【連載】自動運転の最前線~損害賠償基準と旅客運送時の法規制

【連載】自動運転の最前線~損害賠償基準と旅客運送時の法規制

印刷用ページ

本連載の第3回までは、自動運転車を公道で走行させるためのルールについて説明してきた。最終回となる本稿では、自動運転車による事故が発生した場合の責任、特に自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という)による責任分担の考え方、および自動運転車を旅客運送サービスに使用する場合の法規制について説明する。

  1. 自賠法の現状と改正の必要性
  2. 旅客運送に関するガイドライン

自賠法の現状と改正の必要性

自動車による人身事故が発生した場合には、民法の特別法である自賠法に基づき、一次的には自動車の運行供用者、すなわち自動車の運行に関する支配権を有し、その利益が帰属する者(典型的な例では自動車の所有者)が損害賠償責任を負うこととされている(自賠法3条)。自動運転車の場合、運転者は存在しない場合でも運行供用者は存在するため、国土交通省の「自動運転における損害賠償責任に関する研究会」(以下、自動運転損害賠償責任研究会という)においても、基本的には現状の枠組みが維持される方針が確認されている。

しかしながら、現行の自賠法の枠組みを維持したとしても、個別の事案における責任分担の判断に関し、自動運転車特有の事情が影響する場合がある。例えば、自賠法では上記のとおり、運行供用者が一次的な責任を負うこととされているが、他方で「自己および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者または運転車以外の第三者に故意過失があったこと、ならびに自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったこと」のすべてを証明した場合には責任を免れることができる。

自動運転車の場合、その性質上、どのようなケースで「自動車の運行に関し注意を怠らなかった」または「自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかった」と評価できるかについては、その性質上、現行のSAE(米国自動車技術会)レベル2以下の自動車の場合とは異なると考えられる。

この点について、自動運転損害賠償責任研究会では、例えば①自動運転システムがハッキングされて事故が発生した場合、②地図情報やインフラ情報などの外部データの誤りや通信遮断などにより事故が発生した場合について言及されている。対応策として、①ハッキングされた場合には、現行制度における盗難車による事故の場合と同様に政府保証事業で対応することが適当であること、②通信の遮断や外部データの誤謬は、「構造上の欠陥または機能の障害がある」とされる可能性があるとしている。

また、自動車損害賠償責任の対象は、現行法では「他人の生命または身体」とされているところ、この「他人」に運転者自身は含まれないこととされており(最判昭和37年12月14日民集16巻12号2407頁)、仮に事故が発生した場合でも自賠責保険の対象とはならない。この点については、自動運転損害賠償責任研究会では、当面の過渡期において、現在と同様の扱いとし、任意保険などにより対応することが適当と結論づけられている。

しかし、少なくともSAEレベル4以上の自動運転では、運転者は他の同乗者と同様に、ほぼ運転には関与せず、たまたま運転席にあたる場所に座っているだけという場合も想定できる(また、そもそも車両の形状から運転席がない場合もあり得る)以上、他の乗客と異なり自賠責保険の対象とならないのは公平性を欠く結論と考えられ、自動運転車の導入および普及に向けて見直しが必要と考えられる。

旅客運送に関するガイドライン

バスやタクシーなど自動車で旅客を運送する旅客自動車運送事業を実施するためには、道路運送法に基づく許可を取得する必要があり、かつ運送の安全を確保するための措置をとる義務を負う(道路運送法4条及び27条)。しかし、現行法において、許可基準や安全確保措置は運転者が車両を運転することを前提として規定されている。したがって、自動運転車を用いて旅客自動車運送事業を行うためには、現行法令および許可基準などの改正が必要となる。

この点について、国土交通省は2019年6月に「限定地域での無人自動運転移動サービスにおいて旅客自動車運送事業者が安全性・利便性を確保するためのガイドライン」(以下、本ガイドラインという)を公表した。これは、自動運転車の導入初期段階において、限定地域で旅客自動車運送事業を実施する場合の安全性および利便性を確保するために対応すべき事項について検討する際の基本的な考え方を示している。

本ガイドラインは、限定された地域において実施することを想定したもので、かつ適宜改定されることが前提である。少なくとも今後、自動運転車を旅客自動車運送事業に使用することを前提とした許可基準や安全確保措置の基準が設けられる際の基本的な方向性を把握するために参考となる。本ガイドラインでは基本的な考え方および対応すべき事項として、図表1、2に記載の通り詳細を定めている。

本連載では、これまで4回にわたり、自動運転をめぐる法的整備の状況について説明してきた。自動運転技術が日進月歩で進歩している一方で、自動運転の実用化を支える環境の一つである法的整備についても、本連載中に着々と進められていた。例えば、第3回において説明した自動運転車に関する車両の保安基準については2019年12月、国土交通省により、道路運送車両の保安基準などの一部を改正する省令案および道路運送車両の保安基準の細目を定める告示などの一部を改正する告示案が公表され、パブリックコメント手続きに付されている。そこでは、自動運行装置や作動状態記録装置に関する基準のほかにも、サイバーセキュリティやプログラム改変装置(プログラムのアップデートのための装置)に関する基準が設けられた。また、自動運転車については、自動運行装置を備えている旨を表示するためのステッカーを貼付することなども定められている。

このように現在も法整備が進んでいることから、本連載は近い将来、自動運転に関する法整備の状況を説明するには古いものとなってしまうことが予想される。半面、自動運転がまさに実用化されようとしている中で、法整備の状況を現在進行形で伝えることができたことは意義のあることであり、本連載の機会をいただけたことおよび読者の皆様には深く感謝したい。

寄稿
TMI総合法律事務所
パートナー弁護士
永田 幸洋 氏
TMI総合法律事務所パートナー弁護士(日本国・カリフォルニア州)。
2006年弁護士登録。2004年京都大学大学院農学研究科修了。
2012年ジョージタウン大学ロースクール(LL.M.)卒業。
国内外のM&Aや投資案件を取り扱うとともに、大手自動車メーカーや
大手物流会社への出向経験を有し、自動車をはじめとするモビリティ分野への
造詣が深い。
寄稿
TMI総合法律事務所
アソシエイト弁護士
岩田 幸剛 氏
TMI総合法律事務所アソシエイト弁護士(日本国・ニューヨーク州)。
2008年弁護士登録。2003年慶應義塾大学法学部卒業。
2003年から2005年国土交通省勤務。2007年東京大学法科大学院修了。
2014年ワシントン大学ロースクール(LL.M.)卒業。
大手自動車メーカーへの出向経験を有し、
自動車を含む新規ビジネス関係の法務に精通している。
この記事へのご意見をお聞かせください
この記事はいかがでしたか?
上記の理由やご要望、お気づきの点がありましたら、ご記入ください。