顧客本位の業務運営に関する原則とは何か(前編)


平成29年1月19日、金融事業者が顧客本位の業務運営におけるベスト・プラクティスを目指す上で有用と考えられる原則として、「顧客本位の業務運営に関する原則(案)」が金融庁から公表された。本稿では、顧客本位の業務運営に関する原則の全2回連載の第1回として、顧客本位の業務運営に関する原則の全体像を説明する。

  1. フィデューシャリー・デューティーの取組み
  2. fiduciary(フィデューシャリー)概念
  3. 顧客本位の業務運営に関する原則の全体像
  4. 対象となる「金融事業者」の範囲
  5. プリンシプルベース・アプローチ/コンプライ・オア・エクスプレイン
目次

フィデューシャリー・デューティーの取組み

平成29年1月19日に金融庁より顧客本位の業務運営に関する原則案が公表された。

近年、金融監督上、金融機関が「フィデューシャリー・デューティー」を果たすことが求められるようになってきたが、顧客本位の業務運営に関する原則はフィデューシャリー・デューティーを具体的な規律として定めるものである。

フィデューシャリー・デューティーについて、金融庁は、平成26事務年度金融モニタリング基本方針において、投資運用業者がフィデューシャリー・デューティーを踏まえた商品開発・運用を行うことを監督上の着眼点として掲げ、さらに、平成27事務年度金融行政方針では、より広く、商品開発、販売、運用、資産管理それぞれに携わる金融機関等についてフィデューシャリー・デューティーの徹底を図るべきことを述べていた。

そして、平成28事務年度金融行政方針でも、フィデューシャリー・デューティーを「顧客本位の業務運営」とも言い換えた上で、金融機関等による確立と定着を求めることが明記された。

このような金融庁の方針も受けて、既に金融機関の取組みも進められており、メガバンク・グループ、信託銀行、投資運用会社などを中心に、フィデューシャリー・デューティーに関する独自の取組み方針を公表する例も見受けられる。

このように行政・民間の動きはあったものの、これまで、フィデューシャリー・デューティーに関する具体的な制度・原則は制定されていなかったが、今般、金融庁は、プリンシプルベース・アプローチによって金融事業者にフィデューシャリー・デューティーの対応を求めるものとして、顧客本位の業務運営に関する原則(案)を公表した。

fiduciary(フィデューシャリー)概念

fiduciary(フィデューシャリー)概念

ここで、fiduciary(フィデューシャリー)とは元々英米法の概念であり、「他者から信頼を受けて行動する者一般」を指すと説明される(※)。

道垣内弘人「『フィデューシャリー』がやって来た」証券アナリストジャーナル38巻1号(2000年)48頁。

そして、fiduciaryは「相手の信頼を受け、その者の利益を念頭に置いて行動または助言しなければならない」という義務を負うとされ、このようなfiduciaryの義務がfiduciary duty(フィデューシャリー・デューティー)であり、信認義務などと訳される(※)。

「金融取引におけるフィデューシャリー」に関する法律問題研究会「金融取引の展開と信認の諸相」金融研究29巻4号(2010年)183頁。

fiduciary概念は、日本法に直接対応する概念がなく、具体的な内容が把握しにくいものであり、平成27事務年度金融行政方針で「フィデューシャリー・デューティー」により金融機関に期待されるものは必ずしも明確ではなかった。

これに対して、平成28事務年度金融行政方針では、フィデューシャリー・デューティーを「顧客本位の業務運営」とも言い換え、「金融機関等が、当局に目を向けるのではなく、顧客と向き合い、各社横並びではない主体的で多様な創意工夫を通じて、顧客に各種の情報を分かりやすく提供するなど、顧客の利益に適う金融商品・サービスを提供するためのベスト・プラクティスを不断に追求することが求められる」と説明した。

この記述により、金融庁がフィデューシャリー・デューティーとして意図しているところが理解しやすくなったといえる。

そして、この「顧客本位の業務運営」を金融事業者に確立・定着させることを目的として、金融庁は顧客本位の業務運営に関する原則案を策定し、公表したのである。本原則案は、2月20日までパブリックコメントの手続に付されており、提出された意見も踏まえて近く最終的な本原則が制定されるものと見込まれる。

顧客本位の業務運営に関する原則の全体像

顧客本位の業務運営に関する原則の全体像

顧客本位の業務運営に関する原則案の中では本原則の制定の経緯及び背景、本原則の目的などの総論的な事項を記述した上で、金融事業者が遵守すべき7項目の原則が掲げられている。

まず、顧客本位の業務運営に関する原則の目的として「金融事業者が顧客本位の業務運営におけるベスト・プラクティスを目指す上で有用と考えられる原則を定めるもの」であることが示されている。

そして、顧客本位の業務運営に関する原則の対象となる「金融事業者」は、「金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等を行う全ての金融機関等」とされているが、具体的な定義は設けられておらず「顧客本位の業務運営を目指す金融事業者において幅広く採択されることを期待する」ことが述べられている。

