平成29事務年度金融行政方針の全体像
平成29年金融行政方針の公表
金融庁は、事務年度(7月~翌年6月)ごとに「金融行政方針」を策定し、公表している。この金融行政方針は、各事務年度において金融行政が何を目指すかを明確にするとともに、その実現に向けていかなる方針で金融庁が金融行政を行っていくか示すものである。
そして、平成29年11月10日に、「平成29事務年度金融行政方針」(以下「平成29年金融行政方針」という)が公表された。平成29年金融行政方針は、平成29事務年度(平成29年7月~平成30年6月)における金融行政の方針であり、金融実務に関わる者にとっては、この1年間の金融行政・金融関連制度の動きを予測するための参考となる。
平成29年10月25日には、金融庁は、前事務年度の金融行政方針の進捗状況や実績等の評価を「平成28事務年度金融レポート」として公表しており、平成29年金融行政方針はこの金融レポートの内容も踏まえてとりまとめられたものである。
平成29年金融行政方針の構成
平成29年金融行政方針は以下の8項目によって構成されている。
- Ⅰ. 金融行政運営の基本方針
- Ⅱ. 金融当局・金融行政運営の改革
- Ⅲ. 金融上の課題の包括的検討
- Ⅳ. 国民の安定的な資産形成に資する金融・資本市場の整備
- Ⅴ. 金融仲介機能の十分な発揮と健全な金融システムの確保等
- Ⅵ. IT技術の進展等への対応
- Ⅶ. 顧客の信頼・安心感の確保
- Ⅷ. その他の重点施策
このうちの「Ⅰ. 金融行政運営の基本方針」では金融庁における全体的な基本方針が述べられており、「Ⅱ. 金融当局・金融行政運営の改革」では金融行政側の改革の方針について言及されている。Ⅲ. 以下で民間の金融実務にも関わる金融行政の具体的な施策がまとめられているが、前事務年度までの金融行政方針と異なり個別の取組みに先立って「Ⅲ. 金融上の課題の包括的検討」として総論的な記述が置かれている。
以下では、平成29年金融行政方針の構成で示された基本方針を紹介した上で、具体的な施策として示されている項目のうち、金融実務への影響の観点から注目すべき項目を抜粋して紹介し、そのポイントを解説する。
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平成28事務年度 金融行政方針が金融実務に与える影響<前編>
平成28事務年度 金融行政方針が金融実務に与える影響<後編>
金融行政運営の基本方針と金融当局の改革
金融行政運営の基本方針
平成29年金融行政方針では、まず、「Ⅰ. 金融行政運営の基本方針」の中で金融行政の目標として、①金融システムの安定 / 金融仲介機能の発揮、②利用者保護 / 利用者利便、③市場の公正性・透明性 / 市場の活力のそれぞれを両立させることを通じて、企業・経済の持続的成長と安定的な資産形成等による国民の厚生の増大を目指すことを示している。
この基本方針は、前事務年度の金融行政方針で掲げられていた内容を基本的に踏襲したものとなっている。
金融当局・金融行政運営の改革
平成29年金融行政方針では、基本方針に続いて、「Ⅱ. 金融当局・金融行政運営の改革」として金融行政側の改革の方針について言及されている。
この中では、まず、「金融庁の改革」として以下3項目が示されている。
- 組織文化(カルチャー)の変革
- ガバナンスの改革
- 組織の見直し
このうち、ガバナンスの改革については、政策評価有識者会議の運営を改め、政策評価だけでなく金融行政として新たに取り組むべき重要な課題に関する議論を定期的に実施することや、各種有識者会議等を更に活用して外部有識者の意見が継続的に行政に反映される枠組みを確保することなどが述べられている。
また、組織の見直しとして、平成30年夏を目途に、現在の総務企画局、検査局、監督局の3局体制から、総合政策局、企画市場局、監督局の3局体制に改め、各局の役割・課題について以下のように整理している。
また、各部局の業務のあり方についても見直しを進めていくことが述べられている。金融庁の体制を大きく変えるものであり、金融機関に対する検査・監督のあり方にも影響を及ぼすと予想される。
次に「検査・監督のあり方の見直し」として、平成29年3月17日に公表された金融モニタリング有識者会議報告書を踏まえて、金融行政の視野を「形式・過去・部分」から「実質・未来・全体」へと広げて行くことが述べられており、そのためのアプローチとして以下の点になどがあげられている。
- ルールとプリンシプルのバランスに配慮すること
- 金融機関の行動や取組みの「見える化」を進めていくこと
- フォワードルッキングな視点での「動的な監督」に取り組んでいくこと
