしながら、各生命保険会社の主体的な取り組みが求められる。

②リスクベースでの継続的顧客管理、取引のモニタリング、資産凍結措置の実施

本審査結果が優先的に取り組むべきとする2点目のうち、特に継続的顧客管理及び取引モニタリングについては、「5.2.3 顧客管理措置(CDD)の適用及び記録保存義務」の項目で以下の指摘がされている。

  • 新規顧客については、その属性を総合的に評価し顧客リスク格付けを付すための適切な顧客管理(CDD)の仕組みを整備しているが、既存顧客については情報更新手続きの途上である
  • 顧客のリスク特性は、主にリスト照合に焦点を当てている。顧客に関する情報は、取引関係の構築の際に取得した基本的な情報に限定され、かつ、この情報は大抵の場合、更新されていない
  • 情報更新とリスク評価の見直しが実施されていない多くの既存口座が存在している
  • 継続的顧客管理措置は、収集された顧客情報の更新及びリスト照合に限定されており、この手法で継続的顧客管理を実施しても、顧客の特性と業務内容とを結びつけ、予測される顧客の取引パターンからの逸脱の可能性を検知できるようにならない
  • 顧客管理措置(CDD)や取引モニタリング、取引フィルタリング、スクリーニングについて、統合されたITシステムは、多くの金融機関で導入されておらず、導入されている場合の効果も限定的である

生命保険については、長期にわたる契約関係になることが多く、契約締結後に各種の見直しや手続が行われることも多い。また、顧客と営業担当者の距離が近いことも少なくなく、保険料控除証明書や契約内容の確認等、契約者に対して定期的に通知される実務も行われてることを踏まえれば、顧客情報の更新をすることは、比較的なじみやすいといえる。

本審査結果を受けて、検討が求められる点としては、既存顧客を含めたすべての契約者等につき、属性情報だけでなく、各種手続の内容や言動等を補足し、それらをいかに継続的顧客管理、取引モニタリングに活用するかである。この点については、金融庁から、「共同機関」による共同システムを進める動きも示されているところ、現時点で保険会社はその対象に含まれていないが、生命保険会社としてもその動向も見ながら検討を進めることになろう。

③実質的支配者情報の収集と保持

実質的支配者に関する情報については、「5.2.3 顧客管理措置(CDD)の適用及び記録保存義務」において、申告に基づく収集は「不十分な検証方法」であると明確に指摘されている。また、2018年11月30日から開始された公証人による定款認証時の実質的支配者登録制度も、制約があるとの評価を受けている。これは、法人設立時における確認に限定されている点等を捉えた評価である。

本審査結果と前後して、法務省は、実質的支配者情報リスト制度を創設し、2022年1月31日から運用が開始されることとなった(「商業登記所における実質的支配者情報一覧の保管等に関する規則」(令和3年法務省告示第187号))。これにより、登記官による確認がなされた実質的支配者に関する情報を取得できることにはなるが、登記官による審査は、株主名簿等との整合性を確認するという形式的なものにとどまり、申告内容の正確性は担保されていない。そのため、金融機関において、顧客等に対して追加の資料提出を求めることも想定されるなど、本制度の活用可能性については課題が残る状況にある。

生命保険会社としても、実質的支配者情報リスト制度をどのように活用することが有効か、各社の実務に沿って検討をする必要がある。

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