また、顧客本位の業務運営に関する原則による規律のアプローチとして、遵守すべき行為を具体的に規定する「ルールベース・アプローチ」ではなく、遵守すべき原則のみを示して、具体的な行為態様は行為者にその趣旨・精神を踏まえて適切に判断させるという「プリンシプルベース・アプローチ」が採用されている。

その上で、具体的な原則として次の7項目を掲げ、各原則には注記による内容の補足がなされている。

  • 原則1 顧客本位の業務運営に係る方針の策定・公表等
  • 原則2 顧客の最善の利益の追求
  • 原則3 利益相反の適切な管理
  • 原則4 手数料等の明確化
  • 原則5 重要な情報の分かりやすい提供
  • 原則6 顧客にふさわしいサービスの提供
  • 原則7 従業員に対する適切な動機づけの枠組み等

原則の見直し

顧客本位の業務運営に関する原則には留意事項として「金融事業者の取組状況や、本原則を取り巻く環境の変化を踏まえ、必要に応じ見直しの検討を行う」ことも明記されており、本原則が制定された後、制定時の原則が硬直的に適用され続けるのではなく、その時々の状況に合わせた見直しが行われるものと見込まれる。

対象となる「金融事業者」の範囲

対象となる「金融事業者」の範囲

顧客本位の業務運営に関する原則の適用対象は、「金融事業者」とされており、「金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等を行う全ての金融機関等」が含まれるとされている。もっとも、本原則案では、具体的にいかなる業態が「金融事業者」に含まれるか定義されておらず、「顧客本位の業務運営を目指す金融事業者において幅広く採択されることを期待する」ことが述べられている。

fiduciaryの典型例としては信託の受託者等の顧客の資産を預かって管理・運用を行う業態が想定されるが、顧客本位の業務運営に関する原則の適用対象は資産管理・運用を行う金融機関に限られず、金融商品の販売、助言、商品開発等を行う金融機関も含まれることに留意が必要である。

平成28事務年度金融行政方針でも、金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等のインベストメント・チェーンに含まれる全ての金融機関等において、顧客本位の業務運営を行うべきとのプリンシプルが共有され、実行されていく必要があると指摘されている。

また、基本的には、銀行、金融商品取引業者、保険会社、信託会社等の許認可や登録を受けて業務を行っている金融機関が対象となると考えられるが、それ以外でも、金融に関わるビジネスを営んでいる業者であれば、顧客本位の業務運営に関する原則の適用対象となり得よう。

もっとも、各金融事業者が顧客本位の業務運営として実施すべき具体的な取組みの内容は、業態や個々のビジネスモデルによって異なるものと考えられる。

プリンシプルベース・アプローチ/コンプライ・オア・エクスプレイン

プリンシプルベース・アプローチ/コンプライ・オア・エクスプレイン

顧客本位の業務運営に関する原則は、法律のように法的拘束力を有する規範ではなく、これに従わないことにより直ちに罰則や行政処分の対象になるものではない。

顧客本位の業務運営に関する原則の趣旨に賛同する金融事業者がこれ採択することにより、本原則を遵守することを期待するものであり(※)、スチュワードシップ・コードでとられているのと同様の建付けによって規律付けを図るものである。

もっとも、事実上の問題として、金融規制の対象となっている金融機関が本原則を受け入れないという選択を行うことは、容易ではないと思われる。

プリンシプルベース・アプローチ

また、顧客本位の業務運営に関する原則では、金融事業者がとるべき行動を個別的、具体的に規定する「ルールベース・アプローチ」ではなく、顧客本位の業務運営に有用となる抽象的な原則だけを定め、原則の趣旨・精神を実践するためにどのような行動をとるべきかについては、金融事業者が自らの置かれた状況に応じて判断するという「プリンシプルベース・アプローチ」の手法がとられている。

コンプライ・オア・エクスプレイン

同時に、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方がとられており、顧客本位の業務運営に関する原則を採択した金融事業者であっても、本原則に示された原則のうちの一部を実施(遵守:コンプライ)しないことも許容されるが、その場合には実施しない理由等について十分な説明(エクスプレイン)を行うことが求められる(※)。

もっとも、各原則の内容は抽象的・一般的なものであるところ、いずれの原則についても本原則を受け入れた金融事業者が一切実施しないということは想定しにくいように思われる。

「プリンシプルベース・アプローチ」や「コンプライ・オア・エクスプレイン」の考え方は、スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードでも採用されている手法である。

▼筆者:有吉尚哉氏の関連著書
FinTechビジネスと法 25講―黎明期の今とこれから―
資産・債権の流動化・証券化(第3版)

▼連載:顧客本位の業務運営に関する原則 ~フィデューシャリー・デューティー~


顧客本位の業務運営に関する原則(前編)



顧客本位の業務運営に関する原則(後編)~7つの具体的な原則

有吉 尚哉 氏
寄稿
西村あさひ法律事務所
弁護士
有吉 尚哉 氏
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