また、今後の取組みとして、金融機関の検査・監督に共通する考え方と進め方を整理した「金融検査・監督の考え方と進め方(検査・監督基本方針)」を策定し、パブリックコメントに付すことや、プルーデンス政策、コンプライアンスリスク管理、金融仲介機能、ITガバナンス等の個別の分野について、ディスカッション・ペーパーの形で当局と金融機関との間の対話の材料を提供していくことが示されている。
加えて、許認可等の審査プロセスの効率化・迅速化・透明化を一層進めていくこと、金融庁における中長期的なIT戦略を検討し、より効率的かつ効果的なモニタリングを推進すること、金融庁において各部署が収集している各種情報(インテリジェンス情報)を統合的に管理することなども言及されている。
金融実務上ポイントとなる主な施策
以下では、平成29年金融行政方針で具体的な施策として示されている事項について、総論的な「Ⅲ. 金融上の課題の包括的検討」の内容を紹介した上で、Ⅳ. 以下で述べられている内容のうち、金融実務上、ポイントとなる事項を解説する。
金融上の課題の包括的検討
平成29年金融行政方針では、個別の課題についての具体的な施策に先立って、「Ⅲ. 金融上の課題の包括的検討」として総論的な考え方がまとめられている。その中では、国全体として最適な資金フロー(資金供給者と資金需要者のニーズの最適なマッチング)が実現しているか、また、どうすればより良い均衡が実現するかといった観点から、課題の分析と政策手段の提示を行っていく必要があることが述べられている。
加えて、平成29事務年度においては、個別課題として、機能別・横断的な法体系への見直し、退職世代等に対する金融業の貢献、企業年金等のアセットオーナーの専門性向上に向けた支援、公的金融と民間金融の望ましい関係のあり方などに関する検討に取り組んでいくことが示されている。
国民の安定的な資産形成に資する金融・資本市場の整備
「Ⅳ. 国民の安定的な資産形成に資する金融・資本市場の整備」という観点からは、以下の項目に分けて具体的な施策を示している。
- 家計の安定的な資産形成の推進と顧客本位の業務運営
- ガバナンス改革の更なる推進と機関投資家の役割
- 企業と投資家をつなぐ適切な情報開示の確保
- 金融・資本市場の機能向上、インフラの頑健性確保
- 市場監視機能の強化
以下、「国民の安定的な資産形成に資する金融・資本市場の整備」の観点から具体的な施策としてあげられている事項のうち、金融実務への影響が予想される主な項目を解説する。
顧客本位の業務運営
平成29年3月30日に策定された「顧客本位の業務運営に関する原則」については、平成29年9月末までに合計736の金融事業者が採択し、取組方針を公表したことを金融庁に報告している。
平成29年金融行政方針では、今後、「顧客本位の業務運営」の確立と定着に向けては、金融機関の取組みの「見える化」を促進していくことが重要であるとし、具体的な施策として以下のような項目をあげている。
- 民間の第三者的な主体による金融機関の取組みの評価が、客観性・中立性を確保する形で行われていくよう、民間の取組みを促進すること
- モニタリングを通じ、金融機関の取組方針が真に顧客本位のものとなっているか確認すること
- モニタリングを通じ、金融機関間で比較可能なKPI等の公表による金融機関の取組みの「見える化」を一層進めること:具体的な取組みとして、モニタリングで把握した結果については、対象金融機関にフィードバックするとともに、全体の傾向や取組事例等を取りまとめて公表するとしている。(※)
- 金融機関が掲げている顧客本位の取組方針について、現行の営業体制等を維持しながら実現することが可能かどうか分析・検証すること
平成29年7月28日には、金融庁が「金融事業者による原則の採択等の状況について」と題する文書を公表し、その中で、顧客本位の業務運営の定着度合いを客観的に評価できるようにするための成果指標(KPI)について、好事例と考えられるものを示している。
なお、多くの金融機関は多数の営業担当者を擁し、必ずしも顧客本位ではなく収益を優先して需要を掘り起こすプッシュ型のビジネスモデルとなっているとの指摘があると言及されており、金融機関には顧客本位の業務運営の視点からのビジネスモデルの見直しも期待されているものと思われる。
家計の資産形成
長期・積立・分散投資の推進に向けた取組みとして、平成30年1月から開始するつみたてNISAを幅広く普及させるための取組みを行うことや、投資初心者にとって有益な意見・情報を発信している個人ブロガー等との意見交換の場を設けたり、ネットメディアに対して的確に情報発信を行うことなどが述べられている。これまでよりも幅広い媒体を通じて金融庁が情報収集・情報発信を行っていく考えを示した方針と評価できる。
