【連載】自動運転の最前線~自動運転の安全性担保と保安基準の整備

【連載】自動運転の最前線~自動運転の安全性担保と保安基準の整備

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自動運転実用化のためには、交通ルールに加え、車両の保安基準の整備も必須となる。第3回目となる今回は、日本における保安基準の整備の現状や安全性担保の考え方、必要となる安全水準に関して解説する。

  1. 保安基準の現状と法整備
  2. 要求される安全水準の議論

保安基準の現状と法整備

① 保安基準整備の必要性

本連載の第2回では、主に交通ルールである道路交通法の改正・検討状況について解説したが、自動運転車を公道で走行させるためには、交通ルールだけでなく、車両の保安基準の整備も必要である。すなわち、道路運送車両法40条は、自動車の構造について「国土交通省令で定める保安上又は公害防止その他の環境保全上の技術基準に適合するものでなければ、運行の用に供してはならない」と規定している。この国土交通省令である「道路運送車両の保安基準」に適合していなければ、自動車検査証の交付がなされず、新規登録することができない(道路運送車両法60条1項、8条2号)

本稿執筆時点(2019年10月8日)では、道路運送車両の保安基準には、自動運転のための装置(自動運行装置)に関する基準は規定されていない。したがって、日本において自動運転車を公道で走行させるためには、自動運行装置に関する保安基準の整備が必須の条件となる。

② 安全性担保の考え方

自動運行装置に関する保安基準の検討状況について、まず2018年4月17日に高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議により公表された「自動運転に係る制度大綱」では、自動運行装置の保安基準の考え方として、従来の人が運転する車両にはなかった「走行環境条件設定による安全性の担保」という考え方を導入している(図表1)。

これは、自動運転が市場導入された初期の状況では、複雑な走行環境に車両のみで安全性を担保することが難しいと考えられるためである。例えば、「走行速度を低速に抑える」、「決まったルートのみを走行する」、「走行する天候・時間を限定する」、「遠隔型自動運転システムなどに必要な通信条件を整える」といった走行環境条件をあらかじめ設定し、その条件の範囲でのみ自動運転を認めることによって、従来の自動車と同等の安全レベルを達成するという考え方である。

なお、走行環境条件の定め方については、「自動運転に係る制度大綱」によると、「当面の間は、一律ではなく、地域特性等を勘案し、関係省庁が連携の下で都度条件を確認することにより、安全を確保しつつ、技術の進展に柔軟に対応することし、安全基準と自動運転向け走行環境条件設定(運行・走行環境)で、一体的に安全を確保する仕組みを構築する」として、柔軟に定める方針も示している。

2018年9月には、「自動運転に係る制度大綱」を受け、より具体的な自動運転車の安全性の考え方として、国土交通省から「自動運転車の安全技術ガイドライン」が公表された。当該ガイドラインでは、自動運転車の安全性に関する基本的な考え方として、「自動運転システムが引き起こす人身事故がゼロとなる社会の実現」を目指すとしている。また、自動運転車が充足すべき車両安全の定義として「自動運転車の運行設計領域(ODD;Operational Design Domain)において、自動運転システムが引き起こす人身事故であって合理的に予見される防止可能な事故が生じないこと」としており、安全性の基準として非常に高い目標を示している。

さらに、当該ガイドラインでは、自動運転車の安全性に関する要件として、10項目を示している(図表2)。以上の通り、自動運行装置に関する保安基準については、基本的な考え方が固まりつつあり、今後、道路運送車両の保安基準の整備においては、これら基本的な考え方と要件を前提として検討が進められると見込まれる。

③ 道路運送車両法の改正

2019年5月17日、国会にて、自動運転を前提とした規定を盛り込んだ道路運送車両法の一部を改正する法律案が成立した。改正後の道路運送車両法には、SAE(米国自動車技術会)レベル3相当の自動運転を前提とした規定が盛り込まれている(図表3)。この道路運送車両法の改正により、自動運行装置が保安基準の対象となることが明確となった。具体的な保安基準は、国土交通省令である道路運送車両の保安基準で定められるため、現時点では自動運行装置に求められる基準が確定したとは言えないが、自動運転の実用化に向け、少なくとも必要な法整備が大きく前進したと言える。

要求される安全水準の議論

以上の通り、自動運転車の保安基準については、「自動運転システムが引き起こす人身事故がゼロとなる社会の実現」、「自動運転車の運行設計領域(ODD)において、自動運転システムが引き起こす人身事故であって合理的に予見される防止可能な事故が生じないこと」といった非常に高い目標を掲げて、検討が進められているところである。

しかしながら、「人が自動車を運転する」ことにより多数の人身事故が発生している現状を踏まえると、「人身事故ゼロ」という高い目標を掲げるよりも、当面の目標を人身事故が相当程度減るという水準に設定した上で、自動運転車の早期普及を図ったほうが、社会全体としての便益が高まるとも考えられる。この点については自動運転車の社会的受容性も考慮する必要があるため判断が難しいところであるが、少なくとも議論することは許されてもよいと考えられる。

寄稿
TMI総合法律事務所
パートナー弁護士
永田 幸洋 氏
TMI総合法律事務所パートナー弁護士(日本国・カリフォルニア州)。
2006年弁護士登録。2004年京都大学大学院農学研究科修了。
2012年ジョージタウン大学ロースクール(LL.M.)卒業。
国内外のM&Aや投資案件を取り扱うとともに、大手自動車メーカーや
大手物流会社への出向経験を有し、自動車をはじめとするモビリティ分野への
造詣が深い。
寄稿
TMI総合法律事務所
アソシエイト弁護士
岩田 幸剛 氏
TMI総合法律事務所アソシエイト弁護士(日本国・ニューヨーク州)。
2008年弁護士登録。2003年慶應義塾大学法学部卒業。
2003年から2005年国土交通省勤務。2007年東京大学法科大学院修了。
2014年ワシントン大学ロースクール(LL.M.)卒業。
大手自動車メーカーへの出向経験を有し、
自動車を含む新規ビジネス関係の法務に精通している。
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