また、退職世代等に対する金融サービスのあり方の検討課題として、それぞれの世帯が置かれた状況に適した資産の運用・取崩しを含めた資産の有効活用が計画的に行われることや、フィナンシャル・ジェロントロジー(金融老年学)の進展も踏まえ、よりきめ細やかな高齢投資家の保護について検討する必要があることなどをあげ、金融業の貢献について検討を進めることが述べられている。
ガバナンス改革
ガバナンス改革の更なる推進と機関投資家の役割に関する施策として、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」において、平成26年のスチュワードシップ・コード策定(平成29年改訂)、平成27年のコーポレートガバナンス・コード策定などのこれまでの取組みによりガバナンス改革がどこまで進捗しているか検証することとされている。
その上で、機関投資家と企業の対話において重点的に議論することが期待される事項等についてのガイダンスを策定することや、母体企業が自社の企業年金の専門性を高めるための人事面・運営面での取組みを強化するための方策を検討することなどが述べられている。
この方針に則して、平成29年10月18日から「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」での審議が再開しており、コーポレートガバナンス改革の更なる深化に向けた論点についての議論が行われている。
情報開示・会計制度
平成29年金融行政方針では、情報開示に関しては、企業情報の開示・提供のあり方について、金融審議会において総合的に検討する旨が述べられているが、具体的な制度改正などの方針は示されていない。
この点、平成29年11月16日に開催された金融審議会総会・金融分科会合同会合において、「企業情報の開示・提供のあり方に関する検討」として、「投資家の投資判断に必要な情報を十分かつ適時に分かりやすく提供することや、建設的な対話に資する情報開示を促進していくため、企業情報の開示及び提供のあり方について検討を行うこと」が諮問事項として提示されており、近く会議体が設置され、開示制度のあり方の検討のための審議が始まるものと見込まれる。
会計監査に関する取組みとしては、以下の事項などが施策としてあげられている。
- 監査報告書の透明化・会計監査に関する情報提供の充実のための検討
- 監査法人のローテーション制度を含めた監査人の独立性確保等の方策・監査人の交代・引継ぎの手続の検討
- 平成29年3月31日に公表された「監査法人のガバナンス・コード(※)」を踏まえて大手監査法人等が構築・強化した体制の実効性の検証
- ITを活用した監査手法の導入状況の把握・グループ監査の状況の検証
- 監査法人に対する公認会計士・監査審査会のモニタリングと日本公認会計士協会の品質管理レビューの効果的な連携
- 監査監督機関国際フォーラム(IFIAR)の議論への戦略的な関与と国内への還元
- 公認会計士受験者の裾野拡大のための取組みの推進
また、会計基準については、国際会計基準(IFRS)の任意適用企業の拡大促進、IFRSに関する国際的な意見発信の強化、国際的な会計人材の育成に向けた取組みを推進することなどが述べられている。
平成29年10月26日時点でいわゆる四大監査法人を含む14の監査法人が採用したことを金融庁に報告している。
市場監視機能の強化
市場監視機能の強化に向けた具体的な施策として、以下の6項目が掲げられている。
- 内外環境を踏まえた情報力の強化
- 迅速かつ効果的・効率的な検査・調査の実施
- 深度ある分析の実施と市場規律強化に向けた取組み
- ITの活用(RegTech)及び人材の育成
- 国内外の自主規制機関等との連携
- 高速取引の実施把握等
このうち、内外環境を踏まえた情報力の強化としては、特に日本を代表するグローバル企業の開示規制違反や海外子会社の管理体制の不備等に起因した開示規制違反の発覚を踏まえ、経営環境の変化等に伴う開示規制違反の潜在的リスクに着目した情報収集・分析等を強化するとされていることが注目される。また、金融イノベーションを阻害しないよう留意するとしつつ、新しい商品・取引や監視の目の行き届きにくい商品・取引に投資家保護上問題がある場合には、的確に対応し市場監視の空白を作らない取組みを行うことが表明されている。
さらに、金融行政方針の中では初めて「規制当局・法執行機関に関する技術情報革新」の意味で「RegTech」の用語を使い、AIによるデータ分析などITを活用した新しい市場監視システムの導入に向け検討を進めることが述べられている。
【平成29事務年度金融行政方針】全体像と金融実務に与える影響
【平成29事務年度金融行政方針】業態別の取組み
【平成29事務年度金融行政方針】「IT技術の進展等への対応」の要点等
▼筆者:有吉尚哉氏の関連著書
ファイナンス法大全(上)〔全訂版〕
ファイナンス法大全(下)〔全訂版〕
- 寄稿
-
西村あさひ法律事務所有吉 尚哉 氏
弁護士